第83話 初めての見張り
あれから他愛のない話を続けながらも歩き続け、夕日が差し迫ったということもあり、そろそろ野営の準備に取り掛かることとなった。
「今日はここで野営するか。ケンはテント買ってきたか?」
「はい。ニーナさんが選んでくれた上に、パーティー入りと冒険のお祝いとしてプレゼントしてくれました」
「ニーナも太っ腹だな」
「問題ない」
「それならテントは今まで通りで使えそうだね」
「その必要はない。4人用を買った」
ニーナの言ったテントの使用人数を聞いて、ロイドは聞き返した。
「4人用?」
「ケンとティナと私で4人用」
「ニーナ、グッジョブよ!」
ニーナの思い切りに、苦笑いを浮かべるロイドであったが、ティナはニーナの働きを賞賛した。
「仲のよろしいことで。それなら、見張りはこっちとそっちの2組で分けるか」
「それだと見張り時間が多くならないかい? 僕たちは慣れてるから平気だけど、ケンには辛いんじゃないかな?」
「それもそうだが……」
「俺なら平気ですよ」
前世で社畜をしていたケンにとっては、睡眠時間が削れることなど何とも思わなかった。むしろちゃんと睡眠できることの方が、不思議と思えるくらいには毒されていた。
「本当に大丈夫か? 見張りは慣れていないと辛いぞ」
「大丈夫です。どっちみち野営は初めてで、興奮して中々寝付けないと思いますので」
前世のことを語るわけにもいかず、ケンは適当に誤魔化すことにしたのだった。
「そういうことなら、ケンたちを先に見張りにつけるか。やっと寝付けたところで起こすのも悪いしな」
「そうしようか。僕たちが先に休んで、夜中に交代としよう」
見張りの話も無事にまとまり、火元を挟んで向かい同士でテントを張ることになった。
4人用のテントを収納から出すと、ロイドさんに教えてもらいながら無事に組み立てることができた。出来上がったテントは思いのほか大きくて、中は広々とした感じの箱型タイプになっている。
テントを組み立てている間に、ティナさんとニーナさんは薪を探しに森に入って行ったようだ。
ガルフさんは自分たちのテントを1人で組み立てていた。やはり大人と子供の違いで、1人でも楽に組み上げていた。こちらは基本的な三角タイプだった。
テントを組み上げたあとは、することがなかったので、竈の作製に取り掛かった。土魔法を使い簡易的な竈を作ると、ロイドさんに喜ばれた。
やはり器用なロイドさんが料理担当であったらしい。他の3人も作れるのは作れるが、肉を焼いて塩をかけるぐらいのレベルで、ロイドさんからしたらそれは料理とは言えないそうだ。
その時に女性2人は「これも立派な料理!」と反発したそうだが、安易にその光景が想像できてしまい笑ってしまった。
そんな話をしていると、女性2人が戻ってきて薪に火をくべた。戻ってきた2人は竈が出来ていることに驚いて、ニーナさんは土魔法が使えるので作り方を教えて欲しいと迫られ、教えることにした。
ロイドさんが料理を作っている間、ニーナさんと俺は支障のない場所で竈作りの鍛錬を重ねていた。
細かい作業は【魔力操作】のスキルが必要で、聞いてみたらニーナさんは持っていなかった。その時にまた「ズルい」と言われて、苦笑いするしかなかった。
夕食を食べ終わると、ガルフさんたちは少しでも睡眠時間を確保するために、まだ寝るには早い時間だがテントに入っていった。いつでも休めるようにするのは冒険者の嗜みらしい。
そんな中、竈の火が絶えないように気をつけながら、3人で他愛のない話をする。
「ケン君は、探知スキルを今も使っているの?」
「はい。街中ではないので使ってます」
「それなら安心ね。本来は魔物の気配を探り続けるから、意外と神経を使って疲れちゃうのよ」
「楽ちん」
「やはり気を張ってしまうから疲れるんですね」
「そうなの。だから、あの2人はさっさと寝たのよ。身体が持たなくなっちゃうから」
「今まではどうしてたんですか?」
「1人で見張り」
「心細くないですか?」
「最初だけ。あとは慣れる」
「今回、1人配置にならなかったのは、俺がいるからですかね?」
「そうね。ケン君が慣れたら1人配置で組んで、ケン君は誰かと一緒のペアになると思うよ」
「それでも、俺は誰かと一緒になるんですね」
「そこは仕方ないよ。経験の差が出てしまうから」
「ケン1人だと、何かあっても1人でやりそうで危ない」
「あはは……理解されすぎてバレてますね」
「もう、ケン君が強いのはわかるけど、パーティーなんだから、1人でやっちゃダメだよ」
「パーティーは助け合い」
タミアに来るまでは1人でやっていたために、中々他の人を頼るということに慣れなくて、1人でやってしまおうとするのだが、今回はいい機会だと思い、他の人にも頼ることが出来るように心掛けるようにした。
「今更ながら不思議よねぇ。初めて会った時は、こうなるとは思わなかったわ」
「何がですか?」
「ケン君とこうしてパーティーを組んで、旅をすることよ」
「同意」
「確かにそうですねぇ。あの時は、ティナさんが母親と嫁宣言しましたからね。ビックリしましたよ」
「私もビックリしたわよ。気づいたら言葉にしてたんだもの」
「ほぼ勢い」
「確かに……今思えばそうかも知れないわね」
「同情的な部分も、過分にあったと思いますよ」
「確かにね。ケン君の境遇を聞かなかったら、感じのいい子で終わってたかも知れないわね」
「それはある」
「だけどね、私は後悔してないよ。始まりは、同情的な部分もあったかも知れないけど、今では純粋にケン君が好きだから」
そう言って薪をくべるティナさんの横顔は、とても素敵に見えた。
「私も好き」
そう言うニーナさんに、ふと疑問に思ったことを口にした。
「そういえば、ニーナさんはいつ好きになったんですか?」
「ケンの初討伐のとき。剣術がカッコよかった。毒マジロに魔法を使った時は完全に堕ちた」
「あぁ、あの時ですか」
「あの時のケン君はカッコよかったわよねぇ。消えたかと思ったら倒してるんだもの。特にあの血を払う姿! 様になってたなぁ」
「むしろそこしか見れなかった」
「そうよねぇ。速すぎて見えないのよねぇ」
「その点、魔法の時はしっかり見えた」
「いつ詠唱するのかと思ってたら、しないんだもの。ビックリしたわ」
「反則級」
「そのうちニーナさんも出来ますよ」
「頑張る!」
拳を握りしめ決意を語るニーナさんにも、いつか【詠唱省略】を成功させる時がくればいいなと思ったのだった。
その後も他愛ない話を続けていたら、交代の時間がやってきて、ガルフさんたちを起こした。
ガルフさんに何も問題がないことと、今のところ近くに魔物は探知出来ないことを伝えると、見張りを交代してテントに入った。
テントの中はやはり広くて快適に過ごせそうだと思ったが、ニーナさんがいるのでどうしても落ち着かなくなる。
「やっぱり4人用だと広いわね」
「狭苦しくなくていい」
「そこはこれを選んだニーナに感謝ね」
「ケンと一緒に寝たかった」
「やっぱりね。宿屋だと私と一緒の部屋だったしね」
「ティナはずるい」
「次、宿屋に泊まる時は、3人部屋にすればいいじゃない」
その会話を聞いて、今後はずっと3人で寝ることになるのかと思うと、ケンは先行き不安になるのであった。
2人が会話を楽しんでいる間に、防具を外しラフな格好になった。今日は剣も使ってないし、手入れは不要だろう。
「ケン君、こっち来て」
「何ですか?」
「防具外すの手伝って」
そんなハニートラップには、引っかかるまいとケンは言葉を返した。
「いつも1人でやってるでしょ。騙されませんよ」
「けちー」
「私も手伝って」
「いやいや、ニーナさんは脱ぐだけでしょ。そもそも防具を付けてないんだから」
ティナさんに釣られてか、ニーナさんが暴走し始めていた。そんな事を思っていたら、少し移動したティナさんが、いつも通り目の前で着替え出した。
慌てて後ろを振り向くが、振り向いた先にはニーナさんが着替えていた。絶体絶命のピンチだ。
ティナさんはわかっててやっているので問題ないが、ニーナさんには素直に怒られようと覚悟を決めたら、思いもよらぬ出来事が起きた。
ニーナさんがこともあろうか、服を脱いだままの裸の状態で抱きついてきたのだ。
「ちょ――!」
「気持ちいい?」
何が起こっているのか、頭が混乱し過ぎてパニック状態だ。そんな状態の俺に追い討ちをかけるように、後ろから更に抱きつかれた。
「ケン君、気持ちいい? 今日は初日を頑張ったご褒美だよ」
「ん。ご褒美」
いったいいつの間に話を示し合わせたのか謎だが、もしやティナさんが少し移動して着替えだしたのは、振り返った先にニーナさんが来るように誘導した……? これが孔明の罠か!
巧妙な罠にハマってしまった俺は、この2人に対して、抵抗など無意味なのだと思い知らされた。
「いつ話し合ったんですか?」
その質問には、後ろから抱きついているティナさんが答えた。
「薪を拾いに行った時よ。ちょうど2人っきりだったしね」
すると目の前のニーナさんも答える。
「恥ずかしかったけど勇気出した」
顔を覗きこむと、頬が赤らんでるようであった。
「実はね、ケン君がおっぱい大好きなのは、ニーナも知ってるのよ」
「ティナさんがバラしたんですか?」
「違う。最初から知っていた」
「最初から?」
「視線がティナの胸を追っていた」
(Nooooh!)
何故だ! 再び黒歴史を作ることになってしまったのか! ティナさんに言われた時もショックだったが、まだ明るく陽気に振る舞ってくる分、救いがあった……
しかし、いつも大人しいニーナさんに言われると、堪えるものがある上に、心にグサッとくる。
抑揚のない声で言葉数が少ない分、余計にダメージが入るのだ。一部界隈では「ご褒美です!」とか言われそうだ。
「お恥ずかしいかぎりです」
とりあえず否定せずに肯定しておこう。もう、これしか思いつかない……
「別にいい。ケンのこと好きだから、問題ない」
「そうよ。ケン君だから抱きついたり、見せつけたりするのよ」
「何故なんでしょう?」
「私たちはケン君のことが好きだからよ。それに、慌てる姿が可愛いからね。ケン君はすぐ顔に出るから」
何っ!? ポーカーフェイスが出来ていないのか!? 自分では冷静に対処出来ていると思ったのに……
これが世間一般で言う、手のひらで転がされる感覚か!
「さ、今日はゆっくり3人で寝ましょ。もちろんケン君は真ん中ね」
「あの……拒否権は……?」
「ケン君は、私たちと寝るのが嫌なの?」
「いえ、そういうわけでは……」
「なら問題ないわね。今日はニーナの方を向いて寝てね」
それからティナさんは、テキパキと毛布を出しては、寝床の準備をせっせとしている。
その間、俺はニーナさんに抱きつかれたままだ。向き合っている分、かなり恥ずかしいのだが。
「できたわ」
俺は、ニーナさんに手を引かれて寝床に入った。ニーナさんの方を向くのは恥ずかし過ぎるので、天井を眺めることにする。
野営用といっても、そこまで毛布の質は悪くないようだ。適度にフワフワしてて気持ちいい。
「あの……2人ともいい加減、服を着ないんですか?」
「さっきも言ったでしょ? ご褒美よ。ケン君も柔らかい肌触りの方がいいでしょ?」
その柔らかい感触を腕に感じて、落ち着かないから言ったのですが……
「いや、明日の朝、起こされる時に見られますよ?」
「それなら大丈夫よ。男性冒険者は絶対に、女性冒険者のテントには立ち入らないから。暗黙のルールね。決まりを破った冒険者は、社会的に抹殺されるわ。それにテントの外から声をかけられるから平気よ」
社会的に抹殺!? 何それ、怖い……
「耐えれそうにないのですが……」
「触りたくなったら触っていいわよ? 生ではまだ触ったことないでしょ?」
「我慢しているのに、誘惑しないで下さい」
「我慢しなくてもいいのに」
この流れはよくない。絶対にティナさんが仕掛けてくるパターンだ。ニーナさんは静かだけど、もう寝たんだろうか? 俺もニーナさんに倣って寝るとしよう。
「それでは、おやすみなさい」
「おやすみ、ケン君」
「おやすみ、ケン」
あ、ニーナさん起きてたんだ。静かだからてっきり寝てると思ってた。恥ずかしいって言ってたし、照れて喋れなくなったんだろう。
……うん、予想通りティナさんが、イタズラを仕掛けてきたな……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからしばらく乳くりあって会話を楽しんだあとは、明日に備えて寝ることになった。
「ケン君、おやすみのキスして?」
キスをねだるティナさんに、右手をニーナさんから抜き、体勢を変えてティナさんに覆い被さると、顔を近づけて優しく口づけする。
「……」
唇を離すと、はにかんだ顔のティナさんに言葉をかける。
「おやすみなさい、ティナさん」
ティナさんにして、ニーナさんにしないわけにもいかず、今度は左手をティナさんから抜き、ニーナさんに覆い被さる。
ニーナさんは、どこか期待した目をしていたので、ちょっとからかいたくなった。
「ニーナさん、おやすみなさい」
そのまま、何事もなかったかのように戻ろうとすると、ニーナさんの瞳が潤みだした。
「どうしたんですか?」
「ケンがいじわるする」
「俺は何もしていませんよ?」
「何もしないのがいじわる」
「何かして欲しいんですか?」
うるうるした瞳でこちらを見つめながら、ニーナさんが答えた。
「……キス……」
「やっぱり可愛いですね、ニーナさんは」
そのまま顔を近づけて、優しく唇を重ねる。
「……」
唇を離して様子を窺うと、ニーナさんの瞳から雫がこぼれた。それを指で拭い、優しく問いかけた。
「どうしたんですか?」
「……嬉しい」
「ニーナさんとは初めてのキスですしね。俺も嬉しいです。いじわるしたお詫びにもう1度しますね」
再び顔を近づけると、少し長めに口づけした。少し目を開けてみると、ニーナさんの瞳からは、ポロポロと涙がこぼれていた。
「……」
顔を離したあとは、涙で濡れた目元を拭って、ニーナさんの顔を見つめながら声をかけた。
「泣かないでください。可愛い顔が台無しですよ?」
「……ケン、大好き!」
不意にガバッと抱きつかれて、むにゅっとした感触を感じてしまい、ドキドキしてしまったことは内緒である。
「ケンくーん、ニーナだけずるい。私にも、もう1回して欲しい」
「わかりましたよ」
それから、ティナさんにもう1度キスをしてから、2人は眠りについた。2人は腕枕より腕抱き枕を選んだみたいで、腕に感じる柔らかな感触が心地よく、中々寝付けなくて苦労した。
こんなことなら袖なしではなく、袖ありの部屋着にすればよかった。
悶々とした中、俺はようやく眠りについたのだった……




