第3話 創造
「ソフィ、俺って死んでいるはずなのに何故かお腹が空くんだが……体がおかしくなっているのか?」
「違うわよ。最初にここに呼び寄せた時には確かに魂だけの存在だったのだけれど、時間が経つにつれて存在が強くなっていったの。多分、あなたの欲求が存在を強くしていったのだと思うのだけれど、初めてのことだから私にもわからないわ」
「時間ってどのくらい経っているんだ?」
「かれこれ、もう半日は経っているわね」
そうか……半日も経っていたらお腹も空くよな。食欲は確かに三大欲求に含まれているからな。
「多分、今あなたの考えている欲求じゃないわよ?」
ん? どういうことだ……食欲じゃないのか? お腹が空いているのに?
「最初にここに来た時は、お腹は空いていなかったでしょ?」
そう言われてみればそうだな。気がついたらここにいて、言ってみたかったランキングが初っ端不発に終わってから、ソフィが現れたんだっけか。
ふと、ソフィに目を向けるとモジモジとしている……しかも、まだ居る俺の胡座の上で。そんなに座り心地がいいのかね? てか、そこでモジモジされると倅が戦闘態勢になってしまうのだが……
それはともかくとして、もしかしてソフィに一目惚れしたのが原因か?
「なぁ、聞きたいんだが。もしかしてソフィの事を好きになってしまったから、存在が強くなってしまったのか? そうなると欲求ってのは、せ――」
健が思い当たった欲求を喋ろうとしたその瞬間、ソフィーリアの体がビクッとして後ろを振り向く。
「それ以上は言わないで! 恥ずかしくて健の顔が見れなくなっちゃうから」
「それは……なんかすまん」
それにしても、凄い反射速度だったな。言い終わる前に被せてくるとは。というか、ソフィは最初から気づいていたな。知らない振りをしていたみたいだが。
「と、とりあえず、お腹が空いてるのよね? ご飯の準備をするから、ちょっと待ってて」
慌てて健の胡座の上からソフィーリアが降りると、そのままパタパタと白い世界の中を駆けて行く。その様子を健が楽しく見ていると、何もない所からいきなりキッチンが出てきた。
(ここの空間は何でもありの【万能空間】と呼ぶことにしよう。気にしたら負けだ……)
またまた何もない所からエプロンを取り出し、それを身につけるソフィーリアを眺めていると健はしみじみ思ってしまう。
『新婚さんってこんな感じなのかな? 可愛い奥さんがいて料理する所を眺めて……幸せの大盤振る舞いだな』
(~~っ!!)
ソフィがプルプル震えているな……もしかして、さっきの心の声も聞かれてしまったか?
少し自重するか……手元が狂って怪我でもしたら大変だからな。別のことでもしながら時間を潰すとしよう。
スキルってどうやって使うんだろうか、そもそも付与されたのだろうか? と健が頭の中で考えていたら、自然と【創造】の使い方が流れ込んできた。
なんとなく使い方もわかる感じだ。これは【センス】のおかげか? 生きていた頃に比べると理解力が抜群にいい。
健が色々と検証していると、キッチンからソフィーリアが料理を持ってくる。
もう出来たのか? 思いのほか、スキルに没頭していたらしい……時間が経つのが早いな。
ちゃぶ台にはソフィーリアが作った色々な種類の料理が並んでいく。
「初めて作ったから上手くできてるか分からないけど、一所懸命に作ってみたわ。美味しくなかったら、無理して食べなくてもいいからね」
初めてにしてこの完成度。むしろ食べないなんてことはありえないと思い至った健は、早速ソフィーリアの作った料理を口に運ぶのであった。
「いただきます」
「……」
ヤバい……普通に美味い。なんだこれ? ミ○ュランで紹介されているレストランよか美味いんじゃないのか? まぁ、そんな店に食べに行ったことはないが……サラリーマン舐めんなよ、こちとら大衆食堂で充分なのさ。
それにしても、料理上手な奥さんなんてポイントが高すぎだろ。改めてソフィはレベルが高いな。全てにおいて高水準を保っている。
「やっぱり、美味しくなかった? 無理して食べなくてもいいからね」
ソフィーリアが悲しげな表情で健を覗き込んでくるが、健はあまりの美味しさにトリップしていたようだ。
「美味すぎるよ。生まれて初めてだよ、こんなに美味しいと思ったのは。あまりの美味しさに固まってしまい、言葉を口に出来なかったんだ」
「ありがとう」
「さぁ、冷めないうちに一緒に食べよう」
それから程なくしてご飯は全て完食してしまい、今はソフィーリアがキッチンで洗い物をしている最中だった。そしてまた健は時間を持て余すという事態に陥ってしまった。
そういえば、風呂に入ってなかったな。死んでから半日ということは、今は完全に夜中だよな? そう思うと無性に風呂へ入りたくなってくる。この万能空間に一縷の望みをかけて尋ねてみるか。
「ソフィ、もしかしなくても、ここの空間でお風呂って出したりできる?」
「できるわよ。お風呂に入りたいの?」
「あぁ。時間的に夜は完全に過ぎてるだろ? そう思うと、無性にお風呂へ入りたくなってきた」
「わかったわ。どんなのがいい?」
ん? もしかして、風呂の様式まで変更可能なのか!? このチャンスを是非活かそうではないか。
今、俺は風呂に入っている……それは間違いない。だが、周りの風景がおかしい。
まず、露天風呂を所望したのはいいが、何故ここに夜空がある!? ここは白い世界だったはずだ。はずなんだ!!
……落ち着け俺。ゆっくりと整理していこう。
確かソフィが平常運転かの如く、何も無い空間に風呂場を出したところまではまだ理解ができた。【万能空間】と名付けたのは俺だしな。
出現した風呂場の入口から入ると、中には普通に脱衣所があった。これもいい。普通のことだ。
そこで俺は想像した。浴室に入れば真っ白な風景の味気ない露天風呂があるのだろうと。
だがしかし、中に入ってみれば一面に広がる満天の星空だ。何故だ!? 裏切られた気分だ!
確かに満天の星空で入る露天風呂は素晴らしいものがあるよ? それは認めよう。だが、この星空は何処から来たんだ! 見渡す限り星空が広がっているではないか!?
先程【万能空間】に現れた外観の見た目は、一人暮らし用みたいな広さしか想像できない大きさだったはずだ。
なのに、な・の・に・だ! 浴室に入ればどこが境界線かも分からないような広さの露天風呂ではないか。一体どうなっているんだ!?
そして1番の問題は隣にいるソフィだ。なぜ、一緒に入っているんだ!? しかも風呂の礼儀作法然りでタオルを身に付けず湯船に浸かっているから、目のやり場をどうするかで非常に困る。
手で一応隠してはいるものの、その大きな膨らみは隠せてませんよ? むしろ寄せて上げての法則で、今にもこぼれ落ちそうな雰囲気丸出しですよ?
スタイルがいいとは思ってはいたがこれ程とは……着痩せするタイプか? いかん、素数を数えて悟りの境地に入らなければ欲望が爆発しそうだ。
(2,3,5,7,11,13,17,19,……)
「お風呂はお気に召したかしら?」
不意に声をかけられて、こちらをチラリと見ながら窺ってくるソフィーリアを見ると、何やら顔が赤くなっているような印象を健は受けてしまう。
声をかけられて反射的に健は振り向いてしまった。しかも、観察できるほどに見てしまう。主に顔以外を……
「あ……あぁ、いい湯加減だと思うよ。星空も見れて落ちつけるし」
健は正面に向き直りながら答えてはみたものの、大した返しが出来なかった。
嘘つけ、俺! 全然落ち着けないし、星空なんか気にならねぇよ。それくらい、ソフィの破壊力が凄まじ過ぎる!
「ふふっ。健になら見られても構わないわよ?」
終わった……これは、もうダメだな。俺のライフはゼロですよ。誰か助けてください。煩悩が爆発しそうです……
「私は先に上がるけど、健はゆっくり入ってていいからね」
(よし、助かった……)
この時の俺はそう感じたんだ。神はまだ俺を見捨ててなどはいないのだと。しかし、すぐに裏切られることになる。助かったという心情が俺に油断を与えていたのだ。
「健……」
かけられたその言葉に振り向いてしまう。そこにあったのは一糸まとわぬ姿でこちらを見ているソフィだった。
「やっと目を合わせてくれたわね。私も結構勇気を振り絞っていたのよ? ドキドキしてたんだから。逆上せる前にお風呂から出てきてね。待ってるわ」
ソフィーリアはそう言って、イタズラっぽい笑みを浮かべながら浴室から出ていく。
してやられた! まさか、ソフィから手玉に取られるとは。今までの状況から恋愛事に免疫がないような感じだったのに、ここにきて才能が開花したのか!?
しかしこのままでは終われない、終わらせられない。やられたらやり返す。それが俺の信条だ。
ソフィのイタズラに対して、俺もイタズラで返そうではないか。今、脱衣所に行っても自爆するだけだし、やはりあの手でいくしかあるまい。
『もうすでにソフィに対してこれ以上ないくらいに逆上せ上がっているから、お風呂くらいじゃ逆上せないよ』
(ガタンっ!)
ソフィーリアのいる脱衣所から音が聞こえて、健は勝ち誇った気になる。
強く心に思えばソフィに聞こえることは、既に実証済みだ。これで、一矢報いることが出来たかな。
「ふぅ~極楽、極楽」
そのまま健は暫く夜空を眺めながら、心地よくお風呂に浸かって過ごしたのであった。
健が風呂から上がると、ちゃぶ台のところでソフィが寛いでいた。
「ソフィ、お風呂ありがとう。中の凄さにビックリしたけど、満足だったよ」
「そう? 喜んでもらえてよかったわ。お茶を入れるから座って待ってて」
ソフィーリアがそう言うとキッチンの方へ向かって行く。
ん? お茶って湯呑みに勝手に湧いて出てきてなかったっけ? というか、キッチンまだあったんだ。お役御免でなくなったのかと思ってたけど。
「簡単に用意する事も出来るけど、実際に入れた方がいいでしょ?」
健の顔に出ていたのだろうか、ソフィーリアが理由を語ったのだった。
「まぁ、確かに。そっちの方が嬉しいかな」
「はい、どうぞ」
健は出されたお茶を啜りながら、ふと辺りを見渡す。何もなかった真っ白な空間に、今やリビングにキッチン、そしてお風呂までできている。
「あなたが来てからここも変わったわ。これまでは事務処理だけの空間だったのに、今じゃ生活空間になっているもの」
「それは、悪いことなのか?」
「わからないわ。初めてのことだから」
「それならこのままで良くないか? 前の無機質な空間よりも、今の状態の方が俺は好きだぞ。暖かみがあるしな」
「そうね。でも、こんな所じゃお仕事は出来ないわ。プライベートな空間だし、何よりもあなたと過ごした思い出の証だから」
「じゃあ此処は結界でも張って隔離して、誰も入れないようにすればいい。仕事場は別に作ればいいんだし。そしたら2人だけの思い出の場所になるだろ?」
健がそう口にした途端、辺りに光が充ちた。
「言われた通りにここを隔離したのよ。元々仕事するのにこんなに広い空間は必要なかったし、いい機会だったわ。今からはあなたと私だけの空間よ? それにあなたにも空間へアクセス出来るように設定したから、色々と出来るようになっているはずよ」
何気に凄いことになっているな。神の住まう空間に俺がアクセスしてもいいのだろうか。
まぁ、他の神様にだけバレなきゃ大丈夫かな。アクセスの仕方も頭に流れ込んできたし、色々と試してみるか。
「ちょっと試してみるよ」
何がいいかな? ここまで生活感がある空間になってしまったんだから、とことん生活感を出してみるかな?
あと足りないものは、トイレと寝室ぐらいか。トイレは普通に作るとして、問題は寝室だな。ここはもう、欲望全開で2人の寝室にしよう。わざわざ分ける必要もないだろ。
それに加えて、周囲の景色が相変わらず殺風景だな。木々を植えるか。遠くの方は山で充分だな。そこから川が流れてくる感じにしよう。
そうなってくると、間取りがおかしな配置になってる今の状態を何とかしないとな。
もう、いっそのこと家を建てよう。自然溢れる景色だから、外観はやっぱりログハウスだな。煙突も付けて味のある外観にしよう。
これらを【創造】で創れば……
「よし、出来た」
~どこからともなく聞こえてくるあのナレーション~
なんということでしょう! 今まで何もなかった真っ白な空間に、今や色とりどりの溢れる自然……山から流れてくる小川のせせらぎは、まるで妖精たちがダンスを始めてしまいそうなメロディを奏でています。
ログハウスの玄関を開けると、そこには広い空間を意識せざるを得ないような吹き抜けになっており、匠の技が冴え渡っています。
ダイニングにはログハウスに合わせるように、一枚板の大きなテーブルがその存在感を示すかのように置かれ、椅子には丸太を加工してそのまま使うという、斬新な再利用法が施されています。
リビングには2人の出会いの時から使われているちゃぶ台を、そのまま利用できるようにとあえて和室を作り、独特の雰囲気を醸し出しています。美の景観を損なわないようにと、匠の配慮が窺えます。
キッチンは使い手の効率を考え配慮された工夫が施されて、前面部分はリビングで寛ぐ想い人の様子が窺えるようにとフルオープンになっており、料理を作りながら会話をする事も可能になって匠の気遣いが現れています。
浴室は大自然の温もりをそのまま感じ取れるようにと、天井と壁は開閉式になっており匠の技を感じつつも、星空を眺めながらの入浴を楽しめるように仕上がっています。
「てな感じに仕上げてみたんだけど、どう? 気に入って貰えたかな?」
「完璧よ。これを見て気に入らないなんてことはないわよ」
「そうか……良かった。初めてやってみたから、失敗したかもって思ったりもしたんだけどね」
「本当に嬉しいわ。ありがとう、健。大好きよ」
「それじゃあ、最後にこれを受け取ってくれるかな?」
「鍵でも作ったの?」
健がそう言ってポケットから取り出したのは何の変哲もないシルバーリングで、【創造】を使っていた時に予め作っておいたものだった。
「今はまだスキルに慣れてなくてこれが精一杯だけど……受け取って欲しい。そして、こんな俺だけど結婚してくれないか?」
「――ッ! はいっ、私を健のお嫁さんにしてください!」
そう言ったソフィーリアの顔からは、涙がポロポロと流れだしていた。
「あれ、おかしいわ? 嬉しいはずなのに涙が止まらないの」
健はソフィーリアの涙を指ですくいつつ、優しく語りかける。
「わかってるさ。たとえ一時的に離れ離れになったとしても、心はいつでも一緒だ。転生してもソフィの事は絶対に忘れない。だから待っていて欲しい。また逢いに来るまで……」
「グスッ……無理だよぉ、逢いたくなったら我慢できなくて、絶対に逢いに行くと思うもん。ずっとは待てないもん」
ソフィーリアが急に子供っぽい喋り方になると、ギャップが凄すぎて健はドキッとしてしまう。
「じゃあ、逢いに来てくれるか? 神が下界に降りるなんてやっちゃいけないと思っていたから、ここに逢いに来るつもりだったんだ」
「確かに下界に干渉するのは禁止されてはいるけど、降りること自体は禁止されていないんだよ。神様だって気晴らしが必要だから、バカンスという目的で結構降りてたりするよ? 人間社会に溶け込んでいるから、神様だとは誰も気付かないけど」
そうか、神様だって気晴らしは必要だよな。最初の神様なんかは休みを作ってゴロゴロしているぐらいだし。
「そういうことなら、下界で逢っても大丈夫そうだな」
「ちなみに、健は転生先に希望とかあったりする? 王族がいいとか?」
んー……転生先の希望かぁ。やっぱり、すぐ詰むような転生先は嫌だな。かと言って、権謀術数が蠢く王族に産まれるのは面倒くさい。そうだな、のんびりマイペースに生きられる転生先がベストだな。
「ソフィに任せるよ。すぐに人生詰むような転生先とか、王族とかじゃなければ、割かしなんとかやっていけそうだし」
「わかったわ。私の方でいい転生先を見つけておくわね」
とりあえず転生前に話すべきことは終わったかな。人生初のプロポーズもちゃんと出来た上に受け入れてもらえたし。
あとはいつ転生するか決めるくらいだけど、すぐにでも転生しなきゃいけないんだろうか? ここまでのんびりしていたら急がなくてもよさそうだけど、でも念の為に一応確認はしておくか。
「転生ってもうしなきゃならない感じか?」
「そんなことはないわよ。転生先も決めてないし、まだ何かやり残したことでもあるの?」
「時間的に余裕があるなら、今日はもう寝ようかなと思ってただけなんだが。せっかく新居を構えたのに、使わず仕舞いでは残念な気がしてな」
「それなら、今日はこのまま泊まっていくといいわ。私もまだ健と一緒にいたいし。……あと、新婚さんだし……」
最後の方はソフィーリアの声が尻すぼみになって聴き取りにくかったのだが、顔を赤らめている感じを見た健は、だいたいのことを察してしまうのだった。
「じゃあ今日はもう仕事を終わりにして、一緒に寝ようか?」
「……うん」
2人で手を繋ぎながら寝室へ向かうと、そのままベッドの上へ腰掛ける。
「……あのね、……その……初めてだから、……や……優しく……してね」
ソフィーリアが上目遣いでモジモジとしながらそう言うと、健としては我慢の限界がくるのだった。
いつもは凛々しい感じの女神なのに、こういう時にしおらしくしてくるとギャップのせいで破壊力があり過ぎる。
俺は優しく唇を重ね、ソフィをそっと抱き寄せる。それから何度も2人は体を重ね合わせるのであった。