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面倒くさがり屋の異世界転生  作者: 自由人
第3章 王立フェブリア学院 ~ 2年生編 ~
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第46話 動き出す事態

――王城 謁見の間


 王城では騎士を含め、あらゆる者がパニックに陥っていた。そんな中、国王はさすがと言うべきか、的確な指示を出していく。


「くっ……皆の者、慌てるでない。症状の軽い者は直ちに救護に回れ!」


「失礼ながら陛下! 救護に回せるほど症状の軽い者はおりませぬ。皆、この場より動くのが厳しいかと……かく言う私も、耐えることが精一杯であります!」


 騎士団長が隠すことなく己の状態を明かした事で、国王も事の深刻さに頭を悩ませるのであった。


 しかし、深刻な雰囲気を出しているその場に現れたのは、予想だにしない者だった。


「あらあら、あなた? 随分と苦しまれているようですわね」


「「!!」」


 国王も騎士団長も驚きを隠せないでいた。自分たちでさえ、耐える事に精一杯であるのに、そこへいつも通り歩いて王妃が現れたのである。驚くなという方が無理である。


「マリアンヌは平気なのか? もしかして、この威圧はマリアンヌが?」


「あなたったら……私が中心だったら、ここにいる人たちは気絶しているわよ? 威圧は中心に行けば行くほど、濃密になるのですから。まぁ、熟練の人はそれに指向性を持たせることも出来ますけど」


「そもそも、何故お主は無事なのじゃ? 魔導具か?」


「そのようなものですわ。と、言いたいところですけど、それを出せと言われたら困りますからね。魔導具は使ってませんわよ。魔法も。」


「それなら何故……?」


 国王は、王妃が二つ名持ちの元A級冒険者である事を知らず、不思議に思う一方であった。


「それよりも、大変で重要な事があります。この威圧、恐らくカロトバウン家に名を連ねる者です。」


「「!!」」


 国王と騎士団長は再び驚愕する。誰かがカロトバウン家の怒りを買ったのか? 国が滅びる覚悟をしなきゃいけないのか? と、いくら考えても思考がグルグルと答えを見つけ出せずに、回るだけだった。


「もしや、この国は終わるのか? こんな……ところで……」


「それは、この威圧を放っている人次第でしょうね。気休めかも知れませんけど、少なくともサラ夫人のものではないですよ」


「それは、まことか!? サラ夫人じゃないなら、一体誰が……」


 国王にとっては、カロトバウン家で最も注意すべき人物は、サラ夫人であって、他の者たちはそこまで注意を要する強さではないと踏んでいた。そんな考えを否定する様な王妃の発言は、看過できるものではなかった。


「私の予想としては、恐らくケビン君でしょうね」


「ケビン君じゃと? あの年端も行かぬ子供が、これを放っているとでも言うのか?」


「消去法です。それで残るのは、ケビン君しかいませんから」


「消去法じゃと?」


「ええ、そうですよ。まず、カロトバウン家当主は省かれます。同じく夫人もです。残るは学院にいる子供たちですわね。アイン君は聡明で理性的なので省かれます。カイン君は武力よりですけど、同じく理性的なので省かれます。残るは、シーラさんとケビン君です。シーラさんは疑わしいのですが、怒る理由はサラ夫人同様、常にケビン君絡みになりがちです。そして、魔術師タイプですので威圧は使えますが、効果範囲はここまで広くありません。となると、残るのはケビン君ですわ」


「そうだとしても、ここまで効果範囲を広げられるものなのか?」


「いえ、ここまでのは初めての体験で異常ですわね。潜在する能力的には、将来サラ夫人を超えると思いますよ。これからが楽しみですわね」


 王妃は旧友の子供の成長を楽しんでいるが、国王からしたらたまったものではない。サラ夫人だけでも手に負えないのに、そこにもう1人息子が加わるというのだ。


「はぁ……マリアンヌは気楽で良いな。儂は悩みの種が1つ増えたぞ」


「ふふっ、それが国王たる者の仕事ですよ。疲れた時は私が癒してあげますから、存分に働いてくださいな」


「とりあえずは、嵐が過ぎ去るのを待つとしよう。お主の顔を見たら、ほっとして先程までの辛さもない」


「あなたを癒せたのなら、私もここへ足を運んだ甲斐があったというものですわ」


 最初の喧騒が嘘かのように、城内のパニックは終息に向かった。王妃が、何故何ともないのか上手く話を逸らされたために、国王は理由を聞くこと自体忘れてしまった。


 そのことに王妃が、話を逸らした甲斐があったと安堵していることは、誰も知る由のないことである。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――学院


 高等部1年Sクラスでは、初等部ほどではないにしても、少なからず被害を被っていた。


「みんな落ち着いて、気力をしっかり保つんだ」


 担任の教師が、まだ意識を保てている生徒たちに、威圧に対する対処法を教えていた。そんな中、1人の生徒が立ち上がる。


「アイン君、席につきたまえ。いくら君が強かろうとこの威圧の中では、何をすることも出来まい」


「すみません。先生の気持ちは有難いのですが、急を要する事なので行かせてもらいます」


 そのまま何事もなかったかのように、アインは教室を後にする。


「こんな威圧の中でも動けるとは、《賢帝》の名は伊達ではないということか……」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 同時刻、中等部3年Sクラスでは、同じように威圧の対処法を教えこんでいた。


「こんな機会は滅多にないから、威圧に負けない対処法を身につけるように。気力で負ければ、そこら辺の生徒同様に意識を失うぞ。動こうとするよりも、先ずは耐えられる気力を持つことを目指すんだ」


 クラスや学年が違えば、教え方もまた違ってくる。個々の教師によりそれは顕著に現れていた。


 共通して言えることは、教師自体が動けるほどの、耐えられる威圧ではないというところであった。


 ここでもまた、1人の生徒が単独行動に出た。


「先生、用事が出来たので行ってきます」


「お……おい、待て! カイン!!」


 カインは、教師が呼び止めるのを振り切って、1人教室を後にするのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ところ変わってEクラスでは、一部を除き全ての生徒は口から泡を噴き倒れ込んでいた。


 一部生徒は粗相までしていて、まさに地獄絵図そのものを体現しているようであった。


「くっ……あ……」


 担任教師も例外ではなかった。他の生徒同様に等しく威圧を受け、辛うじて意識を保つ事だけで精一杯であった。


 中心地にいながらも、意識を保てているのはさすがと言うべきか、それとも責め苦を受け続けて不運と言うべきか。


『マスターっ! マスターっ!』


『……』


『落ち着いて下さいっ! マスタァァァーっ!!』


『……』


 サナの必死の呼びかけにも、全くの反応を見せない。頭に直接呼びかけているにも関わらず。


 ケビンの周りも酷い有様であった。カトレアはもちろんターニャや姉であるシーラまでもが対象となっている。


「ケ……ケビ……ン……君、お……落ち……着い……て。利用……しよう……とした……ことは……謝……るか……ら……」


 その言葉に僅かな反応を見せ、発言した者へ視線を向ける。


「――っ!」


 そこには一切の感情が窺えない、とても冷たい眼をしたケビンに、まるでゴミクズを見るかのような視線を浴びせられ、カトレアは言葉に詰まったと同時に意識をなくした。


「ケビン?……怒っている……の?……お姉ちゃんの……せい?」


 シーラは立つことは出来ないにしろ、何とか座り込んで耐えていた。会話も片言にしかならず、割かし聞き取りやすい言葉を発していた。


「……グスッ。私が……私のせいで……」


 ターニャは、ケビンがおかしくなったのは、自分のせいだと責め続け、混乱から立ち直れておらず、泣いたままであったが、なんとか意識を保っていた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――屋外


 その頃、初等部近くでは、2人の生徒が気力を振り絞り全力で走っていた。いつもなら、生徒の安全性のため、走るなと注意を受けるのだが、今は注意する教師すらいない。


 視線を周囲に向けると、あちらこちらで気を失っている生徒に、座り込んで耐えている生徒、何とか動き立ち上がろうとする教師、あまりにも被害が甚大であった。


「アイン兄さん、思ったよりもヤバいんじゃないか?」


「そうだな……外でこれなら中に入ったら酷いことになっているだろうな」


「何でこんなことに……優しい子なのに」


「こればかりは、確かめないとわからないことさ。じゃないと、あの子が無差別に威圧するわけがない」


 そんな会話をしつつも、次第に初等部の校舎へと近づいて行った。


「見えてきたな」


「くっ、思った以上にきついぞ……」


「ここからは慎重に進もう。カインも無理はするなよ」


 校舎の入口へとたどり着き、中へと歩みを進める。先ずは、1年の教室が見えてくる。当然の結果だが、辺りは静まりかえり人の声すら聞こえない。これだけで、誰も意識を保てていないことがわかる。


「き……きついぞ、これは」


「そうだな……ここまで成長したことを、喜ぶべきか判断に迷うな」


「アイン兄さんは、まだ平気そうだな」


「弟の前で格好悪いところは見せられないだろ? 痩せ我慢さ」


「ハハッ、冗談が言えるなら、大したもんだよ」


 それから2人は廊下をどんどん突き進む。2階へ上がる階段を見つけると、そこへ進むのだが、威圧がより強さを増してきた。


「これ、辿り着けるか?」


「何としてでも辿り着かないとな」


 2階へ上がると酷い有様であった。廊下から見える教室の中には、意識のあるものはいなかった。皆、泡を噴き出し倒れていた。


「くっ、ちょっとヤバい。これ、気を抜いたら意識を持っていかれそうだ」


「さ、さすがにスタスタ歩いては……行けそうにないな」


 一際威圧の強いところまで来ると、ドアに手をかける。


「開けるぞ」


「あぁ……」


(ガラッ)


 教室の中へ足を進めると、そこに立っていたのは見る影もない、変わり果てたケビンの姿であった。


「「ケビンっ!」」


 2人が駆け寄りケビンに声を掛ける。ジュディはこの事態での来訪者に目を見開いた。普通にここまでやって来れる生徒が、いるとは思わなかったのだ。


「お……お兄様……」


 2人が視線を向けると、ケビンの傍らには、シーラが座り込んでいた。


「シーラ、何があった?」


「ケビンが……おかしくなったのは……私の……せいかも……しれない……うぅ……グスッ」


 信頼する兄たちが、来たことによる安堵感だろうか? 緊張の糸が切れたシーラは泣き出した。


「……グスッ」


 シーラとは別に声のする方へ視線を向けると、別の女の子が泣いていた。


「この子は確か……シーラと一緒にいる子だよな?」


「そうだね。何故、この子まで泣いてるのかはわからないけど。」


「わた、私のせい……」


「この子も、私のせいって言っているみたいだけど」


「流石に《賢帝》と言われた僕でも、状況が掴めない。とりあえずケビンを正気に戻そう」


 兄たち2人は、泣いていて話の進まない妹とその友達よりも、現状を打破するために、ケビンを先ずは何とかしようと考えた。


「ケビン、僕が分かるかい? 威圧を解いてもらっていいかな?」


 アインはケビンの威圧を間近に受けて、額に汗を滲ませながら説得を試みるが、ケビンの反応は薄く視線を向けられると、そこにはいつもの面影はなかった。


 無機質な顔をしており、一切の感情が読み取れなかった。こんなことは1度もなかったので、アインは若干の焦りを感じ始めた。


「不味いな……」


「兄さん、何か良くない事が起こってるのか?」


「何があったかわからないが、強い怒りの感情を抑えきれずに、無差別に威圧を放ったんだろう。その結果、愛想が尽きてケビンの感情が希薄になってる」


「感情が希薄に?」


「早い話が、周りのことなんて、どうでもいいと思っているんだ」


「何でそんなことに……」


「とにかく何とかしないと、ムカつくやつらを手当たり次第に、攻撃しかねない」


「そんなことするわけないだろ! ケビンだぞ!」


「今の状態は、いつものケビンじゃない。どうでもいいと思っている状態だから、普段ならしないようなことでもするかもしれない」


「それなら早く何とかしないと! 兄さんなら何か良い方法思いつくだろ」


「無理だ……」


「何でだよ! 俺たちの可愛い弟だぞ!」


「さっきのケビンの顔を見ただろ? もう俺たちを兄として認識していない可能性がある。路傍の石を見るような目付きだった」


 それを言われてカインは思い出す。アインが呼びかけた時に見せた視線を。何とも思っていないような、無機質な視線を……


「ケビン! 俺だよ、カインだよ!」


 無駄だとはわかっていても、呼びかけは止められなかった。自分たちの大事な弟がおかしくなっているのだ。何としてでも助けてやりたかった。


「頼むよ、ケビン……昔のように笑ってくれよ……カイン兄さんって呼んでくれよ……」


「……グスッ……ケビン……ごめんなさい……私が……責めたから……」


「“責めた”って……何したんだよっ! シーラっ!」


 カインの怒声にシーラはビクッと身体を震わせ、ますます顔を俯かせる。


「落ち着け、カイン。シーラ、何を責めたんだい?」


「……ターニャがケビンのプライベートをバラしてしまって、それに対してケビンがそんな事してたら嫌われるって言って、ターニャが泣き出して……私やここの女子たちがそれを責めだして……そしたら、ケビンが拳を握ってて血が出てたから、いつもと違うと思って、声を掛けようとしたら威圧が放たれて……」


「そういうことか。大体の状況は掴めた。それで、そこの子は『私のせい』と泣いているわけだ」


「ふざけるなよ! ケビンのプライベートをバラしておいて、ケビンを責めるのはお門違いだろうがっ!」


「「ひっ!」」


 シーラとターニャは、自分たちのしでかしてしまったことを理解はしているが、カインのあまりの剣幕に悲鳴を上げてしまった。


「カイン、気持ちは分かるが落ち着けよ。僕も腹が立っているが、我慢しているんだ」


「くそっ! それで、原因はわかったけど、兄さんは何か手を思いつかないのか?」


 やはり自分よりも兄の方が、考えることに向いていると自覚しているのか、カインは打開策を聞いてみるのだが、返答は芳しくなかった。


「解決策はまだ思いつかない。だが、現状を維持しておかないと、これ以上進行してしまうと後戻り出来ないと思う」


「現状維持って何するんだ?」


「必死に呼びかけるしかない。反応は薄いが、反応しているって事が重要になってくる。まだ、ケビンの中でも葛藤しているってことだろう。反応がなくなったら……」


「なくなったら、何だよ?」


「命懸けでケビンを殺すしかない……」


()()って……何で弟を殺さないといけないんだよ!」


「仕方ないだろ! ケビンを大量殺人の犯罪者に仕立てあげたいのか! どうでもいいってことは、下手すれば魔物みたいに、人を何とも思わずに殺すことだってやるかもしれないんだぞ! 俺だって殺したくないよ! 可愛い弟だぞ! 兄として犯罪者になる前に、今まで生きてきたケビンとして、せめて綺麗なままで殺してやるくらいしか、してあげられる事がないんだよ!」


「くっ……ケビン! お前は強い弟だろ! こんなところで簡単に人生投げんなよ! シーラには俺から説教してやるから、元に戻れよ!」


「ケビン、お前は自慢の弟だ。闘技大会でFをEにクラスアップさせたことなんか、自分の事のように嬉しかったんだぞ」


『マスター! お兄さんが呼びかけてますよ! 目を覚まして下さい! マスターの気持ちも考えずに調子に乗ってごめんなさい。いつものマスターに戻ってください!』


 みんなの必死の呼びかけも虚しく、とうとうケビンが動き出した。


「……もう、どうでもいい」


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