第40話 動き出したカロトバウン家
――城門前
騎士が門番を務める城門に、1台の馬車が近づいてくる。
「そこの馬車、止まれ! この時間に来訪者の知らせは来ていない。何者だ!」
門の前で馬車が止まり、御者台に座っていた執事らしき人物が、降りてきて挨拶する。
「早朝より失礼します。私はカロトバウン男爵家に仕えております、執事のアレスと申します。此度はカロトバウン男爵家夫人であらせられますサラ様が、至急、王妃様にお伝えする事がございまして、参じた次第であります。入場の許可を」
「か、確認を取る。暫し待たれよ」
いきなり出た大物の名前に、騎士は驚愕して慌てて場内へ走って確認を取りに向かった。
サラが以前、謁見の間でやった事は細部まで知れ渡っており、絶対に逆らうなとの王命が下ったのである。
暫くは待つつもりであったのだが、思いの外、簡単に謁見の許可が下りた。
戻ってきた騎士は全力疾走でもしたのか、息も絶え絶えであり、代わりにこの場に留まっていた騎士が伝える。
「謁見の許可が下りました。どうぞお通り下さい」
そのまま馬車は門を通過して、玄関先まで向かい止まった。そこには既に使用人らしき人物が待ち構えていた。
アレスが扉を開け、中からサラが降りてくる。
「此度はいきなりの訪問、申し訳ありません。取り急ぎ伝えたい事がありましたので」
「問題ありません。陛下と王妃様が謁見の間にてお待ちしております。此方へどうぞ」
使用人の先導で謁見の間へと到着すると、騎士が扉を開ける。
「カロトバウン男爵家サラ夫人、ご入場。」
謁見の間にはいつもは絶対にない椅子が、恰も予定調和の如く置かれていた。そしてそこに当然の如く座るサラであった。
「早朝にも関わらず、此度の謁見、許可して頂きありがとうございます」
「いや、サラ夫人の知らせたい事となると、何を措いても優先すべき事項だからな。気にする事はない」
威厳ある対応をする国王ではあったが、内心はビクビクものであった。謁見の準備も過去最高の速度で行われたのだ。
(急ぎ報告したい事って何? 儂、聞くのが怖いんじゃけど。マリアンヌは隣でニコニコ笑ってるし。胃に穴が開きそう……)
国王の心労は王妃以外知る由もないのだが、当の王妃は久々に旧友に会ったので、国王のことを気にかけることもなく終始ご機嫌である。
「ご機嫌よう、サラ夫人。私に伝えたい事があるのだと伺ったのだけれど、どの様な事なのかしら?」
「ある人を殺そうと思っていまして」
その言葉に謁見の間は凍りついた。爽やかな朝が一瞬にして、誰もが逃げ出したくなる雰囲気に包まれたのだ。
(もう、儂ヤダァ……この場から出て行きたい)
「あら、貴女が殺したくなる様な事が起きたのですね。十中八九……寧ろ確定事項でケビン君に関することかしら?」
「その通りですわ。こともあろうにケビンを襲った輩がいまして」
(そいつは即刻打首じゃ! なんて事を仕出かしてくれたんじゃ! 何処の誰かは知らんが、お前のせいで儂の胃に穴が開くのだぞ!)
「あらあら、それで態々報告に来てくれたのですか? 報告しなくても、そんな不逞の輩は好きにして構いませんのに」
「そうなのですか? では、サントス・バステーロ伯爵を殺しますね」
その言葉に再び謁見の間は凍りつくのだった。
「バ、バステーロ伯爵じゃと? それは真か?」
国王としては信じられなかった。バステーロ伯爵は古参の伯爵家で、カロトバウン家の事も知っているはずだった。
「私が嘘をついているとでも?」
「そ、それは思っていない。ただ、バステーロ伯爵が手を出すとも思えなくて、つい聞き返してしまった。すまない」
「本人も意図して手を出したわけではないのでしょう。結果として、ケビンが襲われただけですから。私にとっては、殺す理由としてそれで充分ですわ」
「意図してないとは、一体どういうことだ?」
「伯爵は『永久の闇』という組織に所属していて、裏で暗躍していたのですわ。最近の学院生の誘拐は、彼らが行ったものですから」
「なんじゃと!? 全然尻尾を掴ませなかった、あの事件の首謀者か! しかも、“彼ら”と言う事は犯人が分かっているのか!?」
「ええ、調べさせましたから」
国王は驚愕した。幾ら直轄の情報部隊に調べさせても、全く何もわからなかった事件を、サラ夫人が殺す為だけに調べさせて、犯人まで突き止めたというのだ。情報収集能力が違いすぎた。
「犯人を教えてもらう事は出来るか?」
「構いませんわ。1人は先程申したバステーロ伯爵、2人目は学院の教師、3人目は賞金首、最後はローブで身を隠した魔術師ですわ。ケビンを襲わせた主犯格は賞金首の男です。誘拐の実行犯ですから」
「了解した。すまないが先程マリアンヌが言った、好きにしてもいいというのを取り消させてくれ。バステーロ伯爵はこちらで身柄を押さえて、『永久の闇』という組織との裏の繋がりを調べたい。それに、カロトバウン家が伯爵を殺すとなると、貴族界での立場が危うくなる」
「別に私が殺したと、バレなければいいのですけれど……我慢するとして、処刑はしてくれますかしら? それが出来ないなら、その要求は飲めません。」
「処刑するのはサントスだけでよいか? 一族郎党となると、領地を治める者が居なくなって困るのだが」
「それで構いませんわ。ただし、関与が認められた一族の者に関しては、全て処刑して貰います」
「わかった。それと残りの者はどうするのだ?」
「学院の教師については、ケビンが本日学院長に伝える事になっています。賞金首は私が確実に殺します。ローブの男はついでに殺しておきます。」
「それと今までの話を聞いて、もしやと思ったのだが、大量殺人の事件はもしかしてケビン君がしたのか? 人気のない路地裏で、武装した者たちが殺されていたのだが」
「その通りですわ。その死んだ人たちは実行犯のメンバーですから。事件の日に襲われて返り討ちにしたそうです。ケビンは誘拐事件が始まってから、ずっとつけられていたのを放置していたらしいんですけど、余りにも執拗いから懲らしめようとしたら、実力行使に出られたそうです。15人に囲まれて襲われたのだから、殺しても正当防衛ですわね。傷でも付けようものなら、死んだ後でも私が八つ裂きにしましたのに」
国王はケビンの実力に驚愕した。子供が15人の大人を相手にして、返り討ちにしたというのだ。しかも、無傷で。兵からの報告によると、中にはBランク冒険者もいたというのに。
「貴重な情報痛み入る。ケビン君に関しては、正当防衛を認め事件の責任は問わないものとする。それと、学院の教師の処遇は学院長に連絡を取り、即刻身柄を押さえる。賞金首とローブの男はサラ夫人に任せても良いか?」
「ええ、構いませんわ。学院の教師もちゃんと処刑して下さいますかしら? 今回の事件に関わった者は、全て殺す事にしていますので」
「わかった。こちらで身柄を押さえた者は、取調べの後に公開処刑すると約束しよう。その方がちゃんと処刑した事を証明できるしな」
「お願いします。本当は私が八つ裂きにしたいのですけれど、ケビンに止められてしまいましたし、今回は諦めますわ。国が動かなかったら殺す事にしていますけど」
「国としてこの事件には、全力で取り組む事を約束する」
「それでは、失礼しますわ。マリアンヌ王妃様も、ご機嫌よう」
「たまには、顔を見せに来て下さるかしら? 出来ればケビン君を連れて。まだ、ちゃんとお話した事がないですから」
「ケビンが良ければそう致します」
「期待して待っていますね」
サラ夫人が謁見の間を後にすると、国王が騎士隊長に命令を下す。
「即刻、バステーロ伯爵の身柄を押さえよ! サラ夫人の話から察するに、王都内の邸宅に居るはずだ。決して逃がすな!」
「はっ! 行くぞ、お前たち!」
謁見の間で空気になってた騎士たちが一斉に動き出した。サラ夫人の謁見とあって、無礼のないように微動だにしなかったのだ。前回の痛い目で実力の違いを理解したらしい。
「面白くなってきたわね、あなた。サラ夫人の武勇伝がまた1つ増えますわ」
「全然、面白くないぞ。サラ夫人が絡むと胃に穴が開きそうだ」
「医師でも呼びましょうか?」
「そうして貰えるか? 胃薬を処方してもらおう」
この後、医師に胃薬を処方してもらい、胃に穴が開くのを防げた王様であった。
――王立フェブリア学院
生徒達が登校している中で、1人学院長室に向かう者がいた。足取りは軽くとても緊張している様にも見えない。
普通なら学院のトップでもある人の部屋に、軽々しくは向かえない上に、とても緊張するものである。
しかしながらこの者は、何とも思わずいつも通りの雰囲気で、気軽に向かい訪問するのだった。
(コンコン)
「どうぞ」
ガチャリとドアを開け、中へと入るのはケビンであった。
「お久しぶりです、学院長。今日は伝えたい事があったので来ました」
予想もしない訪問者に少し動揺するのだが、そこは年長者の功か、表には出さず努めて冷静に言葉を返した。
「お久しぶりですね、ケビン君。伝えたい事とは何でしょうか?」
「ここ最近あった事件の黒幕が分かりましたので、お伝えしようと思いまして」
さすがに今度は動揺を隠せなかった。生徒の行方や犯人探しを、学院も独自に動いて探っていたからだ。
「私が思うに、ケビン君は慈善で動くような子じゃないと、思っていたのだけど……」
「その通りですよ。火の粉がかからない限りは、動くことはなかったんですけどね」
「その言い方だと、巻き込まれたのかしら?」
「ええ、どっぷりと。自宅への帰る際、つけられていたのは知っていましたが、実力行使に出られて襲われたんですよ。返り討ちにしましたけど。まぁ、外出禁止令の最中に敷地外へ出る子供なんて、自分くらいしかいなかったから、仕方ないと言えばそれまでなんですけど」
学院長の記憶で、ここ最近あった事件で思い当たるのは、路地裏での大量殺人だった。
「もしかして、あえて誘いに乗りませんでしたか? ここ最近あった出来事で、大きなものと言えば路地裏での出来事です」
「それは違いますよ。かなり鬱陶しかったので、こっちから誘ってみたんですよ。馬鹿なくらいに釣れましたけどね。普通に考えて、行方不明事件が起きてるのに、態々路地裏に向かう子供なんていないでしょうに。考え足らずな者たちでしたね」
学院長は驚愕した。年端も行かない子供が大人相手に戦って、全て殺しているのだ。普通なら忌避感を持ち、殺すことまでは出来ないからだ。
「その件は聞かなかった事にしますね。事情聴取なんてつまらないものは受けたくないでしょう? それで、次は黒幕を教えてくれるのですか?」
「それもありますが、少し違いますね。襲われた事が母にバレてしまいまして、関わった者は全員殺すと意気込んでいたものですから、少し待ってもらうように言ったんですよ。対応次第で全員殺す事になりますけど。ちなみに母は王城に行ってますよ」
「なっ!」
更なる事実を知り、今日一番の動揺を見せてしまった。一番怒らせてはいけない相手が動き出したのだ。
これはもう、行き着く所まで行き着いた事になる。知りませんでしたでは済まされない所まで来ていた。現に本人は王城へ行っているのだ。
「最終的には全員死んでもらう事にはなるんですけど、そこには母が殺すか法で処刑されるかの違いしかありませんが、出来れば処刑で済ませたいかなと思いまして。ちなみに誘拐の実行犯は殺す事になっています。母もそこだけは譲れないみたいですね。そいつがいなければ自分が襲われる事もなかったですから」
「処刑で済ませたいという事は、ここに来た本当の理由は何かしら? ただ、犯人を教えてくれるだけではないのでしょう?」
「そうですね。その黒幕の内の1人がここの教師だったんですよ」
「そ、それは本当なのですか!?」
学院長からしたら、予想の斜め上の情報が齎された。栄えある学院の教師に裏切り者がいるとは、微塵も考えていなかったのだ。
「やはり知らなかったようですね。教師の見回りが行われている中で、難なく誘拐されたのだから、その時点で予想はしていたんですけど……学院長はおっちょこちょいですね」
「そんな……我が学院の教師が関わっていたなんて……」
自分がおっちょこちょいと言われた事よりも、身内が関わっていた事の方がショックであったらしい。
「という事で、落ち込んでいるところ申し訳ないのですが、その教師を逃げないように拘束して、国に引き渡して欲しいのです。そのお願いの為に訪問したわけですから。もし取り逃がしたりしたら、こちらで処理しますので、ご了承ください」
「……ちなみにその教師は誰なのですか?」
「タナックス先生ですよ」
(そんな!! 同僚や生徒からも人受けの良い人気の先生なのに。何かの間違いでは!?)
「吃驚されているようですね。パッと見、悪い人には見えませんでしたからね」
「彼の担当する学年は違うのに、知っているのですか?」
「登校がてらチョロっと顔を拝みに行きましたから。逃げられてもすぐに探しだせるようにね」
「そうですか……さすがに表立って動いては、学院に混乱を招きますので、秘密裏に拘束する形にしますよ?」
「手段はそちらに任せますよ。後で国から使者が来ると思うので、そこで引き渡せば良いと思いますし」
「子供たちの誘拐事件とはいえ、国が動くほどですか……」
「黒幕の1人が貴族だからですね、仕方ないですよ。だから、母が王城へ行ったんですよ」
(!!)
「次から次へとよくもまぁ、驚かせてくれるものです。ところで、攫われた生徒達はどうなったか知りませんか? あの子たちが心配なのですが……中にはちょっとした面識のある子もいますし」
「へぇ、知り合いの子でも攫われたのですか?」
「入学試験の時に知り合いましてね。意欲のある子供だったから覚えていたんですよ」
その時を思い出したのか、学院長の顔が先程よりも少し柔らかくなった。
「これはあくまで予想でしかないのですが、まだ売り飛ばされたりはしていないと思いますよ。この王都の何処かにはいるでしょうね」
「ケビン君が言うのでしたら、安心ですね」
「それは何故です?」
「“まだ売り飛ばされてはいない”という事は、ある程度事情を知っていそうですし。“王都の何処かにはいる”って事は、もう予想はついているのでしょう?」
「いつもそのくらい賢明であれば、内部の裏切り者にも気付けたかも知れませんね。」
「ふふっ、一本取ったつもりが取られてしまいましたね」
「ぶっちゃけて言うと、誘拐の実行犯が賞金首なんですよ。そんな奴が街中にいるってことは、人目につかない場所に隠れ住むしかありません。本人からしたら、衛兵に対して灯台もと暗しでざまぁなんでしょうけど、もうバレている以上、こっちからしたら居場所を特定しやすくて、ざまぁなんですけどね。そこに生徒たちもいると思いますよ」
「出来れば生徒たちを助けに行きたいのですが、ケビン君からしたら足手纏いになりそうですから、行かない方が無難ですね。だから、生徒たちの事を任せてもよろしいですか? 私の顔に免じて助け出して欲しいのです」
「わかりました。1つ貸しにしときますよ」
「高くつきそうですね」
「その時の気分によりますね。では、教師の方はお願いしますね」
「わかりました。すぐに取り掛からせるわね」
「では、失礼しました」
学院長室からケビンが出て行くと、すぐに手元にある通信機である教師を呼び出すのだった。
「ジュディ先生、至急学院長室まで来て下さい。最優先事項です」
この日、密かに一人の教師がその職を辞することになったが、今はまだ事を公にする訳にもいかず、生徒達にはありふれた理由で、転勤すると知らされた。




