第39話 ストレス発散?
駆けつけてきた中でも、一際ガタイのいい男が仲間に声を掛ける。
「おい、こいつが例のガキか?」
「こいつで間違いありません。気配探知を使えて、尾行していた事を知っていたようです」
今までデカい態度で襲ってきていた自称冒険者が答えた。
「ほう、気配探知が使えるのか。中々にやるな小僧」
「お前に褒められても、嬉しくないぞ。どうせなら美女を連れてこいよ」
「口も使えるようだな。出る杭は打たれるぞ? 早死したくなければ大人しく付いてくるんだな」
今までの下っ端とは違い、軽口にも乗らず堂々とした佇まいだった。
「お前がこの中じゃ、1番強そうだな」
「相手の力量が測れるか。鍛えれば強くなりそうだが、俺らに目をつけられたのが運の尽きだな」
ぶっちゃけ鑑定でステータス見たから、言ったんだけどね。別に測ったつもりはないよ?
「その言葉はそのまま返すよ。俺に手を出したのがお前らの運の尽きだ。あと、でかい口叩くなら相手の力量くらいわかれよ」
「くっくっくっ。面白いガキだ。あくまで大人しく付いてくる気はないんだな?」
「当たり前だろ。何で俺より弱い奴に従わなきゃいけない」
「なら仕方がない。お前ら遊んでやれ」
その言葉が聞こえるや否や、周りにいたゴロツキ共が一斉に襲いかかってきた。というか、武器ぐらい持てよ。
「学習能力のない奴らだな」
攻撃を躱しつつグーパンを手加減しながら撃ち込んでいく。一気に終わらせたら、折角のストレス発散が終わってしまうからだ。
「お前、何者だ?」
余りの予想外な展開に、ガタイのいい男が聞いてくる。
「知りたきゃ、俺を倒すんだな」
「それしかないか……お前ら武器を使って構わん。多少の傷が残るのは仕方がない、頭には俺から報告する」
男がそう言い放つと、周りにいた奴らは武器を構え始める。リーダー格の男を除くと14人か……
「今更、後悔しても遅いからな、血の気の多い部下共だから、かなり痛い思いをするぞ」
(さて、どうしたものか……殺っちゃっていいかな?)
『戦争!! 戦争!! 戦争!!』
「よろしい ならば戦争だ」
瞬時に1番近くにいた敵の傍に移動すると、手加減なしの腹パンをキメる。
「ぐふぉっ!」
男は血反吐を吐きながら倒れ込むが、得物は使わせてもらうために、一時的にいただいておく。
「まず、1人目」
何が起きたのかわからない奴らは、呆然と立ち尽くし隙だらけになった。それから周りにいる5人ほどを一気に斬り伏せる。
「これで、6人目だ。お前を除くと残り8人だな」
手下共が漸く我に返り驚愕するが、何をどうしたらいいのかがわからず、只々恐れるだけであった。
「お前ら、相手は一人だ! 怯むんじゃねえ!」
リーダー格の男が檄を飛ばすが、誰も動けないでいた。
「いいのか? 隙だらけだぞ?」
震えながら武器を持っていた残りの奴らも片付け、剣についた血を払う。辺りは先程まで意気揚々と、武器を構えていた奴らで埋め尽くされていた。
「さぁ、残るのはお前だけだ。たっぷりと楽しませてくれよ」
「た、頼む、見逃してくれ……俺は命令されただけなんだ」
「さっきまでの態度とはえらい違いだな。上から目線の物言いはどうした? 出る杭は打たれるのだろ? さぁ、打ちにこいよ」
「さっきのは間違いだ。あんたがここまで強いなんて知らなかったんだ」
「知らなかったじゃ済まされない世界で生きてきたんだろ? 今更、言い逃れするなよ。見苦しいぞ」
こんなに隙を晒しているのに、さっきから全然襲ってこようともしない。興ざめだな……
「やる気がないならもういい」
男はその言葉に見逃して貰えると思い、安堵の表情を浮かべたのだが、次の瞬間、視界に映ったのは自分の体だった。
そこで男の意識はなくなり、永遠に目を覚ますことがなくなった。
「さて、帰るとするか」
ケビンは、終わったとばかりに奪った剣を投げ捨てて、剣呑な雰囲気を和らげて、一言こぼすのであった。
『お疲れ様です。明日からはストーカーに、悩まされる事もなくなりそうですね』
『そうだな』
ストレス発散が不完全燃焼となり、それによるストレスをさらに抱え込む事になるケビンだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――街外れの倉庫
手下が誰もいない倉庫内では、一人で酒を飲む男の姿があった。
(ガチャ)
扉を開ける音に、漸く部下たちが帰ってきたのかと思って視線を向けると、そこには一人の男が立っていた。
「てめえか……何の用だ? 今はガキを攫うのに動いている最中だぞ」
「その事で1つ、君がまだ知らないだろう情報を、教えようと思ってね」
「あぁ? 俺様が知らない情報だぁ?」
「どうする? 聞くかい?」
「さっさと言いやがれ! その為に来たんだろうが!」
「仕方ないね。その傲慢な態度は目に余るが、教えてあげるよ」
「ちっ!」
さっさと情報を寄越さない男に苛立ちを顕にするが、その男相手に苛立っても無駄な事が分かっているので、何とも言いようのない苛立ちになるのだった。
「君の部下たち、全員死んだよ」
「は?」
余りにも突拍子のない内容に、男は思わず間の抜けた顔で、聞き返してしまっていた。
「はははっ、君のその顔が見られただけでも、教えに来た甲斐があるよ」
「ふざけんな! さっきガキを攫いに行ったばかりだぞ。今頃、ガキを連れてくる最中だ」
「君は一体誰の恨みを買ったんだい? 今はスラム街の入口で死体が転がってるって、街中が騒ぎになってるよ」
「恨みなんざ買いすぎて見当もつかねえよ。それは、確かな情報なんだろうな?」
「当たり前だろ? 野次馬に紛れて見てきたんだから。確かに君の部下たちだったよ」
「仮にもBランク冒険者の混じった奴らだぞ。犯人は誰だ? 冒険者か?」
「それは、不明らしい。誰も怪しい人影を見なかったそうだ。人気のない路地裏での出来事だからね。犯人もよくあんな場所に誘い出せたもんだよ」
問題はそこじゃない……今後の計画に支障が出るってことだ。これ以上は攫ったガキを増やせない。計画の変更が余儀なくされた。
「まぁ、伝える事は伝えたし、私はもう帰ることにするよ。計画は、仕方ないけど変更するしかないだろうね」
「くそっ! あと少しで目標人数まで達したのに。犯人の奴は許さねぇ。計画の邪魔をしやがって!」
「犯人が誰かもわからない状況じゃ無理だろうね。それじゃあ、帰るとするよ。後日、また集まって計画を練り直すとしよう」
男は何事もなかったかの様に、入口から出て行く。残された方の男は計画を邪魔された挙句、変更せざるを得ない状況に、今まで以上に苛立ちを感じ、独り言ちるのであった。
「何処の誰だかは知らねぇが、俺様に喧嘩売った事を後悔させてやる」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ストーカーを撃退したケビンが家に到着すると、サラから鋭いツッコミを入れられた。
「ケビン? 血の匂いがするわよ。しかも大量……何があったの?」
血の匂い? クンクン……そんな物しないけど、何故わかるんだ?
「母さんはね、鼻が良いのよ。だからわかるの。どうしたの? 隠し事するの?」
「いえ、血の匂いがわからないから、自分はそんなに臭いのかな? と思って」
「ケビンはいつもいい匂いよ。今日は混じりものの臭いがあるのよ。ケビンは臭くないわ」
「そうなの? それなら良かった」
「で、教えてくれる?」
「学校の帰り道に襲われて、返り討ちにしたんだよ」
『帰り道だけに、返り討ち。ぷぷぷっ!』
『おい、お前は黙ってろ!』
「そう、そうなのね……」
あれ? 母さんが黙っちゃったぞ……返り討ちにしたら不味かったか? これは、怒られるのか? それとも意図的ではないにしろ、サナがウケたネタが思いの外、寒かったのか? それはそれで悲しい結果になるが。
「あ、あの……母さん?」
「ふふふっ。ケビンを襲ったのね……ケビンを……」
あ、なんかヤバい気がする……
「カレン!」
「はい、此処に」
いつもながら何処からやってくるんだ? 全然、気配がわからなかった。
「急ぎ、王都にいるマイケルに連絡を取りなさい。ケビンを襲った下衆な奴らを捜し出すのよ!」
「了解しました」
「あ、母さん。襲った人なら一人残らず殺したから、捜しても死体しかないよ?」
「ケビン、血の匂いが強いから、大人数に襲われたのでしょ?」
「うん、15人」
「それなら、組織だっての動きになるから、黒幕が絶対いるはずよ。捜して無駄な事はないのよ」
「そういうことか……それなら、最後に殺した奴が『上から命令された』って言ってたよ」
「やっぱりね。カレン、掛かりなさい」
「行ってまいります」
その言葉と共に姿を消すメイド長。あなたは一体何者ですか? 謎が深まる一方であった。
「必ず見つけ出すわ。ふふっ、楽しみね」
預かり知らぬところでサラの怒りを買った事を、リーダー格の男はまだ知る由もなかった。知っていたら、絶対に手を出さないであろう相手ゆえに。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日、学院へ到着すると、昨日の出来事で話題騒然となっていた。
「ケビン君、昨日の夕方に路地裏で大量殺人があったらしいよ」
「外出禁止なのに、どっからそんな話題を拾ってきているんだ?」
「外出できる学院部の先輩が聞きつけたんだって。昨日は街中で大騒ぎになっていたから。街中に住んでいる人で、知らない人は居ないんじゃないの?」
俺が帰った後でそんな事になっていたのか。
「余りにも凄い事件だから、衛兵じゃなくて騎士たちが出向いたらしいよ」
あの大して働かない騎士達か。お似合いの仕事が出来て良かったじゃないか。
「一般人は騎士に直接言いに行けないだろ?」
「最初は衛兵が現場に向かったんだけど、事が事だけに騎士隊にも報告したんだって。そしたら、騎士たちが出向いて来て、現場処理を行う事になったんじゃないかな?」
「どうでもいいけどな、そんな事は」
それよりも、その組織にご愁傷様としか言い様がない。母さんが動いてしまったからな。結局、傷を作らずとも襲われただけで動いてしまった。
そんな時、タイミング良くジュディさんが教室に入って来る。
「みんなー席についてー」
いつもの如く席に着く面々。
「えぇ……皆さんも知っての通り、昨日人気のない路地裏で事件がありました。今は外出禁止になっているので安心ですが、外出出来るようになってもくれぐれも人気のない場所へは行かないように。わかりましたね?」
「はーい。」✕生徒数(ケビンは除く)
その日も難なく終わり放課後となった。ストーカーの心配もなくなった俺は意気揚々と帰路に就くのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――とある一室にて。
「お前の部下たちが殺られたそうだな」
豪華な服を着た、恰幅のいい男が問いかける。
「ああ、何処かの冒険者だろ。見つけ次第殺す」
その問いに、ガラの悪い男が答える。
「それよりも、計画の変更を考えないと」
それなりに身なりのいい男が、本題に入ろうとする。
「子供達は何人集まったのだ?」
ローブに身を包んだ男が、ガラの悪い男に聞く。
ガ:「今の所、8人だ。ノルマまであと2人だろ? 9人目を狙ってた時に襲われたみたいだ」
そ:「あと2人はどうする? この際、奴隷で代替するか?」
ロ:「それなりに魔力を持った子供でないと、意味がないぞ。そんな奴が早々見つかるのか?」
豪:「儂の方でも伝手を当たってみるとしよう。1人くらいは見つかるやもしれん」
そ:「それでは、その方向性で計画を進めよう。さすがに君1人じゃ攫うのは難しいだろ? 衛兵に顔が割れてるし」
ガ:「ちっ! 確かにな。表立って街中は歩けねぇ」
豪:「話が纏まったところで、お前の部下たちを殺ったのは、冒険者なのか?」
ガ:「部下たちの中にはBランク冒険者もいた。そこら辺の人間じゃ、まず勝てねぇよ」
豪:「それは確かにそうだな。なら、少なくともBランク以上の冒険者という事か……」
そ:「更には、パーティーを組んでる可能性があるよね? 15人を相手取って短い時間で殺すのは、ソロじゃ厳しいんじゃないかな?」
ロ:「確かにそうだな。魔法を使えばソロでも可能だが、使われた形跡はなく、全員斬られて殺されていた」
そ:「じゃ、その線も考慮して探し出せばいいんじゃないかな?」
豪:「という事だ。抜かるなよ?」
ガ:「わかってる。計画を邪魔した犯人は、何としてでも見つけ出してやる」
豪:「では、解散するとしよう。『永久の闇に』」
「永久の闇に」✕3
計画の変更をしていた4人が立ち去った後に、暗がりから1人の人影が刺した。
「『永久の闇』ですか。聞いたことありませんね。新興の闇結社でしょうか? 歯牙にかける程の者達でもないのですが、上に報告だけは致しましょう」
誰もいない一室で、独り言ちていた者が消えいるように物音を立てず、その場を後にした。
それから幾ばくか日数が経ち、街を賑わせていた事件も下火になった頃、学院の外出禁止令も解かれた。
「今日から学院外に出る事が可能になりましたが、くれぐれも人気のない場所へは行かないように。暫くは先生たちの見回りも継続して行われるので、何かあった場合は近くの先生を頼るように」
放課後となり、漸く敷地外へ出られるようになったのが嬉しいのか、多くの生徒が市街地にいた。その中には、例に漏れず自宅へ帰るケビンの姿もあった。
ケビンが自宅へ帰りつきリビングで寛いでいると、メイド長がやってきた。
(コンコン)
「奥様、報告したい事があります」
「入りなさい」
扉を開け入ってきたカレンさんは、恭しく一礼すると報告内容を話し始める。
「指示のあった調査の件、ご報告に参りました」
「それで?」
「ケビン様を襲った奴らの黒幕は4名で、実行犯の主犯格は賞金首でした」
「そう。それなら消えても問題にならないわね」
「残り3名の内、1人は貴族です。次の1人は学院の教師。最後の1人はローブを深く着こなしており、定かではありませんが魔術師ではないかと」
やはり学院の裏切り者が混じっていたか。予想通りだな。
「その貴族は誰かわかっているの?」
「調べはついています。サントス・バステーロ伯爵です」
「伯爵家ね。思いの外、大物が釣れたわね」
「あと、奴らは『永久の闇』と名乗っていたそうです」
「何かしら? 裏組織?」
永久の闇なんて中二病感満載だな。4人で収まりそうな規模じゃないし、王都にいたのは末端の構成員だろうな。唯一、貴族の奴は序列が高そうだが。
「伯爵をしれっと殺すのはさすがに不味いわね。マリーに動いてもらって処刑してもらいましょう。あとは殺しても問題ないわね」
なんか普通に全員殺すことになっているぞ。まぁ、死んだところでどうでもいい事だが。
「母さん、学院の教師も殺しては不味いよ。犯行がバレてないという事は、普段はとてもいい先生で通っているのかも知れないから。捕まえた後、処刑が良いかと」
「ケビンはやっぱり賢いわね。そうしましょう。殺すリストとしてケビンを襲わせた主犯格は確定として、残りはローブの男ね」
「では奥様、どの様に動きましょうか?」
「そうねぇ……とりあえず、明日はマリーに会いに行くわ」
「畏まりました」
「それなら、教師の方は俺から学院長に話しておくよ」
「お願いね、ケビン。それらが終わってどう動くか見届けた後に、また話し合いましょう。と言っても、動かなかったら私が全員殺しに行くわ」
「その時は俺も行くよ。母さん1人だけ危ない目に遭わせられないし」
「ケビンは優しいのね。危なくなる事は微塵もないけど、一緒に行きましょうね」
この日、4人の男たちには本人の預かり知らぬところで、サラの死刑宣告が下されるのであった。
翌朝、母さんも王都に行くことになったので、久々の馬車通学となった。俺は学院に向かったが、母さんはそのまま王城へ行くらしい。謁見の予約とかしてなかったが、大丈夫なのだろうか?




