第33話 闘技大会 ~代表戦~ ③
「おはよう、ケビン。よく眠れたかしら?」
「ね、姉さん……何故ここに?」
「貴方に会うためよ? ダメだった?」
「いや、ダメじゃないけど……」
「それにね、まだ代表戦が終わってないのよ」
「えっ? カトレアがサドンデスに出て勝ってるはずじゃ……」
「どの子?」
「そこの女の子」
そう言って何気なくケビンが指差した先には、いつもケビンの傍らにいる女子生徒が、呆然としていたのだった。
それを見た瞬間、シーラは凍えるような威圧を女の子に向けるが、その余波は周囲にまでおよんだ。
指向性を持たせた威圧の余波は、近くにいる代表選手はもちろんのこと、観客席のギャラリーにまで及ぶ。シーラの友達はというと、気丈にも耐えてみせていた。
そんな中、カトレアは腰を抜かしガクガクと震えるばかりだった。失神もせずによく頑張っている方だと思われる。
「貴女がカトレアね。なぜ、サドンデス戦に出ないのかしら? おかげで私は、気持ちよく寝ているケビンを起こす羽目になったのよ」
「あ……あ……」
あまりの威圧に上手く喋れることも出来ずに、公開処刑の様な惨状で皆が見守る中、この中で唯一動ける者がシーラへと近づく。
その光景に再び外野は驚くのだった。《氷帝》の威圧の余波を浴びながらも平然としているからだ。
「姉さん。それくらいにしといたらどう?」
「あら、ケビン。もういいの? 貴方の作戦を邪魔したのでしょう?」
「邪魔はしてないよ。作戦なんて教えてないし」
「そうなの?」
「そうだよ。だから威圧を解いて。周りの人に迷惑かけちゃダメでしょ」
「わかったわ。ケビンが言うなら」
その瞬間、威圧は解かれ全員安堵の息を吐くのだが、同時にケビンへ心の中で突っ込むのだった。
『『『お前が言うなよ!』』』
ツッコミをいれた者たちは、氷帝の逆鱗に触れたくなく、心の中で叫ぶのが精一杯であった。
「で、現状はサドンデス戦って事?」
「そうよ。あの女が出ればいいのよね?」
「んー……無理だね。姉さんにやられて戦える状態じゃないよ」
「なら、ケビンが出るの?」
「仕方ないね。そうするしかなさそうだし」
そう言って、寝起きのストレッチをしながらリングへと向かうケビン。
「ケビン、頑張ってね。お姉ちゃんはここで応援するから」
リングへ上がりながら、ケビンは答える。
「うーん……いくら姉さんが応援しても本気は出さないよ」
その言葉に、試合用の結界のおかげで、大して被害を受けていなかったEクラスの代表選手が、気を取り直して反論する。
「舐められたもんだな。手を抜いて俺に勝てるとでも? Fクラスの分際で」
「まぁね。審判さん、Fクラスの代表選手は俺ですので、よろしくお願いします」
「あぁ、分かった。それよりも君、武器は持たないのかね?」
「必要ないし、徒手空拳のままでいいですよ」
「ふざけやがって。ボコボコにしてやるよ」
「それでは、サドンデス戦……始め!」
合図とともに対戦相手が駆け出して、ケビンに詰めよろうとする。
「舐めた事を後悔しろ、雑魚がっ!」
駆け出した勢いのまま、剣を振り下ろそうとしたが、先にケビンから足をかけられてしまい、勢いも相まってそのまま顔面スライディングを成功させる。
「うわぁ……顔面から行ったよ、痛そぉ……大丈夫?」
ケビンは特に追い討ちをするでもなく、頭の後ろで手を組み呑気に感想をこぼす。起き上がった選手がその姿を見て、さらに激昴する。
「ふざけやがってえぇぇぇ!」
そんな中、リングサイドでは……
「シーラ、先程の威圧はキツかったですわよ。時と場所を考えてくださいまし。あと、手加減も」
「あれくらいどうということはないでしょ? それより、こっちに来たの?」
またしてもリングサイドへ乱入者が現れ、Fクラスの代表選手たちは、明らかに上級生である女子生徒にビビりまくる。
「貴女がいないのに、1人で見ててもつまらないでしょ? それより、ケビン君はやはり規格外ですのね。たとえ余波だとしても貴女の威圧に平然としてましたし」
「ケビンは母さんと模擬戦してたから、あれくらいじゃ何とも思わないわ」
「貴女の家族は、本当にとんでもないですわね。ケビン君に至っては、武器も持たずに戦っていますし」
「本気を出さないって言ってたから、武器なんて必要ないんでしょ。開始早々に転げさせているし」
「ですわね。武器を持たず試合に出る生徒なんて、初めてなんじゃないかしら? 拳闘士でも、ナックルぐらいはつけますから。素手ですわよ、貴女の弟さんは」
「それだけ実力差があるのよ」
「兎にも角にも、戦うところが見れて良かったですわ。本気じゃない以上、実力は未知数ですが」
リング上では、掌で転がされるように遊ばれている選手が、文字通り転がっていた。
「てめぇ、攻撃ぐらいしてきやがれ!」
「してるだろ? 現にさっきからお前はコケてばっかりだろ」
「ふざけるなっ! てめぇは頭の後ろで手を組んだままじゃねーか! 真面目にしやがれ!」
「真面目にしてるさ。掌で転がせないから真面目に考えた結果、リング上で転がしてるんだよ。俺の掌はこんなに小さいからな、お前を転がしてやれないんだよ。すまないな」
ケビンはそう言って、相手選手へ掌を見せて煽る。
「あれは、酷いですわね。相手に同情致しますわ」
「ケビンに喧嘩を売るのが悪いのよ。当然の報いだわ」
完全に“舐めプ”と言われても、過言ではないケビンの戦い方に、観客からは相手選手に同情の視線が向く。
「くそっ! 原初の炎よ 球体となりて 我が敵を燃やせ《ファイアボール》」
ケビンに向けて火球が飛来するが、難なく避けてしまう。
「ほいっと。当たらないねぇ?」
「くそっ! くそっ! くそっ!」
それからも火球は飛来するが、全て避け切ってしまう。
「おっと、あらよっと、もういっちょ、ついでにほいさっ」
「はぁはぁはぁ……」
「もう撃たないのかな? 魔力切れかな? んー?」
『マスター、完全に舐めプですね。相手に同情しますよ』
『俺としては、出なくても良かった試合に出ている時点で、ストレス発散させたいんだよ。姉さんはいつの間にかいるし、相手選手には悪いが』
『悪いと思ってるなら、さっさと終わらせてやるべきですよ』
『さっさと終わらせたら、ストレス溜まったまんまだろ。使える展開は使っとかないとな』
「まだ、休憩が必要かな? 存分に休んでいいよ。俺は疲れてないし」
相手選手はまだ息が整わず、返答する気力さえなかった。
「ねぇ、あれは終わらせてあげられませんの? トラウマものですわよ」
「終わらせるの? ケビンの勇姿を?」
「勇姿って……避けて転ばせて煽ってるぐらいにしか見えませんわよ。それに、闘技場の空気が悪いですわ。このままではケビン君が、悪者になってしまいますわよ?」
「ケビンを悪くいう奴らなんか、片っ端から消してしまえばいいのよ」
「浅慮ですわよ。そんな事したら貴女まで悪者になりますわ。ケビン君が今後も楽しく学院生活を送るためにも、そろそろ決着をつけた方がいいですわよ。貴女だってケビン君が、陰口を叩かれるのは嫌でしょ?」
「それは腹が立つわね。でも、私が言ったからって、ケビンがやるとは限らないわ。あの子は基本的に縛られるのを好まず、自由を謳歌したいのだから」
「それでもですわよ。言ってみるだけ言ってみて下さらない?」
「仕方ないわね。これは1つ貸しよ」
「分かりましたわ」
リング上では、へろへろになりながらも懸命に戦っている生徒と、明らかに舐めプをしているケビンの姿が見て取れた。
「ふぅ……ケビン、お姉ちゃんはもういっぱいケビンを見れて満足したから、この試合終わらせていいわ。そんな雑魚を相手にしててもつまらないでしょ?」
試合の最中にシーラの声が届くと、ケビンがリングサイドに視線を向ける。
「終わらせるの? これを?」
「そうよ。お姉ちゃんからのお願いよ」
(どうするかな?このまま続けてもいいんだけど、後で姉さんにこの事で絡まれるのは勘弁して欲しいし、満足したって言ってるからすぐ帰ってくれるかな? てか、隣の人誰だ? 友達か? 姉さんにも友達がいたんだな)
考えている間も相手の攻撃は続いているので、どうせだからと考えているポーズを取ったまま、見もしないで避けていく。これにより、さらに相手はムキになるのだが、一向に当たらないので、絶賛舐めプ継続中である。
ケビンは避けつつも、リングサイドにいるシーラの隣に佇んでいる、女子生徒に視線を向けると、その女子生徒にニコリと微笑まれる。
(可愛い……)
「ねぇ、姉さん。隣の人は友達?」
「そうよ。それがどうしたの?」
「名前は何て言うの?」
「ターニャ・シルバレンですわ。以後お見知りおきを」
「ケビン・カロトバウンです。お初にお目にかかります」
ターニャがカーテシーをしたのに対して、ケビンは手を胸に当ててお辞儀を返す。当然、計算されたお辞儀で、腰を曲げた頭上を相手の魔法が素通りしていく。
背中の方で相手選手が、何か言っているようだったが、全く気にせず見向きもしなかった。
「知っていますわ。シーラがいつも自慢してくるんですもの」
「姉がいつもお世話になっております。ところで、ターニャさんも終わらせた方がいいと思いますか?」
「そうですわね。さすがに相手選手が可愛そうですわ」
「なら、終わらせます。ということで、名も知らぬ君、今までご苦労さま。いい暇つぶしにはなったかな。君も疲れただろうし、お礼に終わらせてあげる」
ようやく振り返ったと思いきや、いきなりの終わらせてあげる宣言に、相手選手も憤りを感じるのだが、如何せん、今までの疲労が蓄積していた。
「ふざ……ぜぇぜぇ……けるなよ、そう簡単に……終わらせられると……思うのか?」
「君も大概だね。負けず嫌いなところだけは認めてあげるよ。それに免じて右腕1本だけで終わらせてあげる。右腕の動きを注意して見てなよ。見失わないようにね」
そして、ケビンがバックステップで距離を取ると合図を出す。
「じゃー行くよー」
相手選手は疲れていながらも、右腕を注視していた。が、次の瞬間には、ケビンの姿を見失う。
「……見失ったね?」
ゾクリとするその声を耳にすると、首に衝撃が走りそこで意識が途切れたのだった。
『やっと終わりましたね』
『いやー、前から漫画みたく首トンしてみたかったんだよねー成功して良かった』
「審判さん、判定は?」
直立不動のまま、固まった審判の時間が動き出す。4回戦と同様、選手の動きが見えてなかったのだ。
「サドンデス戦、勝者ケビン!」
勝者が発表されたにも関わらず、闘技場内は静かだった。それもそのはず、散々舐めプで派手な攻撃を避けていたにも関わらず、最後は目で追えぬほどの速さで首トンして終わったのだ。
「シーラ、今の見えてまして?」
「見えないわよ。それよりも、どうしてあなたの意見を、ケビンが聞くのかしら? 私に隠れてケビンに何したの?」
「何もしてませんわよ。貴女を敵に回すほど、愚かではありませんわ」
ケビンがのんびりとリングを下りると、シーラとターニャが出迎える。
「お疲れ様、ケビン」
「お疲れ様ですわ、ケビン君」
「どうもありがとうございます、ターニャさん」
「ケビン? お姉ちゃんには何もないの? ……やっぱり何かしたわね、ターニャ」
シーラから威圧を感じ取ると、ターニャがケビンを窘める。
「何もしてませんわよ。ケビン君、シーラも応援したのだから、お礼を言わなきゃダメですわよ」
「すみません。姉さんも応援してくれてありがとう。あと、威圧は解こうね。迷惑かけちゃダメでしょ」
「分かったわよ、もう」
ポカンとしている代表選手達をよそに、奇妙な三角関係が成立した。そんな中、勇気を振り絞り、サイモンがケビンに声を掛ける。
「ケビン君、その、お疲れ様。Eクラスに勝てて良かったよ。これで来年はEクラスだね」
「俺は別にクラスなんてどうでもいいけどな。どのクラスに所属していようが、実力を隠してる奴はいるからな」
「君が言うと説得力があるね。カトレアさんもそうだったし」
「それじゃあ、試合も終わった事ですし、帰りますわよシーラ」
(ターニャさんグッジョブ!)
「えっ? 帰るの? まだケビンと一緒に居たいんだけど」
(そこは丁重にお断りさせていただきます)
「ここに来るまでは、あんなに恥ずかしがっていたのが嘘みたいですわ」
「姉さん恥ずかしかったの?」
「だって、久し振りに会うから……」
「以前は出会い頭に突っ込んできてたのに、随分と萎らしくなったね」
「今年から中等部に進学したし、いつまでも子供みたいな事は出来ないなと思って、お姉ちゃんらしくしようと、頑張ってるんだよ?」
「偉いね。是非とも、尊敬できるような姉になれる様に、高みを目指して頑張ってね」
「任せて! お姉ちゃんはこれからも、誰にも負けない強いお姉ちゃんであり続けるわ」
「ではターニャさん、姉のことをよろしくお願いします」
「任されましたわ。帰るわよ、シーラ」
「またね、ケビン! 闘技大会が落ち着いたら逢いに行くわ」
(そこは遠慮して欲しいのだが。面倒くさくならない様に、先に手を打っておくか)
「ターニャさんと是非一緒に来てね。バイバイ」
二人は仲良く喋りながら去って行き、これで落ち着けるかと思っていたが、まだまだ落ち着けないようである。
「ケビン君、《氷帝》の弟だなんて聞いてないんだけど?」
空気と化していたカトレアが、ジト目で睨んでくる。
「ん? 空気から戻ったのか? 姉さんにやられて随分と凹まされていたようだが?」
「誰でもそうなるよ。あの時、闘技場の惨状は見たでしょ? ビビらない方がおかしいよ」
「人によりけりだろ。ターニャさんは耐えていたじゃないか」
「同じSクラスの人でも耐えるのが精一杯なのに、今年入学した初等部の私が耐えられるわけないでしょ!」
「そもそも、お前がサドンデス戦に出てれば良かっただけだろ? 大方、直前で気づいて俺に一泡吹かせようと、悪巧みしたのが運の尽きだな。自業自得だろ」
「ケビン君が真面目にやってれば、問題なかったのよ」
「言っただろ。俺はダラダラ過ごすことが好きなんだよ」
「こういう時まで、ダラダラ目指さなくてもいいじゃん」
「それは俺の勝手だろ? 俺の生き方に口出しする権利がお前の何処にある?」
余りにもズケズケと踏み込んでくるので、軽く威圧して返答する。
「そ、それは……ないけど」
「なら、口を挟むな。嫌なら友達辞めるか?」
「それは、ヤダ!」
「なら、納得しろ。俺は俺の生きたいように生きる」
「……わかった。だから、友達は辞めない」
姉さんと更には俺からも凹まされて、カトレアは気落ちしているようで、さすがにいつもの元気はなくシュンとしていた。
「はぁ……仕方ない。カフェテリアに行って、デザートでも食べるぞ」
「何で?」
「一応、Eクラス昇格は確定したんだ。その祝いと、お前が凹まされて元気がないからな。景気づけだ」
「凹ませた本人が言うかな」
「なら行かないんだな? 俺は帰るぞ」
「い、行くよ、行きます! もちろん奢りなんだからね!」
先程とは打って変わって、カトレアはテンションの上がった声を出す。
「現金なヤツめ」
そして2人でカフェテリアに赴くのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
2人が去った後、闘技場では代表選手が、何とも言えない空気のまま佇んでいた。
「なぁ、俺たち空気だよな?」
「仕方ないんじゃないかな? あまり会話したこともないし」
「なら、私たちは私たちで祝勝会でもする?」
「そうするか。カフェテリアに行こう」
「そうだね。向こうに行っても空気のままだろうし、迷惑はかからないと思うしね。何だか別の意味で疲れちゃったね」
「私も疲れちゃったから、甘いものが欲しいわ」
こうして、カフェテリアに誘われなかった3人は、疲れた様子で闘技場を後にするのだった。




