第1話 出会い
何もない空間で男が1人、気怠い感じにふと目を覚ます……
「知らないて……」
(天井なんかないじゃないかっ!)
人生で1度は言ってみたかったランキングの1つを達成できると思っていたのに残念で仕方が無い。次の機会に期待するとしよう。
というか、何処だここは……辺り一面、白いだけで何も無いんだが……
確か仕事の休憩時間に昼飯を食べに行こうと道を歩いていたはずなんだけど、なんか記憶が朧気になっている。
「目が覚めましたか?」
唐突にそう尋ねてくる声は、聞こえてくるというよりも頭に直接響いてるような感覚だった。
「あれ? 聞こえてないのかな? まだ、寝惚けてる感じかな?」
そう言いながら寝ている俺の顔を覗き込んでくる相手は、言い表し様のない綺麗な人だった。しかもスタイルがいい。天はなんと二物を与えたようだ。
『こんな綺麗な人が嫁さんだったら、俺の人生も捨てたもんじゃなかったのにな……』
「ッ! えぇーとですね、そんなに見つめられながら想われると、流石に恥ずかしいというかなんというか、対応に困ってしまいますので一旦落ち着いてお話でもしませんか?」
目の前に現れた綺麗な人はそう言いつつも、何も無いところにいきなりちゃぶ台と座布団を出現させた。
「とりあえずお座り下さい」
最近働き詰めだったからもう少し寝ていたかったのだが、そういう訳にもいかないのだろう。少し億劫に感じながらも寝ていた体をおこし、彼女の対面に座った。
「粗茶ですが……」
いきなり出されたお茶を一口含むと、少し甘みのあるお茶で好みの味だった。
(あぁ、緑茶はやっぱり落ち着くな……)
というか、今どこからお茶が出たんだ? ちゃぶ台といい座布団といい、何でもありだなこの人。
……人なのか?
「落ち着かれたところで、少しお話を聞いて欲しいのですが」
「何でしょう?」
「実は、異世界へ渡って欲しいのです」
「それを断ると何かあるのですか?」
「特に罰則のようなものはございませんが、魂は消滅して輪廻の輪に戻ります」
「元の生活に戻るとかそういうのじゃなくて魂の消滅? 仕事はどうするんですか? 住んでいるところも放置?」
「そもそも亡くなられていますので、元の生活には戻れませんよ」
「えっ?」
「えっ?」
お互いにポカンとする。どうやらこの話以前に、持っている情報に関して食い違いがあるようだ。
「俺って死んでるの? というか、いつ死んだの? 昼飯食べに歩いていたはずなんだけど。急性心不全とか? でも、病気になるような兆候はなかったはずなんだけど。健康診断でも異常なかったし……」
「その歩いている時に、不慮の事故で亡くなりました。徐行中の車の暴走で子供が轢かれそうになっていたところを助けて……その時に……」
「車の暴走って何!?」
「昨今話題になっている【アクセルとブレーキを踏み間違えた】です。憶えていらっしゃらないのですか?」
「いまいち記憶が曖昧になっていて、よく憶えていないんです。子供は無事だったのですか?」
「はい。あなたのおかげで擦り傷だけで済んでいます。ですので、善行を行ったあなたをこのまま死なせるには忍びないので、異世界生活の旅へとお誘いしたのです。是非、異世界へ渡ってみませんか?」
「だが断る」
よし! 人生で1度は言ってみたかったランキングの1つを言えた。爽快感がたまらないなこれは。癖になりそうだ。
「……」
ポカンとした表情で彼女がこちらを見ていた。時が止まっているようだ。まぁ、断られるとは思ってなかったんだろうな。
そもそも断るつもりもないし、ただ言ってみたかったランキングの1つを言ってみただけだし。
彼女が動き出すまでは、顔でも見ながら癒されていよう。お茶もちょうどあるし。寛ぐにはちょうど良い感じだ。
「え、えっと、異世界へ行かれないのですか? 魂消滅しちゃいますよ?」
「行きますよ? 楽しそうですし」
「え……? でも、さっき断るって……」
「あぁ、あれはただ言ってみたかっただけなので、気にしないで下さい。言って満足したので終わりです」
「言ってみただけ……」
あれ? 肩のあたりがちょっと震えているような……ちょっと怒らせちゃったかな? それにしてもこの緑茶美味しいよなぁ、どこの産地だろ? 異世界って緑茶とかあるのかな? あったらいいよなぁ……あっ、お茶を飲み干してしまった。
「お茶のおかわりもらってもいいですか?」
「余りにも死ぬには早かったから、異世界生活をプレゼントしようと思ったのに。何なんですか! 嫌がらせですかっ!?」
彼女は凄い剣幕で捲し立ててくるが、俺にとっては何処吹く風である。
「あまり怒ると可愛い顔が台無しですよ? それに、好きな人に嫌がらせなんてするわけないでしょう? やるとしても揶揄うぐらいですよ」
「なっ!?」
あっ……赤くなった。照れてる所も可愛いな。やっぱ嫁さんにしたいなぁ。
「今日会ったばかりで好きになるわけないでしょ!? 揶揄わないでください!」
「揶揄ってなどいませんよ。今日会ったばかりでも一目惚れをしてしまったので、しょうがないじゃないですか。好きなものは好きなんですよ。あと、異世界へ渡る件は謹んでお受けします」
「もうっ、話が脱線しがちなので先に進めますよ。あと、はいっ! お茶です!」
どこからともなく、おかわりしたお茶が湯のみの中を満たす。不思議すぎる……マジックショーでも見ている気分だ。
『あぁ……美女を眺めながらのお茶は素晴らしいものがあるな。晴れた日の縁側で一緒にお茶でも飲みたいな。もう死んじゃったみたいだし無理だけど』
「そ、そういうのは、お互いをよく知ってからにしましょう。まだ、自己紹介も済んでないんですよ?」
「そういえば、まだ名前すら知らない関係でしたね。意外と名前を知らなくても結構喋れたりするもんですね。私の名前は加藤 健です。健康でいられるようにと願われて名づけられたみたいです。歳は33歳で独身、サラリーマンをしています。今回子供を助けて死んでしまった、意外と運のなかった冴えない男です。でも、あなたに会えたからむしろ運は良かったのかな?」
「もう、さっきから私を口説いてどうするんですか! 話が進まなくなっちゃうじゃないですか。縁側でのお茶も全部話が終わってからです!」
ん……? 縁側で一緒にお茶でも飲みたいって言ってないような……もしかして、心読まれてる? 考えてたこと筒抜けになってたのかな? ちょっと試してみるかな?
「私は数多の世界を管理している神です。女なので女神になります。名前はソフィーリアと言います。それで――」
『可愛いなぁ、さらに綺麗でもあるよな。おっとりした感じで笑顔がたまんないよなぁ。ずっと俺に微笑みかけてくれないかな? 銀髪のストレートヘアに桃色の瞳ってのもいいよなぁ。嫁さんにしたいなぁ。そもそも神様って結婚できるのかな? 結婚って人間が作り出したものだしな。好きです! 大好きです! 一目見たときから惚れました!』
「~~っ!」
あっ、女神様真っ赤になって俯いてる。実験は成功かな? というか、話が進まないってさっき怒られたばかりだったな。反省、反省。
「……こほん。では、続きを話しますね」
何もない空間でちゃぶ台を挟んで座る2人のうち、女神であるソフィーリアが続きを話し始める。
「あなたが今から行く異世界は、私の管理する世界の内の1つです。その世界は日本で言うところの剣と魔法の世界になります。文明レベルは中世ヨーロッパ辺りを想像しててください。あとは、勇者や魔王といった存在がいますが、特段気にする必要はありません。あなたの生きたいように生きればいいだけです」
「今までに俺のような形で異世界へ行った人はいるのですか?」
「何人もいますが、そういった方たちは異世界召喚された場合や、転生された場合とあります。前者は基本勇者になって魔王を倒してくれと頼まれるパターンですね。まぁ、騙されて元の世界に帰れないのがオチですが。後者は着の身着のまま生きられる方が多いですね。最近は現代日本に疲れ果てて、スローライフを目指す方が多いようですけど」
「召喚された挙句、騙されてるってのは癪ですね」
「それがわかっている一部の人は、早々に国に見切りをつけて自分で世界を巡る冒険に出ていますね。その後、力をつけた後に復讐に走る人もいますが」
復讐かぁ……その気持ちはわからんでもないな。勝手に呼び出されて元の世界に帰れないんじゃあ、本人からしてみればやってられないよな。
「あとは稀に自身で異世界渡りの方法を見つけ出して、元の世界に帰られる方もいらっしゃいます。その場合こちらで身につけた技能等は引き継がれますので、俺TUEEEEを現代文明でリアルに出来てしまうんですけどね。でも、戻った世界で物足りなくなってしまって、また異世界へ旅立つのですが」
「まぁ、当然ですね。何でも出来てしまっては、日本では生きづらいでしょうから。野生動物相手に無双したところで虚しいだけですし、一夫多妻のハーレムなんて日本じゃ望めませんから」
「そうでもありませんよ? 力をもってして法律を変えたり、スキルを使用して隠蔽したり出来ますから。あながち、捨てたもんじゃないんですよ? 物足りない部分は、バトルジャンキーになった場合ですね。強者との戦闘というものがありませんから」
ん……? そうすると、その部分さえ問題なければ日本でも生きられるのか。まぁ、俺は死んだ身だから日本に帰るという選択肢はないのだが。
「ちなみにバトルジャンキーじゃない人で、日本でしれっとハーレムしている人っているのですか?」
「いますよ。先程申し上げたスキルによる隠蔽を使って、違和感を感じないように深層心理に働きかけて戸籍とか作ってましたよ」
戸籍を作る? えっ!? もしかして……
「異世界の住民を日本に連れて帰っているのですか?」
「はい、そうですね。異世界でハーレムを作って日本に帰る時に連れて帰り、戸籍がないと不便だからということでスキルを使って作成する。日常生活は偽装スキルによって姿を変えているので、普通の人と変わりない状態ですよ」
気づかなかった……そんな人たちが日本に住んでいたのか。羨ましすぎるな、おい。日本でリアルハーレムかよ。
お金なんてスキルを使えば何とでもなるんだろうし、養えないことはないんだろうな。そもそも、自力で異世界渡るぐらいの力の持ち主なんだから、不都合になることなんてないんだろう。
「ちょっと話が横道に逸れてしまいましたから戻しますね。それで、あなたには異世界へ渡る前にスキルを付与したいと思うのですが、何か希望はありますか?」
「俺の場合は、召喚じゃなくて転生になるんですよね?」
「いえ、そうとも限りませんよ。姿形は任意に変えれますので、転生が良ければこれから生まれてくる赤ちゃんに、召喚が良ければこれから召喚しようとしている所に、転移というのもありまして任意の場所に転移させる方法と、大まかに3種類ほど選ぶことが出来ます」
なんと!? 姿形は任意なのか。てっきり、赤ちゃんからやり直しかと思っていたが選べるのか。
でも、召喚だけはないよな。ヤバそうな感じがする……赤ちゃんからやり直すか、転移にするか悩みどころだな。
「仮に転生した場合は、今持っている知識とか技術は無くなるのですか?」
「どちらでも構いませんよ。好きに出来ますから」
そうなると、仮に転移だったらそこから異世界の知識を学ばないといけなくなるな、赤ちゃんからやり直した方が順調に知識は蓄えられていくか……
「転生でお願いするとして、スキルってどんなものがあるのですか? 種類とかわからなくて……」
「スキルは膨大な量がありますので、一覧からお選びください」
ソフィーリアがそう伝えると、湯のみしか置いてなかったちゃぶ台の上にモニターをいきなり出現させた。
モニターには定番なものからよくわからないものまで、びっしりと隙間なく並んで表示されていた。
(うん、ありすぎて見づらい。カテゴリー分けとか出来ないのかな?)
「これってカテゴリー分けとか出来ないんですか?」
「えーと、ちょっと待ってね」
ソフィーリアはそう言いながら健の隣へと移動して座りなおす。
(ちょっと、近いんですけど!? ドキドキしてしまうじゃないか。しかも、なんか良い香りがするし……ヤバいな、何も考えられなくなる)
「ここをこうしてっと、……出来たよ! ってあれ、どうしたの? 顔が赤いよ? 体調が悪いの?」
「いや、好きな人がこんなに密着した状態でいたら、顔も赤くなるっていうもんでしょ?」
「――ッ!」
ソフィーリアも健の言葉に釣られて顔を赤らめてしまう。
「と、とりあえず、カテゴリー分けしたから見やすくなったと思うよ。確認してみて!」