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面倒くさがり屋の異世界転生  作者: 自由人
第2章 王立フェブリア学院 ~ 1年生編 ~
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第21話 少女の報告

 その後試験官は、該当するその子を引き連れて学院長室に赴く。少女は、いきなり呼び出されて緊張しているのだろう。しかも、行先は学院長室だ。


(コンコン)


「入りなさい」


「失礼します。該当の子をお連れしました」


「ありがとう。今日は試験で疲れているところを呼び出してごめんなさいね。少し、聞きたい事があって来てもらったの」


「私が何かしたのでしょうか?」


「別に不正をしたって問い質すわけじゃないわ。ある受験者の事を聞きたいだけよ」


 その言葉に、少女は体をビクッとさせ、体を震わせていた。


「その様子だと心当たりがありそうね? 怖い思いをしたのはわかるのだけれど、話してもらえるかしら、武術試験での出来事を」


 その少女は意を決した様にぽつり、ぽつりと話し始めた。


「私たちは、魔法の試験が終わったあとに、武術試験を受けるため別の闘技場へと向かいました」


「そこで、何があったの?」


 学院長も少女の恐怖を和らげるように、優しく語りかける。


「担当官の人が、面倒くさいと言って纏めてでいいからかかってこいと。みんな困惑して誰も動けないでいると、来ないなら評価点を0点にすると言われました」


「なっ!」


 そんな事があっていいはずがない。我が校の歴史に泥を塗るつもりか!


「落ち着きなさい。少女が怯えてしまうでしょう?」


 私は腸の煮えくり返る思いを何とか静めた。


「それで、その後はどうなったのかしら?」


「それから、みんな吹き飛ばされたりして、ボロボロになっていった所で、1人だけ何もしてない子がいたんです。その子を見つけて、服が汚れていない事を指摘していました。その子は何故服が汚れていない事が関係するのか聞き返したら、ストレス発散の為に私たちを甚振っていたと言ったんです」


 なんて奴だ! ストレス発散の捌け口に受験者たちを利用するなんて。酷い傷を見て助けた私が、馬鹿みたいじゃないか。


「それから、その子が色々と聞き出したんです。スラム上がりだとか、Aランクになる為に裏で悪い事をやっていたとか、最後に自分の悪さが表に出ないように、私達に恐怖を滲みこませて、2度と自分に逆らえない様にするんだって、さっきの受験者たちにも同じ事をしたって言って、誰も報告しなかっただろ? って言われて、本当の事だと思って怖くなったんです」


 聞けば聞くほどに、反吐が出る様な出来事を少女は言っていた。あんな奴は死んだ方がいいとさえ感じてしまった。


「それから、その子が試験官に突き出すと言ったんです。担当官はそんな事が出来るわけがないって、そこまで弱くないって言いました。実際、私もそう思いました。Aランク冒険者だし、諦めるしかないんだって」


 そこで、少女は一息ついた。


「でも、次に見た光景は信じられないものでした。担当官の攻撃を躱したのです。最初はまぐれだろうと思いました。だけど、そんな中で、何故かあの子は担当官を馬鹿にし続けました。何故、怒らせる必要があったのかわかりませんが、担当官は逆上して剣が全く当たらなかったのです」


 彼は戦い慣れしているのか? 怒らせる事で剣先を鈍らせ大振りにさせる……


 戦いに心理戦を持ち込むなんて、上級者のやる事じゃないか。


「あの子はそれでも馬鹿にすることをやめませんでした。ある程度、時間が経つとあの子が出し抜けに、避けるのに飽きたと言いだして、反撃するって言ったんです。そこから、何が起きたかわかりませんでした。気付いたらあの子が消えて、担当官が叫んでいました。見たら、担当官が怪我をしていました」


 目の前から消えた? 余りの実力差に彼の動きを目で追えなかったのか? そこまでの逸材か!


「そこからは一方的でした。あの子が消えると担当官が叫ぶという繰り返しでした。叫び声がうるさいとも言っていましたが、あの子は「次行くよー」って言って遊んでる感じでした。右脚、左腕、左脚の順で刺していってました」


 Aランク冒険者を手玉に取るなんて……なんて子なの……


「最後は右腕だけ怪我してなかったんですけど、その時に、担当官が悪かった、謝るからって言って、あの子が2度と悪さするなよって言って立ち去ろうとしたら、担当官が背中から斬りつけようとしたんです」


 背中から斬りつけるなんて、最低の人間のする事だわ。冒険者の風上にもおけないわね。


「馬鹿がって言って斬りかかって、私も殺されると思ったんですけど、馬鹿はお前だ、無能めって言って、残ってた右腕を切り飛ばしたんです。実際には、叫び声の後に何が起こったのか気づきました。いつ斬ったのか全くわかりませんでした。その後、すごい量の血が出てたので、この人は死ぬんだろうと思ってたんですけど、いきなり斬られた部分にファイアの火がついて、傷口を焼いたんです。それで、血は止まったみたいで担当官はぐったりしていました。それからは、その子にまだ試験中だから戻るぞって言われて、みんなで戻りました。担当官の人はそのままでしたけど」


 そこで、少女は大きく息を吐いた。


 それにしても、いきなりファイアの火がついた? まさか、本当に【無詠唱】の使い手なのか!?


「私が知ってるのはこれくらいです。あの子が誰なのか、担当官がどうなったのかは分かりません」


 そこで、ようやく学院長が口を開いた。


「辛い思いをしたのに、話してくれてありがとう。とても、助かったわ。それと、担当官は一命を取り留めて今は、救護室にいるわ」


 そこで、少女は聞き返す。


「担当官はどうなるのですか? 痛い思いはもうしたくありません」


「大丈夫よ。貴女の話を聞けたから、それを証拠として犯罪奴隷に落とすわ。我が校の生徒になるかもしれない子たちに怖い思いをさせたんだもの。きっちりと罰してもらうわ」


「それと、あの子はどうなるのですか? あの子がいなければ、もっと痛い思いをしていたから。お礼も言えてないし」


「そうね、彼が望むなら学院生として通うことも出来るのだけれど、今回こんな事があったし、学院に愛想が尽きて来ないかもしれないわ」


「そうですか……試験はどうなるのでしょう? 評価はやっぱり0点なのでしょうか?」


「そこは、安心していいわ。後日、ちゃんとやり直すから。その時の担当官は、冒険者じゃなくて学院の教師に務めさせるわ」


「わかりました。その時は、合格できるように精一杯頑張ります」


「ありがとう。こんな事があったのにまだ学院に来てくれる意志を持ってくれて」


「今回はあの担当官が悪い人で、学院の教師じゃなかったから」


「それじゃ、帰りは学院の者に送らせるわね。気をつけて帰るのよ」


 そう言って学院長は通信機で人を手配し、少女を送らせた。


「今から、彼の家に謝罪に行くわよ」


「学院長自らですか? 私だけで十分なのでは? 試験官でしたし」


「今から行くのはカロトバウン家よ。誠心誠意努めなければ殺されるのは冒険者じゃなくて、私たちになるのかもしれないのよ」


 その言葉に耳を疑った。冒険者が殺されるのはわかる。それだけの事を仕出かしたのだ。疑う余地はないし、庇おうとも思わない。


 しかし、自分たちが標的にされるとは露ほどにも思わなかった。


「貴女はまだ若くて知らないようだから、今後の為にも教えておくわね」


「何かあるのですか?」


「カロトバウン家に手を出してはいけないの。これは、暗黙の了解で王家も守っていることよ」


「なっ!!」


 王家が守っていること!? ありえない! 王家はこの国のトップであり王より尊い者などないはずなのに。


「中でも気をつけなければならないのが、【瞬光のサラ】ことサラ夫人とその息子よ。この2人に手を出すなら死を覚悟しなさい。サラ夫人はことさら息子を溺愛しているから、何かあったらタダじゃ済まないわ」


「あの【瞬光のサラ】にそこまでする事なのですか? 凄いことは偉業を知ってて分かりますが、1人の人間ですよ!?」


「偉業を知っただけでは、彼女を推し量ることは出来ないわ。彼女の本当の凄いところは、その偉業すらも手を抜いてやっていた事よ」


「手を抜いていたんですか!?」


「そうよ。暇だからという理由で、片手間でドラゴンを殺すのよ。貴女に出来るかしら?」


 暇つぶしにドラゴンを殺すなんて……1匹現れただけで天災級の被害がもたらされるのに。


「でも、彼女はAランク冒険者だったはずですが」


「それも、彼女が面倒くさいって理由で実績を積まなかったからよ。しがらみが嫌いみたいだから、ギルドに顔をあまり出さずに、クエストを受けないままモンスターを葬っていたのよ。モンスターの買取価格だけで相当な金額を稼いでたみたいだし」


 彼女の偉業の裏側にはそんな事があったのか?


「この事は周知の事実なのですか? 私は知らなかったのですが」


「カロトバウン家の事は、この国の貴族たちはみんな知っているわ。家柄こそ男爵止まりだけど、サラ夫人にだけ焦点を当てれば、権威としては国王以上よ」


「そんな!? 国王以上なんて……」


「彼女が本気を出せば国が滅ぶからよ。だから、暗黙の了解でカロトバウン家に、手を出してはいけないってなっているのよ。それが今回、学院の不手際で冒険者がサラ夫人の溺愛する息子に手を出した。ここまで言えば、どうなるかは予想に難くないわ。貴女でも分かるでしょ? ドラゴン以上の力が学院に振るわれるかもしれないのよ」


 そ、そんな……あの可愛かった子がそんな引き金を持っているなんて……


「呆ける時間は終わりよ。急いでカロトバウン家に向かうわ!」


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