鈴屋さんと取り立て代行っ!〈1〉
年末です。
仕事納めがまだな方も、もう冬休みの方も、ちょっとした合間に読める文量でアップしていきますので、まったりと息抜きにどうぞ。
ニクス討伐から、碧の月亭に帰ってきたその夜──
俺たちは疲れが溜まっていたのもあり、食事も早々に切り上げてそれぞれの部屋にもどっていた。
明日からは、アルフィー達に屋根上での移動術を教えなければならない。
レビテーションリングが、どれくらいの範囲で使えるのかも調べなくてはならないだろう。
「忙しくなるな……」
ベッドにうつ伏せで倒れ込み、襲い来る睡魔を快く迎え入れようとそのまま目を閉じる。
ふわりと睡魔に意識をもっていかれそうになった時、聞き慣れた優しい声がそれを阻止し繋ぎ止めた。
「アーク殿」
「んん……どうしたの、ハチ子さん……」
目を閉じたまま答える。
「ふふ……もう驚いてもくれないのですか?」
「んん〜……急に現れるのはもう慣れたよ」
「……ふふ……そうですか。ではそのままで……」
「ん〜〜」
ベッドが軽く揺れる。
ハチ子がベッドの縁に腰を掛けたのだろう。
「背の傷のことです」
……やはりそれか……思ってたよりも早く来たな……
「ハチ子はこの傷は消したくない……です」
しばし一考し、ため息を交えながら返事をする。
「……そんなものは、俺とのつながりにならないぜ?」
「アーク殿のくせに、今回は鋭いのですね」
乾いた笑い声。
それがどこか切なく感じて、俺は彼女の表情を見れなかった。
「なりますよ……つながりに……たしかにアーク殿と一緒に居たという証になります」
「……なるかな……?」
「なります。私がそう思う限り、それはなるんです。だから……」
すっと背中に、柔らかな重みが生まれる。
「だから……背負わせてください。この背に、あなたとの時間を……」
これを断れる男はいるのだろうか、と頭の中で言い訳をしてしまう。
だが、彼女がそれを望むのだ。
ただそれだけの願いくらい、叶えてやらないでどうするんだ。
「……ん、わかった」
「アーク殿……感謝します」
すっと重みが消える。
「何なら、お子を宿させてくれたら、それこそ消えない証になるんですけどね?」
「バっ……あのなぁ、俺も雄だからね? そこそこいい加減だし、簡単に流されちゃうからね?」
「ですね。あんなに簡単に奪われてしまうのですから」
「……う……もう油断しません、スミマセン……」
「ふふ……ではまた明日。ゆっくり休んでくださいね」
「お、おう」
ベッドが軽く揺れ、わずかにあった傾きがなくなる。
それが妙に名残惜しく、声をかけようかと一瞬迷うが、かける言葉が見つからずにいた。
「……添い寝でもします?」
「バカ、絶対手ぇ出しちゃうから、大人しくもどって寝てください」
「ふふ、了解しました、アーク殿」
チャッ……と扉が静かに閉められる。
それからすぐに襲いかかってきた睡魔の侵攻に、俺は為す術もなく陥落してしまった。
そして、次の日の朝──
俺はまた、彼女の声で揺り起こされた。
「アーク殿、アーク殿。起きてください」
「ん~ハチ子さん? ……もう朝?」
「朝です。それよりも、また珍客が来てます」
「珍客ぅ〜?」
「はい、いま下で鈴屋が口説かれてます」
「はぃぃ?」
がばりと跳ね起きる。
「こんな朝から?」
「はい、しかも知った顔です。私も同行します。行きましょう」
俺は頷くと、ダガーだけを腰に挿し廊下に飛び出す。
そのまま慌てて一階に降りると、そこにはたしかに見知った珍客がいた。
「あ~~くぅんん~~」
鈴屋さんが俺を見るなり涙目で助けを求めてきたのは、珍客が苦手なタイプだったからだろう。
……そう……
そこにいたのはアサシン教団のイーグル、黒き風のゼクス・ザ・サード、その人だった。
金髪に蛇皮のシャツ、黒い革パン……相変わらずの、すかした表情でウイスキーをロックで飲んでいる。
「よぅ。ゼクスさんよ~。朝から鈴屋さん口説きにくるとか、どういうつもりよ」
「赤の疾風……鈴屋を口説くのに、お前からとやかく言われる筋合いはない……」
……こ、こいつはぁ……
「本当にそれが要件なんだな?」
「…………」
ゼクスが、今度はハチ子の方に視線を移す。
「なんですか、視線が気持ち悪いです。こっち見ないでください」
……し、辛辣っ!
「なんなんだよ、ハチ子さんのことなら、もう話はついてんだろ?」
「……コートはたしかに回収した……だが、九龍牌はまだだ」
九龍牌……たしかアサシン教団で、三位までに配られるマジックアイテムだっけな。影渡りが使えるようになるやつだ。
「はい、これでいいですか? はやく帰ってください。気持ち悪いんで」
ハチ子が何の躊躇もなく、テーブルに九龍牌を置く。
え、返すの? もったいない……とか思ってしまうが、それよりもえらい辛辣だ。
「たしかに返してもらったぞ」
「……もういいか?」
しかしゼクスは、ゆっくりと首を横に振る。
「……仕事の依頼がある」
「は? 依頼? 俺たちに?」
「あぁ……」
そして、たっぷりと間を取って……
「これから、もともと一位だった女……フェリシモから、コートと九龍牌を回収しに行く。手伝ってほしい……」
などと、とんでもないことを言い出したのだった。
今回の話は短いですよ~




