鈴屋さんと白毛のアルフィーっ!〈7〉
お待たせしました、アルフィー編の完結になります。
少し長めです。
クリスマスの夜長に、まったりとお楽しみください。
また俺は油断をしてやらかしたのか……と、よもすれば停止してしまいそうな思考を後ろから蹴り飛ばす。
……考えろ……どうすれば、全員を助けられる……
優先すべきはハチ子の治療……村まで連続トリガーで移動するしかない……が、小さな村に司祭や医師がいるとは思えない……
そもそも、逃してもらえるのか?
相手がただのリザードマンキング・ニクスなら、わざわざ追っても来ないだろう。
しかし、魔族であるウイルズの標的は俺だ。
あいつがどこまでも追ってくるとしたら、やはりここで仕留めるべきだ。
……いや、でも……それだと、ハチ子が助からない……
「あーちゃんさぁ〜、もう少しあたしに頼ってほしいんよねぇ」
いつの間にか俺の隣に、アルフィーが立っていた。
「ちぃとばかし、一人でなんとかしようとしすぎなとこあるん」
「アルフィー……だめだ、逃げよう」
「もぅ〜、さっきの威勢はどうしたん?」
アルフィーが、白い髪を風に揺らせながら苦笑する。
そしておもむろに片膝をつき、ハチ子の背中に手のひらを当てた。
「……な……に……?」
ハチ子が真っ青な顔のまま、視線だけをアルフィーに向ける。
「心配しんでいいんよ」
その表情は、どこか慈愛に満ちていた。
そして彼女は小さく祈りを捧げる。
『鋼と戦争の神ジュレオ様、勇ましき戦士に天命の奇跡をお与えください……キュアー』
軽く目を閉じてそう唱えると、手のひらがふわっと明るく光り、ハチ子の背中の傷がみるみると消えていった。
「……治癒魔法……神官だったのか?」
「んふぅ〜驚いた〜? ジュレオ様は鋼と戦争の神で、傭兵の中には多くの信仰者がいるんよ。刃物の使用を咎めない、戦士のための神様だかんね〜。だからうちの部隊は、ほとんどが神官戦士なんよ」
にこやかに笑い、逆光を背負いながら立ち上がる。
「じゃ、あれ倒してくるから。今度はあーちゃん達が、そこで大人しく見てるんよ?」
「そこでって、ひとりじゃ……」
「大丈夫、大丈夫〜。あたしら窮鼠の傭兵団は、決して家族を見捨てないかんね」
そう言いながら愛用のサーベルをくるくると回し、鼻歌交じりでウイルズに向かう。
そのあまりにも不用意な距離の詰め方に、ウイルズの大剣が容赦なく襲いかかった。
旋風とも呼べる豪剣が横薙ぎでアルフィーに迫っていくが、彼女は何一つ焦らない。
「相手が剣なら、私は絶対に負けないんよ?」
余裕すら伺える笑顔を浮かべ、左手に持つスモールシールドでそれを迎え撃つ。
しかしそれは、どう考えても無謀だった。
ツヴァイハンダーの大振りを小さな盾で受け止めることなど、できるわけがないのだ。良くて骨折、最悪の場合、腕ごと両断されてしまうだろう。
しかし彼女の強さは、俺の予想を遥かに凌駕していた。
『鋼と戦争の神ジュレオ様、我が盾に鋼の力をお与えください! セイクリッドシールドぅ!』
ガッキィィィィンンンン!
甲高い音が鳴り響き、大剣が真上に弾き返される。
なんて非常識極まりないパリィだ。
ウイルズは大剣を弾き上げられ、バンザイをするかのようなポーズでのけぞっていた。
「鈴やん!」
「任せてっ!」
いつの間にか復活していた鈴屋さんが、元気に手を挙げて応える。
復活の理由は、すぐに理解できた。
神聖魔法の『トランスファー・マナポイント』で精神力を分けたんだろう。たしかゲームだとMPを任意の数値分、対象に移せる便利な魔法だ。
『ジンっ!』
鈴屋さんが必殺の召喚魔法で、風の精霊王『ジン』が体現した瞬間、その勝負は決していた。
ウイルズは、ほんの一瞬で霧のように細かく切り裂かれ、霧散してしまったのだ。
「魔族の討伐はぁ~私たち冒険者の仕事ですぅ~」
キリッとした表情で、前を歩くアルフィーが言う。
隣では顔を真赤にするハチ子と、くすくすと吹き出す鈴屋さんの姿がある。
俺たちは無事ニクスの討伐を終え、レーナに向かっているところだった。
「あと……阿吽こそが、私とアーク殿の武器です……だっけ? ……ぷぷっ」
「鈴屋さんまで……あんまり虐めてくれるなよ」
「……死んでしまいたい……」
あぁ〜涙をためてしまうほど恥ずかしいとは……それはそれで、良からぬ情動が生まれちまうのだから、俺はどうかしている。
「いつまでも、あー君に守られてばかりの私じゃないんですよ〜だ」
水色の髪を揺らせながら、べぇ〜と小さい舌を出してくる。
ちきしょう、憎たらしいより可愛いのが強いとかずるいだろうよ。
「……んでも、また地形が変わっちゃったろ?」
そう、鈴屋さんの召喚魔法は調節が難しい。
先ほどの戦闘でも、風の精霊王『ジン』の力が強すぎて、河原を砂浜に変えてしまっていた。
「助かったんだから、いいじゃない」
「……まぁ、そうなんだけどよ。助かったのは、主にアルフィーのおかげだし……」
「いやいやぁ〜。あたしじゃ、あんな化物を一撃で屠るなんてできないんよ。あたしは、きっちりガードして、大技が当たるスキを作っただけなん」
「そうだよ。ああいうのを作戦通りの連携って言うんだよ、あー君?」
むぐぐ……ぐうの音も出ないとは、正にこのことだ。
「あれはアーク殿が悪いわけでは……私が腕を切り落とすのに、手間取ったせいで……」
「……いや、もう少し早く退避するべきだった。判断が遅れたのは俺の責任だ」
「そんな……」
「痛かったろ?」
「……いえ」
綺麗な黒目が、まっすぐと向けられてくる。
一瞬、無言で見つめ合い……
「あー君」
そこへ、いかにも気にいらないといった表情で、鈴屋さんが横槍を入れてきた。
「人前ですぐ二人の世界に入るの、どうかと思うの」
正確には、“私の前で”なんだろう。
だからといって、見えないところでならいいという訳でもなかろうに……
「そんなつもりは、ないんだけど……スミマセン……あぁでも今度、ハチ子さんの鎧も新調しなきゃな。教団支給の魔法のコートは置いてきちゃったんだろ?」
ハチ子がこくりと頷く。
そうなると、今のハチ子の防具は革鎧と、その下に着ていた革のワンピースだけなわけで、ちょっと装備としては心許ない。革鎧は今回の戦闘で完全に壊れてしまったし、買い替え時と言えるだろう。
……魔法の防具……普通に売ってりゃいいんだが……
たしか何が売られているかは、完全にその時の運なんだよな。
「私は、背中の傷も消したげたいかな。南無っちに相談しようよ」
鈴屋さんの言葉通り、ハチ子の背中にはうっすらと一筋の刀傷跡が残っている。
アルフィの治癒魔法では、完全には傷跡を消せなかったのだ。
「ごめんね〜どうもあたしの神聖魔法じゃ、駄目みたいなんよ〜。深手だったせいもあるんだけど……司祭様クラスじゃないと難しいかもなん」
「……私は別に……傷が残るくらい問題ないです」
「いや、いいわけないだろ」
「アーク殿、私は本当に……」
「とりあえず鈴屋さんの言う通り、南無子に相談しようぜ?」
もし司祭クラスに頼んで消えないようなら、俺の傷の時と同じでウイルズの特殊攻撃だったのかもしれない。
それならば尚のこと、南無子に診てもらった方がいいはずだ。
「……すみません。ありがとうございます」
深い紺の髪が、さらっと流れ落ちる。
しかしその表情は、なぜか複雑の面持ちに見えた。
……何か思う所があるのか……?
「んでぇ~。あーちゃん、そろそろ教えてくれるん?」
「……んあ?」
「んあ? じゃないん。リザードマンキングの討伐と、あたしらの仕事と、どうつながるん?」
「あぁ~~それはね、この依頼の報酬がさ……」
俺は、含みをたっぷり持たせた笑顔で返すのだった。
それから、二ヶ月後の話である。
昼下がりのレーナ市街地では、明るい声が聞こえていた。
「ちわ〜、安心、快速の白鼠宅急便でぇ〜す!」
陽気な声で入ってきたのは、窮鼠の傭兵団第三部隊に所属している女傭兵の一人だ。
薄手の黒いタイツに赤チェック柄のミニスカート、上は黒色の毛糸で編まれたノースリーブ。
いまアルフィーの部隊は、全員がこの魅力的な制服に身を包んでいる。
鈴屋さんプロデュース、ラット・シー製の制服はすこぶる可愛い。
「おっ、いいところに来てくれたね。この酒とオマリンエビを、十三街区のロン爺さんに届けてくれよ」
「はぁい、毎度ありぃ!」
「あ、例の特急便で行けるかい?」
「了解でぇす! 特急は追加料金になりますね。毎度どうも!」
女はそう言うと、腰の袋から小さな羊皮紙を取り出し、それを二つ折りにして空に投げる。
羊皮紙は瞬く間に空を飛び、三分もすればまた手元にもどってきた。
あれで仕事の依頼が来たことを、アルフィーに連絡しているのだ。
二つ折りにしたのは、特急便でって意味だろう。
この不思議な空飛ぶ羊皮紙は、アルフィーが持つレビテーションリングによるものである。これこそが、ニクス討伐の報酬でもらったマジックアイテムだ。
この指輪で羊皮紙を一度叩くと、その羊皮紙は一日限りだが指輪のもとに戻る魔法がかかる。要はアナログなメールみたいなものだ。
距離に制限はあるが、街中で使う分には問題はない。
これを使って宅急便まがいのことをしようと、俺は思いついたわけだ。これなら素早く情報をまとめつつ、荷物の運搬の指示が行える。
加えて、彼女たちは身軽で足が速い。
俺はそんな彼女たちに、ニンジャスキルで磨き上げた屋根上での移動術を教授し、さらに機動力の底上げをした。
そんなこんなで、今やレーナの屋根上は、何十人もの可憐なくノ一が飛び交っている。
「んじゃぁ、特急便で行ってきますね!」
彼女はそう言うと、瞬時にラット化をする。
昔ならここで嫌悪の目が向けられたものだが、今やこのサービスは定着されつつある。
そのせいか、そういった差別もかなりなくなっていた。
ラット化した彼女たちは、俺の教えたパルクールばりの移動術を駆使し、屋根の上を軽やかに駆けていく。
時にはその移動中に別の仕事の依頼を受け、また羊皮紙を飛ばす。
しばらくしたら、また別の人員がそこに派遣されてくる。
今や水着事業を遥かに凌ぐ、一大ビジネスとなっていた。
「あー君は、またここの景色を変えたね〜」
屋根上で座る鈴屋さんが、ミルクに口をつけながら言う。
「あー君、私に地形を変えるなって言うけど、あー君は景色を変えちゃうよね」
「……そんなつもりは、ないんだけどな。なんか大事になっていくよな」
「いいんじゃない? 悪いことじゃないもん」
「……んだねぇ」
可憐な白鼠宅急便部隊を眺めながら、エール酒を飲み干す。
なによりレーナの住人と仲が深まるのは、いいことだろう。
「そうだな、悪い気はしないな」
笑顔でそう呟くと、鈴屋さんがかるく寄りかかってきた。
「そだね、悪くないね」
鈴屋さんは、そう優しく微笑んでくれるのだった。
【今回の注釈】
・旋風とも呼べる豪剣………旋風剛拳といえばタン・フー・ルー。昔の格闘ゲーム、餓狼伝説のキャラですね。インパクト大な超必殺技でしたね




