鈴屋さんとキャプテン・オブ・ザ・シップ〈7〉
後書きが妙に長いですが、わからない人は全力スルーでOKです。
ワンドリンク推奨、まったりとお楽しみいただければと思います。
大きく揺れる幽霊船の中で、幼女二人に挟まれて途方に暮れているのは俺で間違いない。
俺の記憶をどんなに探っても、このクエストに、こんな展開はなかったはずだ。
さて、このあとボス戦などあろうものなら、ちびっこ2人と俺で挑むことになってしまうのだが……それはあまりに危険ではなかろうか。
「あーくどの、あーくどの」
可愛らしい声をした黒髪の女の子が、俺のズボンの裾を引っ張る。
「あーくどの?」
俺が無言のまま悶ているのがバレてしまったのかはわからないが、ハチ子が真っすぐと俺の目を見つめ首を軽くかしげてきた。
しかし、俺を見上げてくるハチ子の美少女っぷりときたらどうだ。
まともに目を合わせられないものがあるぞ。
「いや……この状況を、どう打破すべきか考えてた。どうした?」
「あーくどの、これを持っててもらえますか?」
ハチ子が、ぐっと俺の胸に、残像のシミターと白い何かを押し付けてきた。
「なんだこれ?」
「今の筋力では、シミターは重すぎてとても振れません。あと、それは脱げてしまうので預けておきます。ハチ子はバッグとか、もってきてませんので」
「あぁ、そっか。じゃあ、シミターの代わりに俺のダガーを貸してやるよ」
言って、腰につけるテレポートダガーを鞘ごと外し、シミターと交換する。
ハチ子は大事そうに両手でダガーを抱きしめると、目を閉じて深々とお辞儀をした。
小さくても礼儀正しい。同じちびっこでも、鈴屋さんとは違う個性がちゃんとあるな。
「ありがとうございます」
「転移の機能は、俺の言葉でしか反応しないから、ほぼただのダガーなんだがな。一応、魔法の品だし、魔族やゴースト系にも効くはずだ……って、さっき、もうひとつ言ってた“脱げる”ってなんのこと?」
シミターを背にくくりつけながら、左手に握らされた白い何かのことを思い出す。
何も考えずに受け取ったから、すっかり忘れていた。
握りしめている感触では、ただの布のようだけど……と、何の気なしに手を開く。
「おにいちゃん、なにそれ~」
不意に、好奇心旺盛で興味津々な鈴屋さんが脇からぴょこんと現れ、俺の手を覗き込んできた。
「のわぁっ!」
その直前にソレが何なのか理解した俺は、慌ててその白い布をポケットに突っ込んだ。
「なぁに~?」
「な、なんでもないよ」
必死に笑顔を作ろうとするが、引きつっているのが自分でもわかる。
ついで、冷や汗がドバっと出てきた。
そして「おぃ、洒落にならないぞ」とハチ子に目で訴える。
しかし当のハチ子は、愛らしい笑顔で首を斜めに傾けるだけだった。
「あーくどのぅ~~ハチ子がもとに戻るまで、ソレは大事にしまっておいてくださいね?」
なんて恐ろしい子だ。
ここまで計算通りだとしたら、流石ですと称賛せねばなるまいよ。
ハチ子の言う通り、あのコートは魔法の品なのだろう。今は見事に、子供用サイズとなっている。
しかし、革のワンピースは大人用サイズのままで、明らかにぶかぶかだ。
とは言え、もともと太腿があらわになるほどの短さだったせいか、今でもぎりぎり着れてはいるようだ。
少し肩が出てしまっていて、不便そうではあるが、裸にコートよりはよっぽどマシだろう。
そして……その下は……何も履いていない状態、というわけだ。
ストンと脱げてしまうからなっ!
「あのぅ、ハチ子さん。これがもとで、鈴屋さんの好感度が下がるようなイベが発生したら、その時はちゃんと擁護してね?」
「承知いたしました、あーくどの」
邪気のない笑顔が逆に怖い。
俺は今まさに、幽霊や悪魔なんぞよりも恐ろしい事態を、目前にしているのかもしれない。
「それで、あーくどの、これからどうするのですか?」
「ボスとか、ズバッとやっつけちゃおうよ」
なんか、ハチ子はいつもと変わらないな。
鈴屋さんは、えらいロリ脳だけど……まさかこれ、ロールしてるんじゃあるまいな……
「うぅん。あんな手だけのモンスターや、子供になる呪いとかイベに無かったからなぁ。このまま、ボス倒していいものかどうか。実はこれがサブクエでさ、未解決のままイベント進行しちゃって、もとに戻れなくなるとか……あったら怖いしね」
「その場合、ハチ子はもう一度、この年齢から人生をやり直せるのですね?」
「えっ、ポジティブ……」
「あぁでも……この体では、いつものあーくどのの熱い眼差しがいただけない」
「いや、何を言ってるの、人聞きの悪い。そんなことより、もうちょっと探索をしよう」
意味あり気な表情でワンピースの裾をひらひらとさせるあたり、俺を試しているのだろう。
俺はそれを華麗にスルーし、暗闇の奥で突き当たった扉を開ける。
「うぅ〜ん……倉庫かな」
部屋の作りは小さめで、木箱やらなんやらが雑多に置かれている。
いや、散らかっていると言ったほうがより厳密だ。
「なんもないね、おにいちゃん」
「だなぁ〜。こりゃ、最初の部屋から探索し直すしかないかなぁ」
すっかり緊張感がなくなった俺たちに、再び恐怖の時が到来したのはその時だった。
「やぁ君たち、よく来たね」
不意に妙に明るく、人懐っこい男の声がした。
声の方に視線を上げると、そこにいたのは半透明の男の霊だった。
「うぉぉぃ!」
さすがにここで悲鳴はまずいと思い、俺は慌てて2人の幼女の口元を塞ぐ。
「あぁ、そんなに驚かないでおくれ。僕は無害なゴーストだから」
声は極めて明るい。しかし表情は読み取れない。
というのも、ヴィジュアルがいわゆる半透明の人間ではなく、腐ったゾンビのそれなのだ。
ご丁寧なことに着ている服までボロボロになっていて、ゾンビの霊と形容したほうが正しいだろう。
……ゾンビの霊ってなんだ……自分で言っててわけがわからないな。
「君たちは、生きているんだね。ということは、僕を開放してくれる勇者様かな?」
涙目で俺の胸にしがみついてくる鈴屋さんと、油断なく視線を送るハチ子に対し、ゾンビゴーストはあくまでも陽気な口調だ。
「そんなに怖がらないでおくれよ。僕はマーフィー。マーフィー君と、みなは呼ぶよ」
さて、これも知らないイベントだ。
……ってことは、さっきのサブクエの続きか?
いや、勝手にゲームのイベントとして考えてしまうのは良くない癖だ。
今の俺にとってここが現実なのだから、あまり前の記憶に縛られないほうがいいはずだ。
「あ……あぁ……っと、俺たちは勇者ってわけじゃないんだけど。あと、神官がいないから、君を成仏させることはできないんだ」
しかしマーフィー君は、うんうんと頷く。
「開放ってのはね、僕をこんな目に合わせた相手を、倒してほしいって意味なんだ」
マーフィー君は言いながら、自らの右腕を差し出す。
しかし手首から先は、とっくに朽ち果ててしまったのか無くなってしまっていた。
「昔ね、僕の右手はね、悪魔が宿ったんだ。悪魔はね、僕の意思に反して次々と船員を殺していってね。僕は、なんとか自分の腕を切り落とせたんだけど、その傷がもとで、ここで死んでしまったんだ」
……右手……悪魔。
じゃあ、あの右手は……と、ようやくそこで理解する。
「僕はね、悪魔に憑依されたせいか、死んだあともこの有様でね。それでね、あいつはその後もね、何年もこの海域で獲物が来るのを待ち続けているんだ。でもきっと、いつか冒険者や勇者が現れてね、あいつを倒してくれるんじゃないかって……そうしたら、僕も開放されるんじゃないかって思ってね」
うん、クエストの全容が見えてきた。つまりあの右手は、悪魔そのものなのだ。
そして鈴屋さんたちは、悪魔の呪いにかけられたというわけだ。
「お願いだよ、僕の右手を倒してくれないかな?」
マーフィー君が陽気な声で言う。
しかしその笑顔はどこか悲しげで、心に刺さるものがあった。
こっちは完全に巻き込まれているし、呪いを解いてこの先に進まなくてはいけない。
断る理由はないだろう。
俺は鈴屋さんとハチ子に視線を送り、2人の意思を確認すると力強く頷いた。
「あぁ……引き受けるぜ」
そうして俺たちは、思わぬ展開と成り行きで、悪魔退治のクエストを受けることになったのだ。
【今回の注釈】
・マーフィー君………RPGゲームの礎とも呼べるWizardryで現れるマーフィーズゴーストです。たしか開発者の名前だかなんだか…興味があればググってみてください。
Wizardryと言えば蘇生の際に司祭が「ささやき-いのり-えいしょう-ねんじろ!」と言うのですが、これは「灰と幻想のグリムガル」の冒頭で使われている「ささやき、詠唱、祈り、目覚めよ」と類似してますね。さらにWizardryでは蘇生に失敗するとキャラクターが灰化します。「灰と幻想…」なんか意味深につながりますね。
Wizardryでは序盤とにかく資金難で、宿に泊まるお金もないため馬小屋に止まることになります。なにかここもグリムガルに通じるものを感じますね。(Wizardryは宿に泊まると1日カウントされ、やがて年齢が上がっていき、最後にはキャラが老衰で死にます。しかしなぜか馬小屋で寝ると年をとらないため、回復魔法を使っては馬小屋で寝るというプレイが主でした)
ちなみにWizardryではさらに蘇生を試みて失敗した場合は lostします。これはこのゲームにおいて最悪の事態で、手塩にかけて育てたキャラクターが完全に消滅したことを意味します。
超どうでもいい余談を長々すみません。