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鈴屋さんとワイバーン!〈5〉

この時期は花粉に苦しまされています。

ここから2ヶ月くらいですかね。ちょうど忙しくなる時期なので本当に心身ともに厳しい時期です。

カテキン茶やお薬、マスクに空気清浄機といろいろ試しましたが、ほぼ効果なしなので諦めて顔面を晒しています。

ちなみに風呂が一番花粉を無効にしてくれる絶対領域です。

そんな花粉に苦しめられる人達にも、くすりと楽しんでもらえれば幸いです。

 廊下を抜けて部屋に戻ると、鈴屋さんが部屋の真ん中で、何やら大きな布を広げて天井を凝視していた。

 ベッドシーツかな……なにをするつもりだろ?


「どうしたの、鈴屋さん」


 声をかけると鈴屋さんが、んーっと唸りながらシーツを両手で広げて持ち上げる。


「あのね、ここにこの布を…」


 言いながら小さくぴょこぴょこと飛び、シーツを広げる。


 あぁ……アレだ。簡易的なパーテーションを作りたいんだな。

 そこまで同じ部屋ってことに抵抗があるのかと少々傷つくが、よくよく考えたら自称16歳の一応ネカマだ。

 むしろプライバシーと貞操に対して油断のない防衛本能が働くことは、たとえ対象が俺であっても喜ぶべきことだろう。

 そういうところすら可愛く思える俺が誇らしいね。


「はいはい、壁を作りたいのね」


 俺はやれやれと腰に手を当てて、部屋の壁に目を移す。

 ちょうどいい感じに、荷物掛け用のフックがある。

 あそこをロープで結んで、布をかければいいだろう。

 特に説明もせず、荷物袋からロープを取り出すと手早くフックに結びつけ、部屋の中央にロープを走らせる。

 そこに鈴屋さんが持っていたベッドシーツをばさりとかけて、簡単な間仕切りを完成させた。


「まぁ、心もとないだろうけど……」


 ぱっと見は、病院の大部屋でよく見る感じのだ。

 シーツを干しているだけとも言える。

 もう少し頑張れば、マシな間仕切りができそうだが、とりあえず目隠しとして機能はするはずだ。

 少なくとも、俺のベッドの対面にある鈴屋さんのベッドは見えない。

 ハチ子のベッドは……まぁ、少し見えるけど……そこは、そんなに問題ないだろう。


「ありがとう、あー君」


 シーツの奥から声がする。

 お安い御用だよと何の気なしに答えると、シーツが少し揺れて、鈴屋さんがひょこっと顔を出してきた。


「……別にあー君が嫌とか……そういうんじゃないからね?」


 おぉ……

 おぉぉぉ……

 なにその可愛いフォロー……

 すごい破壊力ですよ……

 これが全て計算され尽くした演技だとしたら、きみはハリウッドにだって行けるぜ。


「わかってますよ〜」

「ほんとにわかってる?」


 今度は、む〜っと不満げな表情を浮かべる。


「ほんとにわかってるって。大体さ、こないだのサンタコスの時は同じベッドで寝たんだし……間仕切りひとつで、そこまで拒絶されてるとは思わないよ」

「あ……ぁ……」


 鈴屋さんの顔がみるみる、かぁ〜っと赤くなっていく。


「あー君の馬鹿っ!」


 ばさりとシーツが乱暴にしめられる。

 そして、そのままベッドに飛び込んだ音だけが聞こえてきた。

 うん、便利そうでなによりです。

 そう言えば、ハチ子が気になることを言っていたな。

 ……鈴屋さんの異変……

 なんだろうか。

 鈴屋さんの様子を思い出していくが、やはり思い当たるふしがない。


「ねぇ、鈴屋さん」

「なぁに、あー君」


 何から聞けばと考えを巡らせるが、適当な言葉が見つからない。

 仕方なく、当たり障りのないところから探っていく。


「体調とか、大丈夫?」


 一瞬の間が空き、どうして? と返してくる。


「ん〜……なんとなく?」

「……なんとなくって……どうして?」


 妙に食いついてくる。

 これでは自らの不調を、肯定しているように見えるけど。


「なんか、熱っぽいというか……」


 苦し紛れの、でまかせだった。

 実際、そこまで熱があるようには見えない。もちろん、顔色が悪かったわけでもない。

 しかし鈴屋さんは、少しの間だけ沈黙する。


「……うんと、ね……そんなに心配することじゃないの。ほんの少し……ほんとに微熱も微熱で……」

「熱あるの? ほんとにそれだけ?」


 また少し沈黙が生まれる。


「うん。ほんとに微熱……あと、ちょっとの間、私、魔力が落ちるから……精霊さんとかうまく呼び出せなくなるかも……」


 思わず、えぇっ?と大きな声を上げてしまう。


「ほんと、数日のことだから。心配とかしないで」

「数日って……今まで、そんなことなかったのに?」

「……ん、と……今までも、一応あったよ? 今回は、たまたまクエストと当たっただけで」


 なんと……まったく気づかなかった。


「あの……鈴屋さん」

「なぁに、あー君」

「気遣いできなくて、すみません……」


 項垂れて答えると、シーツの向こう側から鈴屋さんのため息が聞こえた。


「ほんとに大丈夫だから。今回は運がなかっただけなの。お願いだから、あんまり気にしないでね」


 それでも申し訳ない思いが強く、項垂れたままになってしまう。

 そりゃあね、鈴屋さんが平気そうなロールをすれば、俺に見抜ける術なんてないんだけど……今回は、ハチ子が見抜いていたわけだからな……


「あー君。それ以上この事を、気にして考え込んだりしたら、絶許だからね」


 思わぬ絶許発言に、俺は再度まっ白なシーツに向かって、ごめんなさいをしたのだった。



 日が暮れ始める頃には、レイシィが木製のお皿を次々と部屋に運んできた。

 どうやら、食事の準備らしい。

 俺はてっきり、入り口の大部屋でワイワイ食事をするのかと思っていたのだが、個々の部屋に用意してくれるようだ。

 レイシィは手慣れた様子で、人数分の木製食器を並べ終えると、次々とサラダやスープを盛り付けていく。


「すごいね」


 あまりの手際の良さに感嘆の声をあげると、レイシィは照れながら仕事だもんと答えた。


「料理も、レイシィが作ってるの?」


 レイシィが、はにかんだような笑顔を見せながら小さく頷く。


「スープとサラダだけね。お肉を切ったりパンを焼いたりは、お父さんがしてくれるの」


 あぁ……さっきのうさぎとかは、父親のネヴィルが捌いてるのか。

 それでも、ほとんど料理してるんだから、素直に関心だ。


「えぇ〜っと……うさぎのスープは、おかわりがあります。それから、サラダも少しあります」


 急にかしこまって、お辞儀をする。

 店員モードかな?


「パンは、昨日焼いたやつなら、まだあります」


 レイシィは、こめかみをトントンと指で叩いて眉を寄せる。

 きっと、他に言い忘れはないかと、記憶の扉をノックしているのだろう。


「うん、そんなところかな。食べている間に、お風呂用意しちゃうね。うちは、お風呂が自慢だから。あと男女別々だから、安心して入ってね!」


 最後にもう一度、ぺこりと頭を下げて元気に出ていく。


「いい娘ですね」


 言いながらハチ子が、料理に人差し指を付けては口に運んでいく。


「なにしてんだ?」


 しかし俺の問には応えずに、一通り指を付けると小く安堵のため息をついた。


「一応の毒味です。職業病だと思ってください」

「え……今のでわかるの?」

「毒に対する知識は、アサシンにとって必要不可欠なのですよ」


 へぇ、さすがだなぁと感心していると、鈴屋さんが呆れた顔を向けてきた。


「ハチ子さん、あー君が食べる前に、いつもさりげなくしてたよ?」


 ……まぢですか。そんなことにも、気づけなかったのか、俺は……


「いいんです。それより、どうぞ食べてください。このスープ、複雑な味付けがされていて、なかなか美味しいですよ」


 ハチ子の笑顔に軽く頭を下げ、料理に手を付け始める。

 たしかに、どれも美味しい。

 ……あの娘、まぢですごいな。


「ここまで料理もできれば、嫁の貰い手には困らなそうだな」

「あー君はやっぱり、料理できる娘が好き?」

「ん〜〜そうだなぁ。毎日食べるものだし、美味しい方が嬉しいかなぁ」


 そうは言いながらも、リアル時代は、かなりの偏食不健康野郎だったけどねと付け加える。


「ハチ子さんは、料理得意なの?」

「それなりにできますよ。そういう鈴屋は、苦手そうですね」


 ぴくんと、鈴屋さんの長い耳が跳ねる。


「ど……どうして、そう思うのかな?」

「作っているところを、見たことがないからです」


 なぜか頭を抱えて落ち込む鈴屋さん。

 図星なのか。

 だとしても、落ち込み過ぎだろう。


「でもさ、こないだ俺に……ポトフみたいなの、作ってくれたじゃん」

「あれは、なんていうか……簡単なの。肉に塩コショウして焼いただけで、料理したと言いはるのと同じようなものなの」


 そんなものなのか?

 美味しければ、それでいいと思うけどなぁ。


「ハチ子さん、今度、料理教えてもらってもいい?」

「構いませんが……それはアーク殿のために上達したいのですよね?」

「なっ……」


 顔を真赤にして固まる。

 本当に可愛いですな、うちの女神様は。


「アーク殿も、男冥利に尽きますなぁ」

「……ち、ちがっ……これはそういうんじゃ……」

「いやほんと、俺は幸せものだよねぇ」

「ちょっと、あー君まで!」


 事実なのだから、仕方あるまいよ。


「……もうっ!」


 わたわたとしながら、パンにかじりつく姿はまさに女神様だ。

 俺はスープを飲み干すと、早々に夕食を食べ終えて椅子から立ち上がる。


「俺、先に風呂入っちゃうよ。2人はごゆっくり〜」


 手をひらひらとしながら、鈴屋さんのために部屋をあとにする。

 ああいう話は、俺がいると邪魔になるだろう。

 女子同士で、ゆっくり話し合えばいい。


「さて、風呂は……っと」


 そう言えば、場所は聞いてなかったな。

 暗くなった廊下の奥に向かうと、すぐに突き当りにぶつかる。

 さてどっちだと考えていると、右の廊下からレイシィが慌ただしく駆けきた。


「あ、レイシィ。ちょうどよかった。風呂は……」

「そっち! もう入れるから、いつでもどうぞ!」


 レイシィが、目の前を駆け抜けながら後ろに指をさし、そのままキッチンへと消えていく。


「……忙しい娘だなぁ……」


 レイシィに教わった通り、突きあたりを右に進むと、廊下が行き止まり、左右に扉が現れる。


 よく見ると左の扉に「Male」、右の扉に「Female」と彫られた木のプレートがかけられていた。

 「man/woman」の表記じゃないのは、シメオネみたいな獣人種を受け入れている証拠だ。

 中には、わざと差別的な意味を込めて「man/woman」と表記する店もある。

 暗に「人間以外お断り」と言いたいのだろうけど……そんな店は、あまり好きになれない。

 どうやら、ここはそんなこともなく、シメオネたちも安心して湯を楽しめるだろう。


 扉を開けると、湯のにおいがすぐにした。

 そして、なんとも言えない郷愁に襲われる。

 これはまさか……と、俺は小さな期待と早まる感動に逆らえず、小走りをして中に入った。


「……おいおい……マジかよ……」


 そこには、俺の期待に応えるもの……紛うことなき、昔懐かしい“温泉露天風呂”そのものがあったのだ。

【今回の注釈】

・絶許……ネットスラングで絶対許さないの略

・肉に塩コショウして焼いただけで料理したと言いはる……ブラジル料理を食べに行ったときの印象です。美味しいんですよ、そりゃあ鶏肉に塩コショウして焼くだけで美味しいんですが……シンプルすぎて値段の割にそれってどうなのと思ってしまいました

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