鈴屋さんとドサマギッ!〈前編〉
お待たせしました。
一度は書き上げたのですが、あまりに本編モード過ぎたので公開を見送りにし、新たに書き直しておりました。
お昼のひと時に、休憩のお手伝いを…と、楽しんでもらえれば幸いです。
懺悔のダガーによる呪いは、いざ過ぎてみればあっさりとその時を迎えた。
俺が胸を刺された、4日前の同時刻を過ぎると、嘘のように痛みがなくなったのだ。
断っておくが、痛みにおいて慣れるという事はなく、ずっと動けなかったというのが正解だ。
まさに、懺悔の期間なのだろう。
ただ、俺は悪いことなどしていないし、懺悔することがない。
しいて言うなら、挑んでゴメンナサイくらいだろうよ。
正直、1日の大半は「早く時間が過ぎて欲しい」と念じ続けていただけだろう。
このままずっと痛みが続くのではとか、このまま死んでしまうのではとか、ネガティブな考えが何度も浮かんでいた。
鈴屋さんはというと、俺が痛みで苦しんでいるとは思ってもいないようで、とにかく体力を落とさないよう栄養補給に勤しんでくれていた。
その献身的な姿は、もうほんと俺にとって女神である。
「大丈夫? 何でも言ってね?」
なら、サンタコスで膝枕を……と、どさくさに紛れて何度頼みそうになったことか。
まぁとにかく、そんなこんなで俺は完全復活を遂げたわけで……
人間、あれだけ苦痛を受け続けると、一夜にして白髪になるだの、精神が崩壊して感情がなくなるだの、そういうヲチを漫画でよくみたものだ。
しかし、実際に俺が最初に出した言葉は……
「鈴屋さんと外ブラしたい!」
……という、脳天気なものだった。
俺は何よりも、うさ晴らしがしたいのだ。
「あー君。それ、ドサマギだよ?」
えぇ、まぁ。
遠回しにデートのお誘いですし……今ならOKしてくれそうな気がしたわけで……
「いいけど。本当に、体は大丈夫?」
「お……おぉぉ、OKなら駄目でも大丈夫!」
「意味わかんないだけど……あー君が平気ならいいよ?」
「おぉぉぉ……おぉー!」
訳がわからないテンションに任せて、ドサマギ全開で鈴屋さんの手を握り、俺達は久しぶりに街へと繰り出した。
「あー君、あれ食べたい」
鈴屋さんが水色の髪をさらりと揺らせながら、串焼き屋台の野菜焼きを指さして言う。
今日の夕食は、気ままな屋台飯だ。
屋台をはしごしながら暴食の限りを尽くすこの行為は、大人買いに似た奇妙な幸福感がある。
俺は、野菜串焼きと豚串焼きを買うと、1本鈴屋さんに渡す。
2人仲良く並んで熱々の串焼きを食べていると、鈴屋さんが無言で野菜焼きを差し出してきた。
俺は特に何も考えずにそれをひと噛りすると、物欲しげな目を向ける鈴屋さんに豚串焼きを向ける。
鈴屋さんはパっと笑顔を咲かせて、パクっとかぶりついてくる。
どうしましょう……
公衆の面前で、悶えてしまいそうです。
「ん〜〜、あついぃぃ~~」
小さな口でそれを噛み切ってハグハグと口を動かす様は、可愛い以外の言葉が思い浮かばない。
なんという、無防備な笑顔よ。
「……あー君。あんまり、食べるとこ見ないでよ。ハラスメントなんだからね、それ」
俺の熱い視線に気づき不満気に口をとがらせているが、俺はというと「可愛いんだから仕方がないだろ!」と心の中で叫んでしまい、反省する気なんてさらさらない。
「私は、一向に見てもらって大丈夫ですよ~、あ・あ・く・ど・の!」
わきゃっと、俺の右腕に飛びついてくる人物を確認するまでもないだろう。
俺は何時だって冷静だ。
腕に何か柔らかいものがぐいぐいと当たろうが、取り乱したりしないぜ。
こんなことでニヤリングでもしようものなら、俺の左腕がサヨナラしてしまうだろう。
だって、すでに力が入り始めているもの。
「えっと……鈴屋さん、痛いです。あとハチ子さん、こんちです」
「あー君、痛いの意味がわからないよ。私が妬いているとでも?」
「……いえ……まさか、そんな」
「鈴屋、妬いているのですかぁ~? アーク殿もいよいよハーレムですなぁ~」
ちょ、それ禁句っすよ……
「ふぅん。あー君はモテますなぁ~」
悲しいかな、モテたことがないから、よくわからないぞ。
というか、両腕に綺麗どころをぶら下げて歩いていると、町の人たちからの視線とても痛い。
「ハチ子さん。あのさ、いろいろとありがとうね」
「あら。私は何も。ね、鈴屋?」
むっとした顔を向ける鈴屋さんに、ハチ子がウインクをひとつする。
戦争をしている両国の間で、白旗を上げているはずのわが国が、なぜか戦場になってしまいそうです。
「……あー君、ドサマギは?」
やだ、かわいい。
それって2人でデートするはずでしょっていう、ツンデレのデレ的なとこですよね?
たしかに、もうちょっと2人でいたいような気もするけども、ハチ子を無下に出来ないのも事実なのだ。
「鈴屋ぁ~。私、色々と~」
「わ、わかってるしっ! 色々と助けてもらって、ありがとうございましたっ!」
冷静なハチ子に対し、顔を真っ赤にしながらお礼を言う。
もう、なんて言うか……どうしたらかわいくなくなるの、あなたは……
「じゃぁ、私も一緒に。いいですよね、アーク殿?」
「まぁ、鈴屋さんがいいなら……」
ちらりと視線をおくる。
「ハチ子さん。それこそ、ドサマギだよ」
うん、複雑な顔をしてる。
でも嫌ってはいないんだよな。
なんとなく、それはわかるんだ。
「ハチ子さん。俺が死んでる間、ずっと屋根の上にいたの?」
ハチ子はどこから持ってきたのか、真っ赤なリンゴをかじりながら当然のように頷いている。
「はい。どうしてですか?」
不思議そうに見返してくるハチ子に、思わず胸が熱くなる。
君にとって、それは本当に当然の事なんだな。
「部屋には鈴屋がいましたし、私が外で見張った方がいいじゃないですか?」
「……ハチ子さんは、セブンさん? ……から、色々と聞かされいるんだよね?」
左側から鈴屋さんが問いかける。
そう言えば鈴屋さんと南無さんは、未だにセブンと面識がないんだよな。
かくいう俺も、セブンとはしばらく会っていない。
あいつが本当に残像のシミターの持ち主なら、青月の国『オーファス』に所属していた乱歩というエースプレイヤーのはずなんだが。
あいつだって帰りたいだろうに……なんでもっとこう、もとの世界に帰るための相談とか俺にしてこないんだろう。
「ハチ子さんは、どうして私たちに、こんなによくしてくれるのかな?」
それは……と、ハチ子が俺を見上げてくる。
静かに澄んだ瞳が、俺への信頼を確信させてくれていた。
「ひとつは、師匠にアーク殿を守れと言われています。もうひとつは、前にも話した通り……アーク殿を好いてるからです」
すごく素直に言える君が、時々羨ましくなる。
あと……すごく嬉しくて泣きそうです。
「私からも一つ……ずっと聞きたいことがあるのですが……」
「……なにさ?」
「鈴屋は元の世界では、男だというふうに聞いてるんですが。正直、2人の関係性が謎すぎます」
思わず鈴屋さんと顔を見合わせる。
そして、2人でくすくすと吹き出した。
「私は、ちゃんとネカマだと言ってあったもんね?」
「俺はネカマだと知ってて……知ってたんだけど……まぁ、理屈として説明が難しいな」
ハチ子は、やはり首を傾げている。
こればかりは、俺と鈴屋さんにしか分からないと思う。
南無さんですら、理解できないと言っていたしな。
まぁね……今となっては、心の何処かで「鈴屋さんはネカマのふりをした美少女」だと、都合よく決めつけている俺がいるのは、否めないんだけどさ。
もし違ったら、なんて何度も考えたし。
考えたところで、今ここで答えはでないしな。
鈴屋さんを含め、南無さんやセブンは、俺に何か隠し事がある。
しかも、それを言えない節があるのも理解している。
言えない以上、聞かれても困るだけだろうし、その辺を察しながら、俺は前に進むしか無いわけで。
結果、現状は言葉に出来ない察し合いになっているわけだ。
ここの住人であるハチ子はその縛りがないから、こうして色々と聞けるけど……俺でも、直接的にはあ〜だ、こ〜だは聞けないのだ。
「ところで、アーク殿」
「んあ?」
「視線を感じます。ダガーに手をかけておいてください…」
……なんと……こんな、天下の往来で?
ついで、頭によぎったのは、戦慄のフェリシモだ。
「あー君、ヴァルキリー呼び出しておく?」
鈴屋さんは、戦闘モードの目をしている。
ハチ子と鈴屋さんは、フェリシモに対してやたら好戦的だ。
俺は正直、あの姉さんと絡むのは御免被りたい。
「ん〜。あぁ~、いや……とりあえず、アレじゃないかな?」
俺が顎でくいっとして、2人に視線を向けるように促す。
視線の先では両の手を組み、仁王立ちでこちらを見据える金髪くせっ毛のネコ娘がいた。
白いチャイナ風の戦闘服が、健康的な身体をした彼女にはお似合いだ。
「待っていたにゃ!」
間違えようもない、明朗活発・脳筋少女のシメオネだ。
隣には、同じくクセのある金髪の美青年が静かに佇んでいる。
「なんだこれ。デジャブか?」
俺は、心底げんなりとしながら答える。
「なぁに、あなた。あんまりしつこいと、本気だしちゃいそうなんだけど……」
おぉ、鈴屋さんが激おこだ。
本気って……この区画が更地になっちゃいますよ、鈴屋さん。
そして、シメオネがその言葉に対しものすごくビビっている。
この間の戦闘で、その片鱗を目の当たりにしたんだろう。
……ご愁傷様としか、言いようがない。
「う、うるさいにゃ。あれで勝ったと思うにゃにゃ!」
「つまり……死にたい……という解釈で、間違いないですね?」
あぁ、ハチ子まで怒ってる。
隣の……ラスターだっけ?
お前も、クール気取ってないで止めろよな。
「待て待て、そもそも俺達が争う理由が……」
「そうだよ~~シメオネぇ~。今日は、なにしにきたのかしらぁ~?」
声は背後からだった。
一瞬で、全身の毛が逆立つ。
反射的に鈴屋さんとハチ子を左右に突き飛ばし、姿勢をかがめるようにしながら振り向きざまにダガーを抜いた。
「いい動きじゃないかぁ~。少年~」
フェリシモは、すぐ後ろで感心したように呟く。
一々色っぽくて怖いぜ、ほんと。
「やぁ、姉さん。久しぶりだね」
手には武器はなく、相変わらずの冷笑を浮かべていた。
「お前がっ!!」
俺が次の言葉を出すよりも早く、ハチ子が斬りかかる。
そして、俺の前にはヴァルキリーが現れていた。
「待った、2人とも!」
言葉に反応して、ハチ子がシミターを止める。
ただし剣先はフェリシモの首筋に向けられたまま、距離も1メートルとない。
一方、ヴァルキリーはすでに祝福の盾を構えている。
「あらあらぁ~、いぃ番犬ねぇ~」
フェリシモの目に殺意が宿る。
しかし、ここは天下の往来だ。
真昼に起った突然の臨戦態勢に、通行人が悲鳴を上げながら一斉に逃げ始めた。
むしろ、俺にとっては都合がいいってもんだ。
「アーク殿……許可をっ!」
斬る許可をってか?
そんなことをしたら、ここから先は血なまぐさい展開しかなくなる。
「待てって。それはもういいから。無駄な戦いなるだけだ。なぁ、姉さん……なんか話があるんだろ?」
「しょうねぇん。鋼の魂が宿ってきたじゃないかぁ。よくぞ、あの痛みから生き延びたねぇ」
ハチ子の剣先がその距離にあって、平然と笑っていられる姉さんが怖すぎる。
そうさ、この状況すら覆せるほど、この女は強いんだ。
「まぁ、痛いだけだったからな」
「違うぞ、しょぅねぇん。たしかにアレは、痛みの呪いだけどねぇ。普通は、よくて廃人……大体が痛みに耐えられなくなって、自害するか、気が触れて死ぬのだよぅ?」
……へ?
いや、確かに頭おかしくなりそうだったけど。
南無さんの睡眠薬のおかげかな?
「あー君、痛みってなにかな?」
あぁ、そしてばれてしまった。
「あとで、説明します……」
これ、すごく怒られると思います。
「しょぅねぇん。いぃ仲間をもってるようじゃないかぁ」
フェリシモが艶やかな唇を舐めながら、鈴屋さんとハチ子に視線を移していく。
「とにかく、シメオネぇ。今日はそうじゃないだろぅ?」
「う……ごめんにゃさい、大姉様……」
お前も恐ろしい姉を持ったもんだな……と、ちょっと同情したくなる。
「不出来な妹たちで、ごめんねぇ。私はもう行くからぁ、話だけでも聞いてやっておくれよぅ?」
俺が無言で頷くと、フェリシモが満足そうな笑みを浮かべて、影の中にすぅっと消えていった。
「……そ……そういわけで……話を聞いて欲しいにゃ」
完璧に戦意を喪失したシメオネが、しおらしく頭を下げる。
俺はというと、また何か面倒事に巻き込まれそうな予感がして、苦笑いを返すだけだった。
【今回の注釈】
・ドサマギ……まどマギに似てますが、どさくさに紛れての略です。今回の話はドサマギだらけになっております。このスキルを高めたい…
・大人買い……大人買いは大人になってから。子供のころ出来なかったことを大人パワーで叶えて悦に浸る行為




