鈴屋さんと朝食を!
ウルトラライトにさくっと更新。
通常営業のどうでもいい話です。
さくっとどうぞ。
朝日が差し込む頃には、俺の左肩により掛かる鈴屋さんも大きく船を漕ぎ始めていた。
夜通し話したとはいえ、内容は他愛もない思い出話しばかりだ。
それでもそれは、2人で歩いてきたという確かな足跡であり、2人にとってかけがえのない記憶の共有だった。
なによりも鈴屋さんが嬉しそうに話している様は、見ているだけで幸せというものだ。
「……あーく……ん」
……寝言か?
鈴屋さんが、ついに俺の膝に頭をのせて、スゥスゥと寝息を立て始める。
「あれほど男に、都合よく紳士を求めてはいけないと言ったのに……」
俺は苦笑しながら、さらに隙だらけとなった鈴屋さんに毛布をかける。
「もう一度、その太ももを目に焼き付けておきたかったけども」
わざと声に出して言ってみるが、反応はない。
やはり、眠っているようだ。
もし狸寝入りでもしていたら「ハラスメントだよ!」と、可愛らしく突っ込むはずである。
俺は鈴屋さんの頭を、ゆっくりと枕にのせかえる。
「寒いかな?」
あんな露出度の高い服だったし……と、なんとなく心配になり、赤マフラーを首元にかけてあげる。
こんなでも「地形ダメージ無効」の効果は発動するんだから、便利な装備だ。
とりあえず、寒いってことはないはずだ。
「あ……くん」
もう一度俺の名前を呼びながら、マフラーをぎゅうと握り抱きよせる。
少し名残惜しい気もするが、ここは目覚めた時に素敵な朝食でも用意しておいてやろう。
ポイントは、稼げる時に稼いでおくべきだ。
俺は碧の月亭から出ていくと、とりあえず南無子の家に向かっていった。
「南無子〜、いるか〜?」
と言いながら、返事も待たずに扉を開けてズカズカと入っていく。
「きゃぁ! なによ、勝手に入ってくるんじゃないわよ!」
南無さんは、ちょうどパンを大量に焼いているところだったようだ。
もはや、完全にパン職人である。
「なにがキャアだ。ただの南無じゃねぇか」
舌打ちをしながら、がっかりとしてやる。
「あ、あんたねぇ〜、まぢでいい加減に……」
「あ〜はいはい、とりあえずこれな」
迂闊にも大口を開けてる南無に、丸薬を飛ばす。
ちなみに今のは「礫放し」という、イマイチ使い道のないスキルだったりする。
本来は石を相手の目に向けて放つ奇襲技なのだが、まさかこんな使い方があるとはな。
「んぐっ……なっ、なに?」
筋肉髭坊主が喉元を抑えてうろたえているうちに、みるみると南無子になっていく。
いつ見ても、その変身過程はアメージングそのものだ。
「ちょっと、アーク!」
「おはよう、南無子。やっぱりそっちのがいいね」
「〜〜〜〜っ! 」
怒っているのか照れているのか、わからない。
なんとも、表現しがたい表情だ。
「はぁ~~……まったくあんたは……もういいわ、着替えてくるから待ってて」
南無子が、だるだるの服を引きずるようにして出ていく。
それはそれで、大きめのシャツ的な隙があっていいのに。
「なぁ~~、待ってる間にパン作ってていい?」
「いいけど。なに? 食べに来たんじゃないの?」
「ん~~、鈴屋さんに食べさせようと思ってさ」
「ふぅん。あんたさぁ、あれからちゃんと寝た?」
……うっ、鋭いな。
「いや、寝てないけど。朝まで、鈴屋さんと話してた」
「目覚めの朝に、パンと珈琲とか……あんた、つくづくベタよねぇ」
……え、まぢで?
もしや、 かっこ悪いのか、これは。
「……まぁいいわ。焼くのはやったげるから、好きな形にこねてなさいよ」
なんだかんだで、やっぱり南無子は優しい。
俺はパン生地を鈴の形にし、クッキー生地で装飾を作り込んでいく。
しばらくして、いつもの絶対南無子が現れた。
「ほんと器用ね、あんた」
「んあぁ〜。ステ振り、器用値も、そこそこ上げてたからね」
「ふぅん……まぁいいけど……」
何がいいのか、全くわからないんだが……相変わらず、含みを持たせるなぁ。
「俺、焼きあがるまで寝てていい? なんか、今さら眠くなってきた」
言いながら、ベンチチェアにごろんと寝転がる。
「いいけど……そこで寝るの? ベッド使ってもいいわよ?」
南無子のベッドに些か興味はあったものの、急激に襲い掛かってくる睡魔に耐えられそうにない。
「ん~~あ~~、大丈夫。俺どこでも寝れる派~。てか、南無子こそ寝てないでしょ? そもそも南無子にお礼も……しな……zzz……」
「話しながら寝るってどうなの……」
薄れる意識の中で、そんな声が聞こえた気がした。
ふかふかだ。
なんだっけ、妙にふかふかだ。
「んん~?」
ゆっくりと目を開ける。
俺のベッド……じゃないな。
枕から僅かに、パンの香りがする。
だとしたら、南無子のベッドだろう。
わざわざ運んでくれたとか、優しいねぇ~南無っちは……
「ん……ててっ…」
体が少し痛む。
昨日の戦闘が関係しているのか。
なんか、けっこうがっつり寝込んでしまった気がする。
とりあえず体を起こすと、するりと首に巻かれていたマフラーが落ちた。
「あれ? これ、たしか……鈴屋さんに……」
一瞬混乱するが、隣の部屋から鈴屋さんの声が聞こえたので、そういうことかと一人納得する。
「てか、俺の朝のポイントアップキャンペーンがっ!」
思わず大声を上げて、隣の部屋に駆け込んだ。
「わっ……あー君、寝覚め良すぎ!」
「鈴屋さん、なんでいるの! てか、俺どんだけ寝てたのっ!?」
「軽く3時間ってところね。アーク、あんた昨日の夜、相当血を失ってたのよ? 傷は治しても血はもどらないって、前にも言ったでしょ?」
「そうだよ、あー君。ちゃんと寝ないと〜」
「……鈴屋さん。眠れぬ要因でもあった君がそれを言うの?」
あぁ、てへぺろコツンしてやがる……サンタコスで……
……底なしにかわいいな、サンタコス……
サンタコスっ!?
「鈴屋さん、その恰好で来たのっ!?」
「ちゃんと、コート羽織ったよ? あー君、独占欲強いんだも~ん♪」
……おぅ……女神ですか……俺の性分をよくおわかりで……
この姿を他の男に見せるのは、もったいないと思うのだ。
「あんたら、そういうのさぁ〜、ほんと他所でやってくんない?」
「鈴パン、ありがとうね♪ あー君」
「ん……まぁ……でも結局寝てしまったので。俺のポイントアップキャンペーンは、夢半ばでしたが……」
「ん~ん、ちゃんとポイント激盛りだよ(ハート)」
また出た、激盛りっ!
でも可憐な女の子が、その表現はどうかと思うの。
「……あんたらねぇ、人の話聞いてる?」
「ねぇねぇ、聞いてよ、南無っち。あー君たら昨日の夜、私の太腿と会話してたんだよ? ひどくない?」
「人聞きの悪いことをっ! ちゃんと顔見てたしっ! 俺の頑張りを無に帰すようなこと言わないでっ!」
「……あんたらねぇ……」
怒り半分、呆れ半分の南無子を尻目に、俺と鈴屋さんは仲睦まじく朝食を楽しんでいた。
【今回の注釈】
・絶対南無子……絶対領域姿の名無子の略
・太腿と会話……実際に聞いた言葉です。その表現にバカウケしました