ii.
三年二組が、高野の受け持つクラスだった。赴任したばかりの学校で三年生を担当というのは厳しい気もしたが、精神的な疾患で長期療養となっているもの(教員にはとても多い)が二人もいて、いろいろと都合がつかなかったらしい。
二年からの持ち上がりですし、優等生の多いクラスですから、という弁解めいた言葉とともに命令は下され、高野は頷いた。術者の件で動転し、上の空でもあった。三年生の担任は以前にも経験したことがある。大丈夫だろう。生き延びられてから悩んでも遅くはない。
二年・三年と各学年三組ずつだ。自分のクラスにいる確率は六分の一。といっても、どのクラスの生徒も校内で自由に出会えるのだから無意味な計算だ。生徒たちのリストにも目は通していた。写真や印刷された資料からは何も感じられない。事前に知っても手の打ちようはないので、実のところ検索自体も無意味だった。
職員室でコーヒーを飲みながら、高野は溜息をついた。生徒たちの大半は登校している時刻だ。校内の気配に注意を向けてみる。特に変化はない。昨日と同じだった。
高野は更に無意味な思索を巡らせてみる。今日は休みなのかもしれないぞ。術者だって風邪くらいはひくだろう。はたまた何かあって不登校になるとか。生徒の不登校を望むとは、ひどい教師もあったものだ。我ながら往生際が悪い。
軽い自己嫌悪に陥っていると始業時間十分前となった。教師たちのミーティングが始まる。この後は始業式だ。生徒たちを体育館に集合させる放送が流れた。
「高野先生、顔色がよくないね。大丈夫ですか」
斜め向いの席から学年主任の木村が問う。五十代前半の男性教師で、三年一組の担任だ。
「大丈夫です。ありがとうございます。まだちょっと慣れてないせいかも」
曖昧な笑顔で返事をする。
「慣れるまでは、どこでも大変ですものね」
右隣の席で若月琴江がいった。
「異動ってマンネリにならなくていいけど、慣れるまでの間の時間が無駄って気もしますよね」
彼女は三年四組の担任だ。色白の童顔が可愛らしい。高野と同世代か、多少年上かもしれない。高野は琴江の言葉に相槌を打った。
高野の向い、木村の隣の席は三組の担任の加藤だ。会話に仲間入りせず、ぼーっと頬杖をついていた。三組は不登校気味の生徒が数名いると聞いている。大変なのかもしれない。ぼーっとしたくもなるだろう。自分の立場を忘れて勝手に加藤に同情している間に、ミーティングは終了した。
いよいよ始業式だ。ようやく謎の術者にお目にかかれるわけだ。できれば会いたくはないが──。