iii.
「それより」
慧は高野に視線を向けた。何かいおうとしていた高野が口を噤む。
「あなたは、なぜ懲りずに危険な場所をうろつくんです」
高野は二の句が継げなかった。顔には、何て無礼ないい方だ、と書いてあった。慧のいい様が気に入らなかったのだろう。だが、事実ではないか。
「もしかして、隠れて煙草でも吸うつもりでしたか」
最近では職員室も禁煙だと聞いている。
「馬鹿いえ、おまえじゃあるまいし」
やっと口がきけるようになった高野が、憤慨していった。
「だいたい、おれは煙草は吸わないんだ」
「おれだって、学校じゃ吸いませんよ」
「堂々ということか。あのな、戸締りの当番だったんだよ。おれだって来たくなかったんだ。っていうか、おまえ、煙草はやめろよ。身体に悪いだろ」
慧は、騒ぐ高野に背を向け歩き出した。
「大きな声を出さないでください。だったら、さっさと済ませて戻った方が身のためですよ。暗くなると、一層危ないかもしれない」
高野が黙り込んだ。慧は振り向いて高野を見る。怯えているのがわかった。慧は溜息をつく。
「よかったら、一緒に行ってあげましょうか」
恐怖から、今度こそ高野自身が闇の気配を呼んでしまっても厄介だ。
「何いってる。大丈夫に決まってるだろ。おれはこれでも、今までずっと、魔物に会っても見て見ぬふりで切り抜けてきたんだ」
高野は、また大きな声を出した。本当にそういう消極的なやり方だったのか、と慧は妙に感心する。が。
「今日は切り抜けられなかったように思いますけど」
「それは、その──」
いい澱んだ後、高野は急に何か気づいた顔になる。
「そういえば、まだあのときの礼をいってなかったな。その、助かったよ。ありがとう」
高野の謝意の表明を、慧は聞いていなかった。校舎から異様な気配が漂ってきたのだ。高野もはっとした様子になる。二人の目は、高野が開け放したままだった音楽室の窓に向けられた。窓の奥に音楽室はなかった。あるのは真の闇ともいうべき暗さで覆われた空間だけだった。
「やっぱり、一緒に来てもらってもいいか」と高野がいった。




