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生徒指導室を出た慧は、春の光が射し込む暖かい廊下を教室へと歩いていた。
昼休み、技術棟の闇の気配に気づいて駆けつけてみれば、そこに立ち竦んでいたのは高野であった。彼に気づかれずに魔物を遂えればよかったが、状況的に難しかった。高野はもう少しで、あの魔物に襲われるところだったのだ。
どうやら、相手を退ける力は本当に持っていないらしい。だったらせめて魔物に気づかれないよう大人しくしていてほしかった。なぜ、あんなに騒いだんだ。もしやこれまで、闇の生き物と遭遇した経験がなかったのだろうか。
高野が声をかけてこなければ、慧は無視を続けるつもりだった。どうせ術者ということは知れている。事態はさして変わらない。だが高野にとっては大違いだったようで、慌てふためいて呼び出しをかけてきた。
それならそれでいい。
慧は二つの目的を持って高野の申し出を受けた。ひとつは、この機会に高野の実態について把握することだ。もうひとつは、このところ気になっている妙な気配について、慧にはわからない何かを高野が知っているかどうか確認することだった。
高野がやはりオーラ・ヴァンパイアと人間とのハーフだ、という事実はちょっとした衝撃ではあった。しかし、ああして直接話してみても、魔物めいた悪意は少しも感じられない。多少そちら寄りの力はあるらしいが、中身はこれまでの推測どおりのようだ。あの怯えようといい、うろたえようといい、普通の大人しい人間と同じだ。怒らせれば少しは変わるかと試しても、特に攻撃性が高まるわけでもなく、却ってうろたえぶりが増した程度だった。あるいは刺激が足りなかったかもしれないが、おそらくはあれが彼の本性に違いない。
技術棟の気配については、ほとんど収穫がなかった。元々、大した期待もしていない。骨が落ちていた場所がわかっただけでも儲けものだろう。これまでは、松林の中、という情報しかなったのだ。おそらく何もわからないだろうが後で行ってみよう、と慧は思う。一応、念のためだ。
十日ほど前から技術棟辺りに生じるようになった重苦しい奇妙な気配が、兎の件と関係があるのかどうかはわからなかった。だが、他に探る手がかりもない。このまま放っておいてよいこととも思えなかった。現にあの場所で闇が突然生じたのだ。闇の領域のことと無関係のはずがない。
普通ならば、誰も引き寄せていないのに闇の気配が生じるなど、あり得ないことだった。闇を呼ぶのは人のネガティヴな感情だ。闇は、いわば人につくといっていい。場所についたように見えるときでも、元を辿れば、場に残された人々の暗い感情が原因なのだ。
技術棟で不吉な出来事があったとは聞かない。生徒に隠されている可能性はあるが、高野が思いついたのも兎の骨のことだけだった。無論、高野が知らない件、という場合もある。教師が学校内で起きたすべての事に通じているとは限らない。
とにかく、できることからやってみるしかないだろう。部活動をしている連中がいるこの時間に、松林へ行くのは目立ちすぎる。慧は下校時間近くまで図書室で過ごした。




