第12話 小さな箱
翌朝、三人は再びパンドラ遺跡の門の前に立っていた。
「今日は、一つだけ決めておきましょう」
ソウタが門の手前で言った。
「無理をしないと言っても、人はつい深入りします。だから先に線を引きます」
「線?」
「潜るのは二層目まで。時間は半日。そして誰か一人でも弾薬が半分になったら、その場で戻ります」
ミオが少し不満そうに口を尖らせた。
「厳しいわね」
「おじさんが言っていました。弾が尽きたホルダーは死ぬ、と」
ミオはそれ以上何も言わず、うなずいた。
ダイスケも腰のCC9を確かめた。昨日より手に馴染んでいる気がした。
*
一層目の広間は昨日と同じ湿った土と獣の匂いがした。
二層目へ続く階段を下りると空気が少し変わった。通路が狭くなり、天井から木の根が垂れ下がっている。その根の陰から低い唸り声が聞こえた。
「……いる」
ミオが声を落とした。
暗がりにいくつもの光る目が浮かんだ。
狼型だった。小型が六匹。体は痩せ、毛は逆立ち、口元から牙が覗いている。その後ろにひと回り大きな個体が一匹。
「中型が統率しています」
ソウタが盾を構えながら言った。
「小型は左右に回り込んでくるはずです。ミオさん、右を。僕は正面で受けます。ダイスケさんは後ろの中型を」
「了解」
小型の狼が一斉に動いた。
左右に散り、壁を蹴って回り込む。速い。ミオが右側へ飛び込んだ。足を止めない。ハッピートリガーの短い連射で一匹を倒し、ナイフで二匹目の喉を断つ。
「止まらない……止まらない!」
ソウタは正面から飛びかかってきた三匹を盾を斜めに構えて流した。牙が盾の表面を滑り、狼たちの体勢が崩れる。
「ダイスケさん、今です!」
ダイスケは後ろの中型を見据えていた。
統率役の狼は動かない。じっとこちらを見ている。
(動くのを、待っているのか)
ダイスケはゆっくり息を吐いた。腰を落とし、反動を受ける姿勢を取る。
中型が跳んだ。
その瞬間をダイスケは待っていた。
ドン。
スーパーキャノンの一撃が空中の狼を捉えた。巨体が後ろに弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
統率役を失った小型の狼たちは動きを乱した。残りはミオとソウタがあっという間に片づけた。
*
素材を回収して三人は少しだけ休んだ。
「弾は、どう?」
ソウタが仲間に聞いた。
「十二ミリが七発使った。まだ余裕がある」
「あたしは十四ミリが三十発くらい。半分より少し手前」
ミオがマガジンを確認しながら答えた。
「じゃあ、もう少しだけ見て回れますね」
ソウタが通路の奥へ目を向けた。
「あの壁が気になります」
通路の突き当たりの壁に不自然な隙間があった。苔に隠れて見落としそうなほど細い。
ソウタが壁を指でなぞり、軽く押した。
ゴトリ、と小さな音がして壁の一部が奥へ動いた。
「隠し部屋……」
奥には小さな空間があった。人が一人入れるくらいの狭さだ。その中央に金属の箱がぽつんと置かれている。
「罠かもしれません」
ソウタが慎重に周囲を調べた。床、壁、天井。それから箱の縁。
「……大丈夫そうです。仕掛けは見当たりません」
「開けるわよ」
ミオが箱の蓋に手をかけた。
カチリ、と小さな音。
中には薄い金属片が数枚入っていた。
*
「……硬貨?」
ミオが一枚を手のひらにのせた。
鈍い銀色の小さな円板だった。表面には細かい模様が刻まれている。
「見たことのない形です」
ソウタは別の一枚を光にかざした。
「でも、この模様……今のバリューの紙幣とどこか似ています」
「似てる?」
「ええ。バリューは遺跡から生まれた通貨だと言われています。もしかしたら、これがその原型かもしれません」
ダイスケは手の中の硬貨をじっと見つめた。
(遺跡が、通貨を作った)
人間が作ったものではない。そう聞いたときは現実感が湧かなかった。だが今は手の中にある。
「これ、売れるのかしら」
「古いものは宝として扱われます。協会に持っていけばptも付くでしょう」
ソウタは箱の中の硬貨を一枚ずつ布で包んだ。
*
帰り道、ミオがふと口を開いた。
「ねえ。もっと奥に行ったら、もっといいものがあったかもしれない」
「あったかもしれません」
ソウタは否定しなかった。
「でも、欲張らないって難しいね」
「欲張らない人が長く生き残るんです」
ソウタは静かに言った。
「今日の線は守りました。それだけで十分です」
ダイスケは胸の内側に貼ったフィルムの感触を確かめた。使わずに済んだ。それが一番いい。
遺跡の門を出ると日がまだ高かった。
ダイスケは振り返って森の奥の暗がりを見た。隠し部屋の中の小さな箱。あの硬貨に刻まれた模様の意味はまだ分からない。
それでも、また一つこの世界のことを知った気がした。
(第12話 了)




