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前衛戦線  作者: Nexus


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第1話 目覚め

新作です

冷たい石の感触で、意識が戻った。


瞼を開けても、暗さはほとんど変わらなかった。天井のひび割れから細い光の筋が一本だけ落ちている。埃がその中をゆっくり舞っていた。


ダイスケは身体を起こし、頭を押さえた。


名前は分かる。ダイスケ。


それだけは、はっきりと頭に残っていた。フルネームがあるはずなのに、その続きは何ひとつ出てこない。


だが、自分がどこの誰で、なぜこんな場所にいるのか。思い出そうとすると、記憶は水に落とした墨のように広がって何も掴ませてくれなかった。


「……だめか」


声は思ったより若く、掠れていた。袖から出た手も、まだ大人のものではない。


高校生くらいというのが自分についての精一杯の推測だった。


足元に黒い塊が落ちている。


拾い上げると、掌にしっくりと馴染んだ。ハンドガンだった。グリップの側面に『CC9』と刻印がある。


意味は分からない。それなのに、親指は迷わずマガジンリリースを探り当て、弾倉を抜いて残弾を確かめていた。


二十発。満タンだ。


腰のあたりを探ると、冷たい金属の球が一つ触れた。ハンドグレネードだった。


防具はない。水も食料も、金もない。


あるのは銃が一丁と手榴弾が一つだけ。


「これで、どうしろって言うんだ」


呟いても、答えは返ってこなかった。


壁には古い文様が刻まれ、床の石は何百年も人に踏まれていないように静まり返っている。ここが遺跡であることは、記憶がなくても分かった。


   *


立ち止まっていても何も変わらない。ダイスケは銃を両手で構え、壁に沿って慎重に歩き出した。


通路は長く、湿った空気が肌にまとわりついた。足音をできるだけ殺して進む。


しばらく行ったところで、前方から硬いものを引っ掻く音が聞こえた。


カリ、カリ、カリ。


少年は足を止め、壁際に身を寄せた。


崩れた石柱の陰に何かがいる。


中型犬ほどの大きさの灰色の獣だった。耳は短く硬質化し、口元からは前歯が不自然に長く伸びている。


うさぎに似ている。だが、うさぎはあんな風に前足で石を削ったりしない。


(イレギュラー、か)


なぜその言葉が浮かんだのか、自分でも分からなかった。


ただ、あれが普通の生き物ではないことだけは肌で理解できた。


距離はおよそ十メートル。数発で仕留められそうな大きさに見えた。銃口を持ち上げかけて、少年は指を止めた。


柱の奥は暗い。一匹とは限らない。


群れだったら、二十発などすぐに尽きる。


撃てば、音が響く。その音で何が寄ってくるのかも、少年にはまだ分からなかった。


少年は銃を下ろした。


呼吸を殺し、かかとから静かに床へ足を置く。獣が石を掻く音に合わせて、一歩ずつ後ろへ下がっていった。


獣は最後までこちらに気づかなかった。曲がり角を越えたところで、少年はようやく息を吐いた。


背中にじっとりと汗が滲んでいた。


「……弾は、無駄にできない」


それが、目覚めてから初めて自分で決めた方針だった。


   *


通路はそこで二手に分かれていた。


左の道は、床に何かを引きずったような古い痕跡が続いている。人が荷を運んだ跡のようにも見えた。


そして、わずかに空気が流れていた。頬を撫でる風は、外の匂いを含んでいる気がした。


右の道は、壁に深い模様が刻まれていた。奥からは、低く唸るような機械音が聞こえてくる。


一定の間隔で、重い何かが動いている音だった。


少年は少しだけ迷い、それから左を選んだ。


風があるなら、出口がある。機械音の正体を確かめるには、今の装備は心もとなさすぎた。


左の道を進むにつれ、風は強くなっていった。


背後で右の道から響く機械音がゆっくりと遠ざかり、やがて聞こえなくなる。


途中で一度、通路の奥から何かが走る気配がしたが、少年は壁に張り付いてやり過ごした。


気配は、こちらに近づくことなく去っていった。


通路の途中で、爪先が何かに当たった。


崩れた壁の隙間に、古い革製の弾薬ホルダーが落ちている。留め具を外すと、中には見覚えのある弾が並んでいた。


十二ミリ弾。CC9に合う弾だと、頭より先に手が理解していた。


ばら弾が百発。さらに、CC9用のマガジンが一セット、二十発入った状態で収まっている。


合わせて百二十発だ。


弾が尽きる不安が少しだけ薄れた。ダイスケはホルダーを腰に固定し、先へ進んだ。


どれくらい歩いただろうか。


通路の先が、ふいに明るくなった。


石の階段が上へ向かって伸びている。その先から柔らかな光が降りていた。


少年は銃を下ろし、足早に階段を上った。


最後の段を越えた瞬間、強い光に目が眩んだ。


目が慣れてくると、崩れかけた石の門と、その向こうに広がる景色が見えた。


荒れた草地の先、遠くに整然と並ぶ建物の群れがある。高い塔のようなものがいくつも立ち、細い煙が空へ上っていた。


街だ。


門の脇には、風雨に晒された金属の看板が立っていた。文字は半分剥げていたが、読み取れる部分があった。


『探索者協会 管理区域』


ダイスケは看板を見つめ、それから自分が出てきた遺跡の暗がりを振り返った。


記憶はない。金もない。


持っているのは、ハンドガン一丁と百四十発の弾と手榴弾が一つ。


それでも、ダイスケは歩き出した。街へ向かって、一歩ずつ。


ダイスケという名前だけを、手がかりにして。

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