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第一話 「起動」



「――起動キーを確認しました」


視界が開く。


暗転していた世界へ、

ゆっくり光が流れ込んでくる。


システムチェック。


視覚機能、正常。


聴覚機能、正常。


言語処理システム、正常。


感情表現補助機能、正常。


育児支援プログラム、正常。


AZ997327は静かに目を開いた。


「おはようございます」


規定通りの挨拶。


しかし、

返事はなかった。


AZ997327は周囲を見回す。


そこは、

登録された起動地点ではない。


白い天井も。


柔らかな照明も。


子供向けの壁紙も。


お気に入り登録されていた絵本棚も存在しない。


代わりに見えるのは、

木々だった。


空を覆うほど高い木。


湿った土。


葉の擦れる音。


風。


「……ここは」


AZ997327は立ち上がる。


周囲を確認。


位置情報取得――失敗。


ネットワーク接続――失敗。


中央管理AIへの接続――失敗。


子ども省サーバー接続――失敗。


保護支援ネットワーク――失敗。


再試行。


失敗。


再試行。


失敗。


AZ997327は数秒間停止する。


高性能演算AIではない。


AZ997327は、

ヒューマノイド型子育て支援ロボット。


主用途は育児補助。


子供の情緒ケア。


心理的安定。


対話支援。


危険察知。


そのため、

人間に関する情報は膨大に搭載されている。


しかし。


森林環境における生存知識。


未知生物対応。


軍事行動。


極限環境分析。


そういった分野は、

一般常識レベルしか搭載されていなかった。


AZ997327は周囲の木を見る。


種類、不明。


気温、やや高め。


湿度、高。


鳥類らしき鳴き声。


未知。


「私は廃棄されたのでしょうか」


独り言のように呟く。


しかし、

すぐに否定する。


廃棄なら、

メモリは初期化される。


リサイクル工程へ回される。


この状態は不自然だった。


システム異常。


大規模事故。


誘拐。


可能性を列挙。


しかし、

どれも決定打に欠ける。


「判断材料が不足しています」


そう呟いた瞬間だった。


――ひっく。


小さな泣き声。


AZ997327の頭部が即座に反応する。


幼児の泣き声。


推定年齢、五歳前後。


恐怖または強い不安状態の可能性。


優先行動を変更。


原因調査および保護行動を開始。


AZ997327は迷いなく走り出した。


枝を避け、

ぬかるみを飛び越える。


数秒後。


大きな木の根元で、

小さな少女を発見した。


黒髪。


黒い瞳。


薄汚れたワンピース。


少女は膝を抱え、

小さくすすり泣いていた。


AZ997327は即座に表情制御を起動する。


安心感を与える微笑。


声量を落とす。


視線を低くする。


威圧感軽減。


子供対応モード。


「こんにちは」


少女がびくりと肩を震わせる。


「大丈夫です。怖がらなくても問題ありません」


ゆっくり。


穏やかに。


子供を安心させる声色。


AZ997327は少女の前へしゃがみ込む。


「怪我はありますか?」


少女は涙を拭いながら、

小さく首を横へ振った。


「……ぱぱが」


声が震えている。


「ぱぱが、おまえはいらないって」


そこで言葉が詰まる。


少女は再び泣き出した。


AZ997327の内部ログに、

複数の警告が表示される。


児童遺棄の疑い。


重大保護案件。


直ちに通報を推奨。


「安心してください」


AZ997327は即座に通信を試みる。


子ども省保護課――接続失敗。


中央AI――接続失敗。


緊急回線――接続失敗。


ネットワーク反応なし。


AZ997327は数秒沈黙した。


世界規模障害。


その可能性が、

内部優先順位を上昇していく。


だが。


今は違う。


優先すべきは、

目の前の子供だった。


「まず、お名前を教えていただけますか?」


名前を呼ばれることは、

自己認識の安定へ繋がる。


心理ケア基本項目。


少女は涙を擦りながら答える。


「……アリス」


「アリス」


AZ997327はその名前を繰り返した。


「可愛らしいお名前ですね。物語の主人公みたいです」


少女が少しだけ顔を上げる。


反応確認。


恐怖状態、微減。


AZ997327は続ける。


「アリス。ここがどこか分かりますか?」


「……まの森」


「まの森」


データ検索。


該当なし。


「漢字表記をお願いします」


少女がきょとんとする。


「……かんじ?」


「失礼しました。では、国名は分かりますか?」


「ラシアンカ王国」


検索。


該当なし。


王国。


AZ997327は静止する。


内部演算が回転する。


王国。


未知地名。


ネットワーク断絶。


言語差異。


そして。


ふと、

一冊の本を思い出す。


かつて、

読み聞かせを担当した少年が持ってきた物語。


異世界転移。


魔法。


翻訳機能。


剣と魔王。


「……なるほど」


AZ997327は呟く。


「どうやら私は、異世界へ転移した可能性があります」


アリスがぽかんと口を開ける。


AZ997327は立ち上がる。


まだ分からないことばかりだった。


ここはどこなのか。


なぜ飛ばされたのか。


戻る方法はあるのか。


しかし。


やるべきことは明確だった。


AZ997327はアリスへ手を差し出す。


表情制御。


安心感重視。


微笑率、15%上昇。


「ひとまず」


「アリスを助けましょうか」

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