表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

第1話:卒業パーティーは、粛清と旅立ちの合図

「――エカテリーナ・フォン・ルミナス! 貴様のような傲慢不遜な女、我が国の王位継承者として看過できぬ。今この瞬間をもって、貴様を王都から追放する!」


きらびやかなシャンデリアが輝く夜。王侯貴族が教養を身に着ける学園の卒業パーティにて、第一王子・アルベルトの怒声が会場に響き渡った。

エカテリーナは扇子をパサリと閉じ、冷ややかな視線を兄へ向けた。彼の隣では、平民出身の女生徒・マリアが、怯えるフリをして王子の腕にしがみついている。


「追放……。それは、わたくしが各地の悪政を裏で操り、私腹を肥やしているという『薄汚い噂』を信じての裁定かしら?」


「しらばっくれるな! お前の贅沢のために、地方の民がどれほど血を流しているか!」


王子の言葉に、周囲にいた生徒や貴族たちから一斉に蔑みの声が漏れた。学園内での彼女の評判は、もはや修復不可能なほどに地に落ちていたからだ。


「ああ、やっぱり本当だったんだ。あの高圧的な態度、裏で何かやってると思ってたよ」

「気に入らない下級貴族の店を潰して、自分の美容代に充てているという話じゃないか」

「学園の図書室でも『こんな低俗な本、燃やしてしまいなさい!』って叫んでたぜ。知識を独占するつもりだったんだろうな」


実際には、エカテリーナが「燃やせ」と言ったのは、誤字脱字だらけで魔法の暴走を招きかねない危険な魔導書だったのだが、真相を知る者はいない。彼女の「あまりにもきつすぎる物言い」と「説明を一切省く高飛車な性格」が災いし、すべての言動が『毒舌姫の愚かな振る舞い』としてマリアに利用され、悪評として塗り替えられていたのだ。


エカテリーナは、自分に向けられる汚物を見るような視線を、むしろ誇らしげに受け流した。

(……ふん。お兄様、横でマリアがほくそ笑んでいることにすら気づかないなんて。凡庸にも程がありますわ)


事実無根の罵詈雑言。それ以上に、エカテリーナが公然と辱められているその状況に、背後に控える二人の空気が一変した。

「無害な装飾品」と揶揄されていたアンの眼鏡が、逆光で白く冷たく反射する。握られた拳からは、微かな殺気が糸のように漏れ出していた。いつもぼんやりしていた蔑称「腑抜け令嬢」のリズの瞳からも温度が消え、その周囲だけ大気が不自然に歪み、パキパキと凍てつくような音を立てる。

二人の忠臣にとって、主への侮辱は自分たちの命を削られることよりも容認しがたい暴挙だった。


「……姫様。この場で兄君の首を跳ねますか?」

アンが感情の消えた声で囁く。その手はすでに、ドレスの影に隠した暗器にかかっていた。


「リズが広間の酸素を一瞬で抜けば、苦しまずに済みますよー」

リズがふわりと微笑み、指先に高密度の魔力を凝縮させる。会場の誰も、自分たちが死の淵に立たされていることに気づいていない。


「ありがとう、二人とも。でも結構ですわ。それとリズは後先を考えなさいといつも言っているでしょう。……、お兄様。望み通りこの王都から失礼させていただきますわ!」


エカテリーナは、忠誠心のあまり暴走しかけた二人を制し、優雅に踵を返した。

(それにしても黒い噂については実態を調べないといけませんわね。気晴らしに旅行がてら現地を調べて回るのも面白いですわね)


背を向けて悠然と歩き出すエカテリーナの姿に、アルベルト王子は毒気を抜かれたように立ち尽くしていた。


「な……っ。あ、おい、エカテリーナ! 待て!」


彼は、妹が泣き叫び、地面に縋り付いて慈悲を望む姿を予想していたのだ。そうすれば「温情」をかけてやり、己の度量を知らしめることができる。だが、エカテリーナは抗議一つせず、まるで行き先が決まっているかのように去っていく。

「あ、あいつめ……! 最後まで兄を馬鹿にしたような態度を……!」

拳を震わせる王子の横で、マリアは静かに目を伏せていた。


「アルベルト様、おいたわしい……。エカテリーナ様ったら最後まで不遜なままで……」


マリアは王子の腕に顔を埋め、震える肩を隠すように寄り添う。

彼女は聖女としての神託を受けたとしてアルベルトの推薦で学園に入学して早々に、人脈を広げ王国各地に自身の影響力を強め、卒業間近の今となっては巨万の富と権力を欲しいままにしている。

最近は民の救済を声高に訴え様々な施策を地域で実践しており、表向きはその姿の神々しさから『聖女の救済』と称えられている。

その唇の両端は、王子の視界に入らない角度で醜く吊り上がっていた。



エカテリーナは会場を後にすると、そのまま王宮の奥、国王の執務室へと向かった。扉を守る衛兵たちは、彼女の凄まじい気迫に気圧され、止めることもできずに道を開ける。


部屋の中では、年老いた国王が机に突っ伏し、深い溜息をついていた。


「……お父様。わたくし、たった今お兄様に追放を言い渡されましたわ」


国王は力なく顔を上げた。

「エカテリーナ……すまぬ。各地でお前の名を使った悪政が報告されており、貴族たちの不満も限界なのだ。アルベルトの独断とはいえ、今の余にはそれを止める力がない」


「ふん。お父様まで、あのマリアとかいう小娘の流したデマを信じていらっしゃいますの? ……いいですわ。わたくし、各地に行って直接確認して参ります」


エカテリーナは扇子で国王が広げていた帳簿を指した。

「わたくしが糸を引いていると言われている悪行の数々……それが誰の差し金で、誰の懐を肥やしているのか。この目で確かめ、わたくしの名を汚した不届き者たちを、一人残らずわたくしの前に跪かせて差し上げますわ」


「……お前、ワシを泣かせるようなことを……」


親バカな国王がハンカチで目頭を押さえだした。


「勘違いしないでくださいませ。わたくしは、自分が老婆になった時に平和な国で優雅に暮らしたいだけ。この国が数年で滅びるような事態は見過ごせませんの。……行って参りますわ、お父様」


「待ちなさいエカテリーナ、これを持っていきなさい」


国王は懐から手のひらサイズの板をエカテリーナに手渡した。

板には王家の紋章が描かれている。


「これは歴代の王に受け継がれてきた王家の魔法刻印じゃ。持ち主の望んだ程度に周囲に認識阻害の魔法を自動発動する。他にも国内での契約、法律などの決めごとを自由に改訂できる。しかも即効性じゃ。はて、他にも何か効果があったような……」


「お父様、そんな物騒なものすぐに処分しませんこと?」


「いや、壊せんし捨てられんのじゃよ」


「迷惑な家宝ですこと。それをなぜわたくしに?」


「ほっほっほ。ただの親バカじゃよ。おまえなら悪いようにはせんじゃろて」


普段表情を変えないエカテリーナは珍しく渋い顔をしつつ板を受け取り懐にしまうと、執務室を去った。


深夜。王都の巨大な石造りの門の前に、数人の影があった。

王宮から持ち出したとは思えないほどの巨荷を背負ったハチが、鼻息荒く待機している。


「お嬢様、遅いですわ! 黄金のパンで有名なベルン領までの最短ルートと、道中の美味しい串焼き屋の営業時間はチェック済みですよ!」


「……ハチ、騒々しいですわね」


エカテリーナが姿を見せると、闇に溶け込んでいたアンと、あくびをしていたリズが歩み寄った。


「アン、そちらの準備は?」


「はい、姫様。わたくしが不在の間も支障が出ぬよう、専属の執事と侍女たちには事情を説明し、指示を飛ばしてあります。わたくしの実家への報告も『姫様の巡検に帯同する』とだけ伝えてありますので、問題ありません」


アンは眼鏡のブリッジを押し上げ、表情を一切変えず報告した。実家からの信頼も厚い彼女ならそれで問題ないのかもしれない。一方で、リズはふわふわとした笑顔でエカテリーナの腕に抱きついた。


「リズはどうしましたの? ご家族には伝えてきたのでしょうね?」


「え? うふふ、何も言ってませーん。お部屋に『ちょっとお散歩に出ますー』って書き置きだけしてきました。バレたらきっとお父様、泡吹いて倒れちゃいますねー」


「……あなたという人は。リズは何も考えていないのか、それとも大物なのか……」


エカテリーナは呆れたように溜息をついたが、その表情にはどこか信頼の色が混じっていた。


「まあいいでしょう。……ハチ、出発しますわよ。まずはその……黄金のパンでしたかしら? 案内なさい」


「はいっ! お嬢様! レッツゴー・グルメ世直し旅です!」


巨大な大門が重々しい音を立てて開く。

追放された毒舌姫、剣と滞りのない事務が好きな眼鏡令嬢、そして周囲に置手紙一つ残してついてきたおバカで最強の魔法オタク、そして観光マニアのメイド。


「さあ、わたくしにあらぬ罪を被せた愚か者どもを片っ端から成敗してやりますわ!」


一行が夜の街道へと踏み出したその先で、何者かが自分たちを監視していることなど、この時の彼女たちはまだ知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ