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はいってきたキムネコさんを見て、カナリアさんは顔をしかめられました。
「キムネコ、なにしてきたの?」
彼女から漂ういやに甘ったるい香が鼻についたらしい。
いかにもな人工的に作られた甘露。
なるほど、鼻の奥と言うより、喉の奥にへばり付くようだ。
「仕事よ、仕事。それより、貴女こそ如何したのよ?」
服の上からも患部圧迫のため包帯を巻かれた腕を訝しげに見て、キムネコさんは問いかけた。
やはり、カナリアさんが怪我をすることは希有なことであるからだろう。
廊下をすれ違う者達もおやっ?と言うような目線を向けてきたのも頷ける。
カナリアさんは、あー、と唸ると、ぼそりと呟いた。
「仕事でミスった。」
「やっぱり!もう、貴女また巫山戯てたんじゃないでしょうねえ!」
「うあー、もう、だからキムネコには知られたくなかったの!今回ばかりは真面目にやってた!」
「信じられないわね!」
ふん、と腕を組むキムネコさんに、カナリアさんはその売られた喧嘩は倍で買う主義というか、元気の良さというか、落ち着きのなさというか。とにかく、それら人の上に立つものにはあってはならぬ子供っぽさを持て余し、腕を振り上げて怒ろうとした。
怪我をしていることを忘れ。
「っ!!ああ!もう!」
「ちょっ、カナリア!患部は動かしちゃ駄目よ?」
「どの口が言う!元はと言えばキムネコのせいなのよ!」
「はあ?私のせい?なんでよ。」
「キムネコの情報が正しかったら、もう少し気をつけてたもん!」
言わんとしていることは分かるが、猟師はウサギを狩るのにも本気になると言う言葉のように、小さな事にもなめてかかることなく、真摯に向き合ってほしいものだ。
ただでさえ、死と隣り合わせの仕事なのだから。
カナリアさんから情報のミスを指摘され、キムネコはピクリと肩をふるわせた。
そもそもこの女がこの組織に来てから割り出した情報っ間違っていたことはなく、自他共に認める腕前の技術を持っている。
彼女の前では、敵も味方も本当しか吐けない。
知っている本当しか吐けなくなるのだ。
「私の……情報が間違えていた?」
「その話は此方からするよ。キムネコ、急に読んで悪かったね。」
「いえ。」
一つ礼をしてからキムネコさんはボスの方に向き直りました。
「さて、どうやら私達と戦いたいって子達がいるみたいでね。いやに手を回してちょっかいを出してきているみたいなんだ。」
「ボスゥ小さいのならば早々に始末しよう。子供は嫌いじゃないけど、おいたが過ぎるのは嫌だよ。噛み付いてくる子にはメってしてあげないと。」
「ええ、子守していて此方の仕事の出来が疑われるのは心外です。」
腹立たしげに即決を促す二人にボスはふと笑われました。
腹の内に黒いなにかを隠した長閑な昼の梟が穏やかに笑みを溢されます。
「君たち二人は、一生子供を持てなさそうだねえ。」
「ボス、それは二人に失礼ですよ。と言うか、セクハラです。」
無表情な声色でツクがボスを窘める。
ごめんごめんと謝りながら、ボスは未だに笑っておられた。
「さて、私も例にもれず子供の世話は出来ない人種だ。さっさと始末したいのだけれど、今回ばかりは相手が悪い。」
ボスがそうおっしゃられると、カナリアさんもキムネコさんも訝しむように眉根を寄せられます。
いつものボスであれば、どんな相手だろうとどう対処するかを笑顔で話されます。
策を幾つも持ちだし、幹部の方達と練り合わせ、此方より強大なチームも潰して裂いて崩壊させてきた。
そんな彼の方のここまで苦心げな、悩ましげな様子は初めて見た。
自分よりも長く仕事を共にしているお二人もあまり見たことがないのでしょう、不安を感じ取っているのか、その身から放たれるピリピリとした気配を感じるのか、どこか落ち着かない様子です。
「どうやら、国家機関に目を付けられたようだね。」
「……警察?」
「そうだね、カナリア。」
どこか合点がいかないように、カナリアさんは首をかしげられます。
それから、腕をさすりながらぽつりと呟かれました。
「ふーん。警察ってやっぱり凄いのね。」
「カナリアって大分世間知らずよね。警察には……まあ、お世話になったからねえ。いい思い出はないけど。」
キムネコさんも深くため息をつかれます。
「私が引き出した情報も、警察が関わって大幅に状態が変わったって事ね。しかし、弱小組とは言え、無法者、無頼漢お集まりと協力関係を結ぶとは。」
「大の成果のためなら小の犠牲は躊躇わないとね。」
肩をすくめるボス。
カナリアさんはたっとボスの机に寄り、顔を覗き込まれました。
「ボス、如何するの?」
「どうしようもないね。今は、静にしてようか。」
カナリアさんの髪をそっとすくように撫でると、ボスはツクに言付けをします。
「明日、早朝から会議をするよ。幹部を全員集めるんだ。」
「かしこまりました。しかし、遠方にいかれている方々は如何しましょう。」
「緊急でない限り呼び寄せて。本部三階会議室、朝の十時から。」
「承知いたしました。各位にお仕えいたします。」
慇懃な礼をするとツクは急ぎ足で出ていきます。
「聞いたね、二人とも。カナリアはもう帰っていいよ。キムネコは今の仕事を明日までに終わらせなさい。」
ボスの言葉にお二人は同時に頷かれました。
「うん。行くよ、イカル。」
「お車回します。」
「わかりました。行くよ、さっきのお客様はまだ幸せそうかしら。」
「はい、もうすぐ口を割るでしょう。」
***
こんにちは、まりりあです。
大分間が開いてしまい申し訳ないです。
まだ続きますよ!次回は沢山キャラクターが出てくる予定ですが、設定つめられてないのでまたお待たせしてしまいそうです。
早く書き終わるよう、努めます!
では、また次回。