10
思えば、仕事として認識してから新しく増えたシステムにもようやく慣れてきた。
私の糸に絡め取られた者達は、皆一様に美しく鳴く。
ああ、もっと聞かせて、
私はその声が大好きなの。
「キムネコ。あなたは本当に悪趣味ですね。」
「…………ヒバリ。暇なのかしら?」
「いいえ。ただ、今日は仕事がないだけです。」
つまり暇なんだろう。
しかし、同じ幹部に仕事を見られるのはどこが居心地が悪いのだが。
「暇ならカナリアのところにでも行きなさいよ。彼女も暇なら遊んでくれるでしょう。」
「残念ながら、彼女は今日お仕事です。」
今頃県外かな…と言った彼。
私もお仕事中なのだが。
消して静かとは言えない私の仕事部屋で、彼と私は大きな声で言い合った。
「私も暇では無いのだけれど。」
「ええ、ですから時間はいただきません。このままここで見ています。」
話が通じない彼を追い出してもらいたい。
私はやり辛いからいて欲しくない。ちらとコサギの方を見ると、無理無理というように首を振った。
いつもなら邪魔な者達を排除してくれる彼女でも流石に幹部相手は無理なのだろう。
ヒバリの補佐……クイナとかと言ったか。あいつは今日はいないのか。
いつも立っているヒバリの斜め後ろを見ても、そこには今日はだれもいなかった。
視線に気が付いたのか、ひばりが、ああ、という。
「彼は今書類整理中です。」
「手伝ってあげなさいよ。」
「いや…それがですねえ。僕あまりに書類仕事が下手過ぎて、ついに部屋から追い出されました。」
「馬鹿なの?」
「カナリアもそうでしょう。僕だけじゃない。」
「あの子は……まあ、そうね。」
いつか部屋の前を通ったとき、いつも静かなイカルの声が聞こえたと思ったら、服をインクだらけにしたカナリアが出てきたのはいい思い出だ。
任務終わりは服を血だらけにするし。
彼女は服を汚さなくては生きられない呪いにでもかかっているのか。本気で心配になる。
それ以外のところは……まあ、子供っぽいところはあれど、なかなかこれがどうも仕事が出来る。
それに私としては、彼女には返しきれない恩があるのだ。
そう、この一生と、この技術を彼女に、そしてこの組織とボスに捧げても足りないほどの恩が。
「はぁ……キムネコ。あなたは些か彼女に甘い。その甘さの一ミリでも僕に分けてくれればいいのに。」
「ふん。嫌よ。彼女は特別なの。」
「おや、あなたもですか?あなたも彼女に拾われたたちですか?」
拾われた。そう言われると何か自分がネコにでもなった気分になる。まあ、キムネコという名前をもらって、ネコみたいで気に入ってはいるが。
「………あなたもそうだったわね。」
「ええ。そうだ、話してくださいよ、その時のこと。」
「…………。」
一瞬戸惑った。
今も昔もやってることは変わらない。でも、
あの頃の私は、今の自分でもよく分からない。
信仰のために殺すのは、殺人と自覚せずに殺すのは、悪いことのはずなのに。
あの頃やっていたことが間違っていたとは思えない自分がまだいるのだ。
「……そんなに面白い話でもないわよ。」
「僕もです。この組織に入っている人が、その理由が愉快なものであっていいはずがない。」
ここは愉快ではない世界なのだから。
彼はそう言って笑った。
こいつの、そういうところが嫌いだ。
私がいたのは、そう、小さな小さな教会だった。
子供の頃は、神様の声が聞こえていた。
神様は何時だって深い深いため息をつかれていた。
そのため息を私はいつも聞いていた。心苦しく思っていた。
なにがそんなにその方を苦しめるのか。
何をしたらその人は安らかに笑ってくださるのか。
私には分からなかった。
ただ一つ、知ったことがある。『快楽』と言うものは誰にでもあると言うことだ。
それに捕らわれたものはすべからず、穏やかな顔で死んでゆく。
私が神にのぞんだ穏やかさがそこにはあった。
だから私は、十字架を片手に、聖書の言葉と共に、聖歌をその悲鳴と快感から上がる嬌声とをハモりに歌い、殺した。
人々を救い続けた。
皆一様に、神への感謝を唱えながら死んでいった。
何もかも吐き出して、懺悔して、救いを喜びながら。
いつからか、私に耳に神の声は聞こえなくなっていた。
『初めてなの、教会に来るのは。私は無神教者だけれど参加していってもいいかしら?』
日曜のミサ。いつもと変わらない救いを求める人達に混ざって幼い少女がまざっていた。
可愛らしい容姿の彼女は、にっこり笑って私の顔を覗き込んできた。
私も微笑み返した。
『ええ、勿論です、ようこそ。空いてる席にお座りください。聖書と聖歌の本はお持ちですか?』
『残念だけど、何も持ってないの。』
『あら、ではお貸しいたします。今日捧げる歌はパンフレットに載ってます。本にしおりも挟んでありますので、ぜひご一緒に歌ってください。』
彼女は、分厚い二冊の本を受け取ると、ありがとう、とだけ言って一番後ろ右端の席に座った。
顔なじみの方ばかりなので、こうした新しいお客様はなかなか珍しい。
神父にも連絡して、私は自分の仕事をするべくいつも通りの行動に戻るが、どうもそわそわしてしまう。
オルガンを弾いているときも、歌う声の中に聞き覚えのない可愛らしい声がまざっているのを聞くと頬が緩む。
あんなに幼い子までもが神の救いを求めるとは、まったく世も末だ。だが、神がより多くの人の心に広まるのは良いことだ。
すべからず予定を終え、いつもならお茶会と私の仕事が始まる。
彼女はそさくさとひと間に紛れ、帰るらしく出口に向かっていた。
『ちょっとお待ちください。』
声をかけると振り返る。
何か?と笑った。
『い、いえ。このあとお茶会があるのですが、ご一緒にいかがかと思って。』
『まあ、お茶会。いいですね。』
惹かれたように微笑む彼女は肩からかけた鞄についた懐中時計の蓋を開けて表情に影を落とす。
『ああ……ごめんなさい。こんな時間だわ。このあと、予定があるの。』
『そ、そうですか。』
『ええ、またの機会があったら参加させていただくわ。』
『はい。ご予定があいましたら、またお越しください。』
そうするわ、と彼女は笑うと、ぺこりと頭を下げて出ていった。
次きたときは、私のお仕事も見せてあげたいわ。
『あなた、とても凄いのね。』
『え?』
仕事終わり。教会の礼拝堂。仕事道具も手に持ったまま祈るでもなく佇んでいた。
背後から聞こえた声にゆっくりと振り向く。この教会には、もう人はいないはずだったのに。
『……お嬢さん。忘れ物でも?』
『いいえ。勧誘にきたの。』
そう言って彼女は此方に歩いてきた。
その靴音が高く響く。
感覚が敏感なほど研ぎ澄まされた私の耳や肌には、彼女の息遣いやまばたき、体内の心臓の鼓動、血液の循環までも感じられるようだった。
その全てが私の肌を滑り擽っては、私に笑みを溢させる。
『笑っているの?』
『はい。あなたがあまりに魅力的だから。』
『あら、ありがとう。あなたみたいな綺麗な方に言われると、悪い気がしないわ。』
彼女は私の目の前で立ち止まると、すっと手をさしだした。
私は戸惑う。
この手はなんの手だ?
神の声は聞こえなかったが、この彼女が差し出す手は、神のそれには思えなかった。そう、まるで夜の女王の手招
き。
どこまでも誘われる。
『なにに、私を誘うつもりですか?』
『神の使いであるあなたを誘うには、罰が当たりそうなこと。』
『犯罪?』
『あるいは。』
嫌?と首をかしげる彼女に私は静かに首を振った。
行きましょうと、簡単に首肯するにはきっと彼女は危なすぎる。
それでも、言いように思えるのも、また彼女の鮮やかな魅力なのだろう。
『お給金は充分出すわ。あなたなら、すぐ幹部にだってなれる。』
『お偉い方にはなりたくありません。神のもと、人は平等なのですから。』
『ええ、平等よ。でも、神のもとではなく、あなたの力のもと。ね。』
彼女は私の手を引いて教会を出る間際、お茶会をした部屋の方をちらと眺める。今頃あそこには、神のもとへ導かれた人々の器が蜘蛛の糸のように張りめぐらされた私の糸で一つの作品をなしている。
彼女はその糸を私の力と言ったのだろうか。
神と同じように人を平等にしえる力をその糸は持つのか。
『私の仕事は、神に取って代わりはしないです。神は偉大ですから。』
『なら悪魔にでもなりなさい。神にたてつく悪魔にでも。』
手を引いた彼女はふふっ、と楽しそうに笑った。




