64話 緑風石の力
そうして僕は、グランテイルに渡る準備を開始した。
と言ってもまあ、特別な事をやるつもりはない。敵地に乗り込むというわけでも無いだろうし、精鋭の護衛を連れていくつもりもなかった。冗談じゃない。
とはいえ、万全の準備をしておきたいという思いはあった。カラン周辺は熱帯地方で、薬草が豊富だ。それらを集め、多彩な薬を作成した。治癒薬や魔法薬はもちろんの事、解毒薬や強壮剤、痛み止めや胃腸薬など、作れるものは作った。これらはバレンティナさんにもらった本がとにかく役に立った。
カランはジャムルに近い。目と鼻の先だ。元々カランはジャムルの外港だったらしい。ジャムルは古い街だ。遥か昔からノームたちが住んでいたらしい。僕はノームたちに薬や食料を格安で売り、感謝されていた。
その日もジャムルで薬の販売をしていると、シルヴィオさんがやってきた。
「やあ、フェイ君。良かったら、家にこないか? ご馳走するよ」
そう言ってくれるシルヴィオさん。
「ありがとうございます。ぜひ」
僕は喜んだ。
ノームの料理は美味しい。彼らは肉類をあまり食べないので、派手さには欠けるが、繊細で手が込んだ料理を作ってくれる。僕はとても好きだった。
その日も野菜料理を作ってくれた。パパイヤやゴーヤを炒めたものだ。とても美味しい。
「美味しいですね。ただ、いつもより味が濃いような」
僕は言った。
「わかるかい。今日はコーネルディップを隠し味にしてみたんだ」
そう言うシルヴィオさん。なるほど、それは美味しいだろう。
食後のココナッツミルクティーを楽しんでいると、シルヴィオさんは言った。
「フェイ君、君はずいぶん僕達に良くしてくれるね。それはどうして?」
そう聞くシルヴィオさん。
「そうですか? 僕は特にそうは考えてないですが」
僕はそう言った。
「……そうか。いや、人間やドワーフと言うのは常に上を目指す生き物だと思っていたからね。僕達なんかに構ってくれて心苦しくてさ」
そう言うシルヴィオさん。
「気にしないでください。まあ、僕も錬金術師としてもっと上を目指したいという想いはありますけどね。今度グランテイルにも行くことになりましたし、何か新しい物を吸収したいという思いはあるんですよ」
僕はそう言った。
シルヴィオさんは横を向き、少し考えていた。意を決して、こう言った。
「君は緑風石の力を知っているか」
そう言うシルヴィオさん。
緑風石。エリクサーの材料だ。ノームたちが隠しているというのは聞いたことがある。強い力を持っているらしい。以前、一つ貰ったはずだ。
「多少は……、しかし、それ程強力なものなのですか?」
僕は聞いた
「そうさ。実はさ、あの死神が占領していた鉱山は緑風石の産地なんだ。あいつらもきっとその評判は知っていたと思うんだよね。風の精霊の力が借りられるこの石は、剣にすれば強く、槍にすれば強く、弓矢にしても強い。まさに最強の鉱物の一つさ」
シルヴィオさんはそう言った。
「そうなんですか。それなのにどうして武器にしないので?」
僕は聞いた。
「僕達は武器を好まないからね。仮に作ってしまえば、いずれはファーランドや他国にも真似されて大変なことになるよ。だから長年ずっと隠してきたのさ……。まあ、今は平和だしそんな物騒なものを作る必要もないだろうけどね」
シルヴィオさんはそう語った。
「そうですか。しかし何故そんな話を?」
僕はそう聞いた。
「何故だろうね。ま、僕も君が気に入ったのさ。あの緑風石で、君は何を作る?」
そう聞くシルヴィオさん。
僕は考える。だが、嘘はつきたくない。
「そうですね。杖を作りたいですね」
僕は言った。
「杖か……。どうして?」
そう聞くシルヴィオさん。
「僕は錬金術師で、戦う力を持ちません。しかし風の精霊の力を借りれば、仲間を守ることができるでしょうから」
僕はそう言った。
「そうか。君に話してよかった。餞別だよ、受け取ってくれ」
そう言ってシルヴィオさんは黒い箱をテーブルに置いた。彼が開けると、中には美しく輝く栗の木の枝が入っていた。
「素晴らしい枝ですね……。これを頂いても良いので?」
僕は聞いた。
「ああ。良い杖を作ってくれ。……まあ心配ないとは思うけど、これは内緒だよ。悪用するなら許さないからね」
そういうシルヴィオさん。
「肝に銘じます」
僕はそう言った。