24話 トカゲと香辛料
湖の国の朝は涼しい。
爽やかな風が吹く。まあ、ちょっと湿気が多いので体調を崩す人も居るらしいけど、僕は大丈夫だ。
その日も僕は湖を眺めていたのだが、よく見るとたくさんのトカゲ男が泳いでいた。
……まあ別に、珍しい事ではない。ここで暮らしているリザードマンは少なくないし、湖の上にある島にはリザードマンしか住んでないらしい。
とはいえ、そういう風でもなく、たくさんの荷物を岸辺に置いて泳いでいるようだ。楽しそうである。
僕は邪魔しちゃ悪いと思い、店に戻った。
太陽が高くなってくると開店する。この店も評判になったし、ファーランド共和国との和平も成立して、国の兵力や経済力にも余裕が出てきたようだ。当然、この店も異様に発展している。ありがたいことだ。
「やあ店主さん。良かったら、これどうぞ」
そう言って常連のおばちゃんが腸詰をくれた。
「いつもありがとうございます」
僕は受け取った。しかし普通の腸詰とはちょっと違うようだ。赤いし、ちょっとグロい。
「これは?」
僕は聞いた。
「内臓と血の入ったソーセージですよ。このあたりでは昔からよく作るんです。お気に召しませんでしたか?」
そう聞くおばちゃん。
「いや、とんでもない。ありがとうございます。ただ、見たのは初めてだったので、つい」
僕はそう言った。
「ファーランドとの交易が途絶えて、塩の輸入が止まってましたからね。保存食も作れないんじゃあ、戦争なんてできないと思うんだけどねえ」
そういうおばちゃん。おっしゃる通りだ。
「おばちゃんも戦争には反対なので?」
僕は聞いてみた。
「そりゃそうだよ。冗談じゃないね。私の夫も兵士だしさ。まあ、今の姫様はあんまり戦争が好きではないみたいだけど、前の王様は酷かったからね。あ、今も王様ではあるんだっけ?」
そう言うおばちゃん。
「まあそうですよね。ファーランドとの和平が成立して良かったですね」
僕はそう言った。
「ほんとだよ。でもどうして成立したんだろうね? お偉いさんの考えることはわからないよ」
おばちゃんはそう言った。
「グランテイル帝国のせいやで」
緑のトカゲ男がいきなり店に入ってきて言った。ドミニクではないようだ。まあトカゲ男の違いなんてあんまりないからよくわかんないけど。
「グランテイル帝国? そうなのかい?」
おばちゃんは聞いた。
「せやで。帝国の連中がファーランドを攻撃しとるらしい。それでファーランドの連中も慌ててコーネリアと和平したっちゅう話や」
そういうリザードマン。商人だろうか。
「へえ、そうなんだね。さすがリザードマン、物知りだねえ」
感心するおばちゃん。確かに物知りだな。
「ワイはカンタンっちゅう商人や。ドミニクとはまあ友達やな。店主さん、良かったらそのソーセージをくれんか。ワイの好物なんや」
そういうカンタンさん。
「いいですよ。おばちゃんの作ったものなので、渡しちゃうのはちょっと気が引けますけどね」
僕はそう言った。
「私は構わないわよ。面白い話も聞けたしね」
そういうおばちゃん。僕はソーセージを渡した。
むしゃむしゃと食べるカンタンさん。凄く美味しそうだ。
「あー、美味いなあ。コーネリアの飯は味がしっかりしてて好きなんや」
そういうカンタンさん。
「良い食べっぷりだね。作った甲斐があるってもんだよ」
そういうおばちゃん。
「ま、本来は商売に来たんやけどな。何か欲しいもんでもあるか? 色々あるで」
そういうカンタンさん。
その袋には様々なものがあるようだ。目立つのはスパイス。このあたりでは決して手に入らない極上品の数々だ。
「スパイスが多いですね。それを扱ってるのですか?」
僕は聞いた。
「お、お目が高いな。そうなんや。格安で譲ったるで。銀貨一枚で胡椒一瓶、どや?」
そう聞くカンタンさん。
「あり得ない安さですね。本当によろしいので?」
僕は聞いた。
「ああ。ま、本音を言うと、ファーランドの状況をあんさんに伝えるのがメインの役目なんやけどな」
そういうカンタンさん。そういうことだったのか……。
「つまりカンタンさんはこの国の人なんですか?」
僕はそう聞いた。
「いや? ファーランドの商人やで。情報屋はおまけや。それで胡椒は買わんのか?」
そう聞くカンタンさん。
「もちろん買いますよ。良かったらこちらのシナモンも売っていただけませんか」
僕は言った。
「お、ええで。そっちも銀貨一枚な」
そんなわけで、僕はカンタンさんからスパイスを購入した。