八話目
――メアが来なくなって、すでに一週間が経過した。彼女は確かに高貴な身分の生まれだろうが、この鍵があるのはおそらく王宮だ。ましてや彼女はまだ子供である。手に入れるどころかまず入ることすら難しいだろう。
そして――来なくなったのはメアだけではないいつも俺のところに食事を持ってきてくれていた青年も、三日前から来なくなってしまった。新たに任命された配給係や、兵士たちに聞いても口を閉ざすばかり。一向に手がかりを得ることが出来なかった。
「はぁ……暇だなぁ、おい」
「ガウ」
適当に返事を寄越す椅子ウサギ。メアが来ないのがそんなに悲しいのか、ずっと魂が抜けたようになっていた。全く誰に似たのか、女好きもいい所だ。
「まぁ……これがあの子のためだ」
罪人に関わっているのを見られたら、最悪殺される。また、そうでなかったとしても拷問され、心も体もずたずたにされるのがオチだ。いくら子供とはいえ、減刑されるとは考えにくい。
「グゥ……」
つまらなそうにため息をつく椅子ウサギ。本当に落ち込んでいるようで、その後ろ姿からは何とも言えない哀愁が漂っていた。
……仕方ない。ここは慰めてやろう。なに、俺も失恋なんて一度や二度――
「ッ!」
「おわっ!?」
そばに寄ろうとした瞬間、ものすごい勢いで身を起こす椅子ウサギ。すると一瞬で壁の端から穴のところまで駆け寄った。数拍置いて、外される石。そこから伸びてくる白い腕。
恐る恐るそちらに寄りつつ、ゆっくりと囁くように尋ねた。
「メア?」
「ええ、そうよ。久しぶり」
「ガウ! ガウ!」
やはり、メアだ。興奮しているのか、少しばかり息が荒い。同様に椅子ウサギも息を荒くして彼女の元にすり寄っていた。慰めてやろうとした俺の優しさを返してもらいたい。
どうどう、と手で椅子ウサギを制しつつ、
「あの、椅子ウサギさん。ここ、壊せますか?」
「グルゥ」
頷き、じりじりと壁から距離を取る椅子ウサギ。メアもそれを見て危険を察知したのか、壁の向こうへと姿を消した。
一拍おいて、椅子ウサギはグッと四肢を収縮させたかと思うと――
「――ッ!」
目にも止まらぬ速さで突進し、目の前の壁を粉砕した。いなかったからよかったが、もしそこにメアがいたら避けることすらできず串刺しになっていただろう。そう思えるほどの凄まじさだった。
「ありがとう」
「グゥ……」
しばらくしてトコトコと歩いてきたメアは優しく椅子ウサギの頭を撫でたかと思うと、俺の方に寄ってきた。その手には――いくつもの鍵の束が握られている。
彼女はまず手近にあった一本を取って鍵穴に差し込んだ。が、それはハズレ。すぐさま次の鍵を手に取った。
そんな彼女を見ながら、ゆっくりと問いかける。
「お前……本当にとってきたのか?」
正直、予想外だった。きっと鍵を入手できないまま強引に外に連れ出そうという魂胆かと思っていたのだ。だが、彼女はフルフルと首を振り、
「ええ。でも……実は私だけで集めたんじゃなくて、手伝ってくれた人がいたの」
それを聞くと同時――不意に湧き出る嫌な予感。出来ることなら、当たってほしくはない。しかし、彼女はなおも言葉を継げる。
「その人はここで働いていて、あなたとも面識があるって言ってたわ」
「……もしかして、若い男か?」
「? ええ、そうよ。黒髪で、優しそうな男の人」
――まだだ。まだ、わからない。黒髪はたくさんいるし、子供に優しくする男もたくさんいる。まだ、特定するには早すぎるだろう。
そんなことを考えつつ、俺は次の質問を投げかけた。
「その鍵は、いつもらった?」
少しばかり、声が上ずっているのに気付いた。心臓もまるで自分のものでないかのように暴れまわっている。こんな感覚は久しぶりだ。
メアは相変わらず鍵を鍵穴に差し込みつつ、
「ちょうど三日前よ。受け取ってから日が経っているのはごめんなさい。ちょっと準備をしていたから」
最後の方はほとんど耳に入っていない。今はただ――その事実に驚愕するのみだった。