21話 天水城の仕事・文
投下します。
感想ご意見、ここそうしてみたら?とかあれば気兼ねなくどうぞ。
事件の日から何日か経ち。李儒さんが自害し部下の蘇胤という人が何者かに殺されたことで混乱していた城内も、今は落ち着きを見せている。二人が死んだ日から、董卓さんと賈駆さん、張遼さん等は地方の豪族達に一連の説明をしたり、城下の見廻りやら後始末やらに追われたりと忙しなく動いていた。
それも今では平穏とは行かないまでも、こうして俺が薺さんの執務室で机に向かって竹簡と睨めっこしている事から平和だと言える筈。
……言えるよね。言えると良いなあ。
「それでも俺は元気です。元気溌剌? いいえ辛辣です」
「日向君。最近思うのだが、君はたまにおかしなこと言うのだね」
「察して下さいよぅ。そういう意味の分からない事を言う俺の心情を」
同情はしてやるよ、と。薺さんが苦笑しながら手元にある竹簡に再び目を通し始める。
直ぐ近くの机では睡蓮さんが竹簡に目を通し、何も書いていない別の竹簡に筆で何かを書き加えるという作業をしていて……凄く、手慣れて見えます。
俺も諦めて手にある竹簡に目を通す。竹の手触りにももう慣れ、「おー竹簡だー」なんて現代では触れる事が無かった物に触れて感動していたのも、今は昔。いや七日前の話だけど。
……李儒さんとその部下が死んだ日、俺はこれからどうするか賈駆さんに問われた。
死んだ李儒さんの取り巻きの一人、唯一生きているであろう馬扁という人がいつの間にか城内だけでなく天水から居なくなり、東の書庫に保管していた竹管も幾つか消えていたそうだ。また同じくして武官も一人、天水から消えた。名は牛補という。恐らく逃げた馬扁……いや、"李儒"というべきなのだろうか。同時に居なくなった事からあの人と関わりがあるのは明々白々。取り敢えず、賈駆さんは李儒さんの邸宅から財産と土地の権利書を没収した。
とにかく。約束の一つであった、賊に集落の襲撃をけし掛けた犯人の捕縛については"表向き"に片はついた。けど集落の安全が完全なものになってない以上、俺はまだ董卓さんの所に厄介するしかない。そう言ったら賈駆さんも予想はしていたらしく、了承してくれた。
あと、法正さんは益州の劉焉さんの所に行く為のお金を上邦の賊に奪われたらしく、面白ついでに董卓さんの所で客将として居座り路銀を一先ず稼ぐそうだ。……というか面白そうって。
まあしかし。俺はあの李儒がこんな簡単に攻略される訳が無いとは思っているが、自害したと言われてる李儒さんは実は本物だったのかもしれない。でも逃げた馬扁という人が本当の李儒なのかもしれない。今となってはそれを確かめる手段も方法も無いけど。
「えーと、これが今年の収穫高。んでこれが昨年、これがその前……あれ。この地域と比べると少ない」
そして俺の今の状態がこれである。収穫高の纏めというかもう文官のお仕事やっています。何故だ。
最近気付いたけど、ここで使われる言語は何故か日本語だが、文字は中国語、というか漢文である。俺は現代で古文も漢文も粗方学んで目を通していたから最初は兎も角、今ではあまり苦は無く訳せるのだが……解せぬ。どうしてこうなった。
確か……そうだ。薺さんの机にあった竹簡を俺が興味本位で覗き、それを読み上げてた所を薺さんに目撃され、忙しい筈である賈駆さんの耳に入り、
「アンタ読み書き出来るのね? 丁度良かったわ。手伝いなさい」
完全に藪蛇でした。いや良いけどね、仕事手伝う位は全然。
結局。上邦で捕らえた賊は一定期間労働力として天水で奉仕し、天水の人が上邦で復興活動をすることとなった。襲った賊が再び目の前で復興するとしても、民からしたらとても許せるものではなし。当然と言えば当然。それに証人として用意してた賊将さんも無駄になったなぁ……郷里の母親をダシに脅されていたらしいけど、実際人質にしてはいなかったらしく。賊将の人は郷里の母親の下にそのまま戻ったらしい。
……あの賊将が俺と別れる際、俺を親分とか言っていたのは気のせいだと思いたい。
ともあれ。
「薺さん思った事があるんで一つ質問したいんですけど」
「なんだい。霞の酒代の請求書がそっちに回りでもしたか?」
「そんなのあんの!? いや、じゃなくて。文官の数ってそこまで足りないんですか?」
見ていた竹簡から視線を上げ、薺さんは俺を見て来るが直ぐに視線を元に戻す。
「何故そう思う?」
「普通に考えておかしいですよね。俺が今やってる事って重要は重要ですけど、これ大体は文官の人がやることですよね? 薺さんは文官兼武官ですけど、どちらかと言うと武官寄りだし。その武官寄りが今俺がやってる文官の仕事よりも上の仕事こなして……しかも董卓さんに仕え始めたばかりの睡蓮さんに至っては、薺さんと同じ懸案の処理って。普通におかしいって思いますよ」
カランと。持っていた竹簡を広げたまま机に置き、薺さんは大きく溜め息を吐いた。
「やはり分かってしまうか。確かに文官は足りない……と言うより、内政を任せる者。抜きん出て秀でた才人が足りない、と言うべきなのかな」
「あの。差し出がましい様ですけど、優秀な者が少ないと言っていますが文官の皆さんは普通に仕事をこなしてますよね。それでも人手が足りないんですか?」
「睡蓮君、仕事が出来るからと言って優秀とは限らないんだ。今居る文官達は軒並み出来るが、それだけだ。特別に優秀という訳ではない。今はその特別に優秀な詠や睡蓮君、微妙だが音々君……ああ今城内には居ないが陳宮という子が居るが、今はその三人に期待するしかないな。何故なら」
ほら、と言って竹簡を掴み俺達に見せる。
そこに書かれていた頭文字は「上申」とあった。
「本来詠の所に行くべきモノが私の所に来るという不手際がたまにある程だ。全く辟易する」
「あの、私は別に優秀と言う訳ではないんですが……」
「謙遜を。期待してるさ未来の軍師殿」
「そっ、そんな期待されたら困りますよっ!」
喉を鳴らして笑う薺さんに必死に異議申し立てているけど、睡蓮さん。アナタ近い未来麒麟児とか呼ばれて目立つから頑張って下さい。
「そ、それはそうとひなたさん。私もひなたさんにずっと聞きたかった質問があるんですが」
「うん?」
「どうして上邦での作戦、私が立案したことになっているのでしょうか」
「良いでしょ別に。俺は手柄なんて今は興味無いし、注目されるのも御免だしね」
「それは、ひなたさんのご自由ですが。どうしてそう頑なに自分を過小評価しているのかと」
「それは私も気になる所だね。君はもっと自分の力を出し、売り込んでも良い筈だ。事実それだけの才があると私は見ている。なのに」
「それは育った環境が悪かった……としか言えませんね。どうしても自分を内に内にと収めようとする。良くも悪くも、こういう人間なんですよ。自分は」
二人は顔を見合わせて良く解らないといった表情をしている。まあ、当然と言えば当然。理解出来る訳が無い。
「それはそうと薺さん。収穫高について纏め終わりましたよ」
「む。そうか早いな。ご苦労だった」
「ただ、一つ疑問が」
「なんだい?」
「田畑の数の割に収穫量が少ない上、農産物の種類も少ない気がしますけど、これって何か理由があるんですか?」
「ああそれか。その土地はあの李儒の管轄でね、収穫に関しては大方横流しをしていただろうが、農産物の種類が少ないとは?」
「稲、麦、稗に粟。人参に芋。まだありそうだけど、これは……収穫量が少ないのは土地が痩せている、もしくは風土に合っていないから? 農産物は大豆とキャベツがまだ……それと肥料は生ゴミと人糞を……でも人手が……」
「おーい日向君。自分の世界に入らないでくれ。というか今人糞って聞こえたけど聞き間違いかな」
「薺さん大丈夫です。私も聞きました」
「なら余計駄目だろう。人糞を何に使うんだ」
「とすると……あっ、すみません薺さん。ちょっと賈駆さんに言ってみたい事があるので竹簡何個か貰っても良いですか?」
「ああ。それは構わないが、何をするんだ?」
「いえ。収穫量もそうですけど、ちょっと駄目元で色々」
「ふむ……?」
「ひなたさん、見ても構いませんか?」
「いいよ。見られて困るものでも無いし。ああ、文字とか間違ってたら訂正お願いするよ」
「はい」
薺さんが首を傾げているが今は置いておこう。浮かんだ事を今書き留めて、書いたものを賈駆さんに見せて、もう既に駄目だった場合は他の方法探ろう。
……本当はこんな事。現代から来た俺が書いたら駄目なんだろうけど。
「成る様に成れ、だ」
取り敢えずは書いて行こう。良し悪しは後で決まる。
先ず初めに――――…
「董卓さん、神坂です。入っても大丈夫ですか?」
睡蓮さんと一緒に城内を歩き、通路を通る女官の人に賈駆さんが居る場所を尋ね、董卓さんの執務室へと辿り着いた。軽くノックをして呼び掛け、ふと外を見るともう薄暗くなり始めている事から今の時間帯が窺える。薺さんは兵舎の方に向かう時、董卓さんの所に顔を出したら今日は終わっていい、と言っていた。完全にサラリーマンみたいな事になっていると思ってるのは、多分俺だけ。
「はい。入っても大丈夫ですよ」
董卓さんの声が聞こえ許可が降りた所で扉を開ける。竹簡が積まれた広い机の前に座る董卓さんとその隣、賈駆さんが手に竹簡を持ったまま俺達に目を向ける。まだ政務の途中だったのだろう。
「っとすみません。お仕事中でしたか」
「何? 今は割と忙しいから構ってる暇は無いんだけど」
「もう。駄目だよ詠ちゃん。神坂さん、姜維さん、構いませんよ。何かご用ですか?」
「いえ、私はひなたさんに付いて来ただけですので」
「董卓さんと賈駆さんにちょっと目を通して貰いたい物があって、時間が出来た時にでも見て頂ければと」
手に抱えてた複数の竹簡を邪魔にならない机の隅に置く。
俺が持って来た竹簡を見て賈駆さんは眉を顰め、その一つを手に取る。
手に取ったのは表に「人物推挙」と書かれた竹簡。
「これは?」
「俺が目を付けた人材の一覧です。既に他の人に出仕している人もその中に多分含まれていますが、まだ在野の人も居る筈です。一応内治に長けているであろう人達を思い付く限りに記載しましたが、まあ参考程度に見て頂ければと」
「張既、荀攸、華歆、司馬朗、司馬懿、鐘繇……まだあるわね。これ、当てになるの?」
「まあ当てになるとは思いますよ。特に司馬八達は賈駆さんも知ってるでしょうし」
「そりゃあ、あそこは有名だから誰でも知ってるわよ。で、こっちの"農法"って書いてるのは何?」
「年々の収穫高を見た俺の意見書みたいなものです。大まかですけど色々纏めてみましたが……それは賈駆さんが見て判断して下さい。賈駆さんの時間が取れた時にでも、詳しく説明しますので」
「ふーん……ま、気が向いたら見といてあげる」
「そうして下さい。んじゃ、お手数お掛けしました。行こうか睡蓮さん」
軽く一礼して下がり、扉を開けて睡蓮さんが董卓さんと賈駆さんに一礼して執務室から出たのを確認し、俺も出ようとして……賈駆さんに呼び止められた。
「これ、早い内に確認してアンタの所に訪ねるから」
「え。今は賈駆さんも忙しいでしょうし、別に無理してまでは」
「いいのよ。言ったでしょ、神坂の事は買ってるって。アンタが纏めたこれ、意義のあるものだと思ってるし」
「……ども」
「詠ちゃんは神坂さんの事本当に評価しているんですよ? 神坂さんなら他の人と違って別の仕事も任せても大丈夫だろうって、嬉しそうに期待してました」
「ちょっと月! まあ、そ、それに張済も言ってたしね。賊討伐においての作戦を立てたのは神坂、アンタだってね。なんで姜維に手柄譲ったのかは知らないけど」
「畜生言うなって言ったのにあの人絶対金子返す時黄鉄鉱入れてやる」
「と、兎も角。早い内に見て置くから」
「そっか、ありがとうございます。じゃあお疲れ様です」
今度こそ執務室の扉を閉め、外で待っていた睡蓮さんの隣に並んで歩く。
絞めた扉の先からは董卓さんと賈駆さんの賑やかな声が聞こえたが、内容までは分からない。
「睡蓮さんもありがとね。誤字とか指摘してくれて、文字を間違えた竹簡を出さずに済んで助かったよ」
「いえ、お役に立てたなら良かったで……あっ、そういえばひなたさん、見返りを求める訳では無いんですけど、明日の朝お時間頂けますか?」
「それは良いけど、何かあるの?」
「あの、ですね。明日は私と……一緒に、その。おおお時間は出来るだけ取らせませんので、少しお付き合いして、頂こうかなと」
「う、ん? 良く解らないけど、良いよ。明日の朝ね」
「はいっ明日の朝です!」
「お、おう。明日の朝」
「朝です!」
顔の前で両手拳を握る睡蓮さんは何にそんな気合入れてるんだろう。
この人もたまにハジケるからなあ。……そんな事を思いつつ。
今日の一日が終わった。
明日も、暇はしそうにない。
……え、どっかで見た事ある?
そりゃそうだ。以前投稿したやつだもの!




