3.何このへっぴり腰、ですわ!
再び森に飛び込む二人。
木々の間を抜け、薮をかき分けながら勢いよく進んでいくローザリンデの後ろを、マリーが少し遅れながらついていく。
助けを求める叫び声が、はっきりと聞こえてきた。
「少しスピード上げるわ」
「わかりました。後ほど追いつきます」
ローザリンデはチラリとマリーを見ると、スピードを上げた。
マリーが遠ざかっていくのがわかる。
叫び声が近い。もうすぐだ。
木々の間隔が、どんどん開けてくる。
何かを構えている男性が遠くに見える。
一人だ。
どうやら追手ではなさそうなので、ローザリンデは足をさらに速める。
「このっ! なんで当たらないんだ!」
「エミール! やっぱり僕も一緒に戦う!」
古びた街道跡で、一人の泥だらけの執事服を着た男性が、細身のレイピアを振るっている。
相手は眉間にツノが生えた兎、ホーンラビットだ。
「ユリウス様! お願いですから、隠れていてください!」
「そんなっ! エミール、君だけに負担を押し付けるわけにはいかない!」
執事の青年がレイピアを突く。
しかしホーンラビットはちょこまかと動き、執事のレイピアはかすりすらしない。
執事まで、もう数メートルのところ。
森の終わりまできて、ローザリンデは走るのをやめた。
木の影からこっそりと何が起こっているのかを見る。
戦っている男性の他に、壊れた馬車の残骸の近くに一人の青年がいる。
黒髪に金色の瞳。
綺麗な色だ。ローザリンデはそう思った。
黒髪の青年が、レイピアを構えた。
剣はなんとか持ち上がっていたが、遠目から見てもわかるほど手がプルプルしている。腰は完全に後ろに引けている。
「何このへっぴり腰」
ローザリンデは思わず木の影から顔を出したまま言ってしまう。
二人がローザリンデの方を向いた。
「あ」
慌てて口を塞ぐがもう遅い。
その瞬間、ホーンラビットがその尖った角を黒髪の青年に向け走り出したのが見えた。
青年はローザリンデの方を向いたままだ。
「ユリウス様!」
執事が叫ぶ。
ユリウスが目の前のホーンラビットを見るが間に合わない。
胸元に角が突き刺さろうとしたその瞬間。
ゴキッ。
ホーンラビットの首が、握りつぶされる音がした。
「「え?」」
青年たちのシンクロした声が、街道跡に響く。
ユリウスの前にホーンラビットの首を握りしめるローザリンデが立っていた。
「だ、誰だ!!」
執事がローザリンデにレイピアを向ける。
ローザリンデはホーンラビットをポイと地面に捨てると、腰に手を当て胸を張った。
「私を誰だか知らない? 私の名前はローザリンデ・アイ……」
「お嬢様ああああああああああああ」
ローザリンデの名乗りは、マリーの叫びによって遮られた。
三人とも、叫び声のあった方を向く。
ドタバタと色々なものにぶつかる音がしながら、マリーが森から出てきた。
「ご無事でしたか! お嬢様!!」
マリーの額に皺がよる。
「お前ら! どこの誰だか知りませんが、うちのお嬢様に何をするつもりですか、万死に値しますわよ」
「いや、これは!」
「さっさと、お口を閉じて武器を捨ててくださいませ。張り倒しますわよ! あと三秒!」
マリーの物言いにあっけに取られる男性二人。
「マリー」
「はい、お嬢様。なんでしょう」
「淑女として、少し言葉遣いが乱れているのではなくて?」
「その通りですわ。てめえら命だけは助けて差し上げますわ、とっとと武器を捨ててくださいませ」
その言葉に満足そうなローザリンデと、ちゃんとできたと自慢げなマリー。
「な、バカにするな! 誰がお前らみたいな怪しい奴の言うことを聞くんだ! お前なんて、血まみれじゃないか!」
「お前?」
マリーが執事を睨みつける。
「……あなた、です」
「よろしい」
マリーの突っ込みに思わず姿勢と言葉を正す執事。
「怪しくなどありませんわ! 私の名はローザリンデ・アイ……」
「お嬢様!」
「そうでした。私はただのローザリンデですわ!」
眉間に皺を寄せる執事。
「おい、エミール。どうやら敵意はなさそうだ。それに先ほどの動きを見ただろう。彼女がやる気なら、すでに殺されている」
「……その通りですね」
渋々エミールがレイピアを下ろす。
「ふん!」
マリーが鼻を鳴らした。
「ローザリンデ、と言うんだね」
ローザリンデはユリウスの方に振り向く。
身長はそこまで高くないが、清潔感と品の良さを感じさせる。
「その通りですわ。あなたは?」
「……僕は、ユリウス。ただのユリウスだ。そしてこっちはエミール。僕に仕えてくれている執事だ」
エミールが嫌そうな顔で一礼する。
「助けてくれてありがとう」
「全然問題ないですわ! でも、あのへっぴり腰では最強にはなれませんので、直した方が良いですわ!」
苦笑するユリウス。
「そうだね。でも僕は剣術はからっきしなんだ。それにしても、ホーンラビットを一撃で仕留めるとはね。恐れ入ったよ」
「ただの角の生えたうさぎですわ」
「いや、兵士三人で相手にするような魔物なのですが……」
エミールがボソリと突っ込む。
「そうだ! あなたたち!」
ローザリンデが思い出したように言った。
「ご飯はもう食べまして?」
エミールとユリウスのお腹がなる音がした。
♦︎
「さあ、今日のご飯ですわよ!」
「「え?」」
先ほどローザリンデがワイバーンを倒した広場にて。
胴体と首が離れた一頭のワイバーンの死体の前で、ローザリンデは得意げにエミールとユリウスに言った。
「あの、この死体は何だい?」
「何ってワイバーンですわよ?」
「いや、それはわかるが……」
ユリウスの問いに、ローザリンデはクエスチョンマークを頭の上に浮かべる。
「なぜ首がちょん切れてる……? いや、あの……切れているのですか?」
エミールが、つい敬語になる。
「そんなのチョップしたからに決まっているじゃない」
ローザリンデはふっとバカにするように笑った。
「「……」」
思わず真顔で黙り込む二人。
「じゃあ食べましょうか!」
そう言って、ローザリンデはワイバーンの頭部を持ち上げた。
エミールとユリウスの目が真ん丸になった。
次の瞬間、ローザリンデはワイバーンの首の断面にかぶりつく。
「「え」」
「お、お嬢様……」
「ファフィ?」
口の周りを血だらけにしながら、ローザリンデが返事をしようとする。
「お嬢様!」
期待のこもった目で、エミールとユリウスがマリーを見つめる。
「先に食べてずるいですわ」
そう言って、マリーがワイバーンの胴体から肉を引きちぎり、食べ始めた。
エミールとユリウスの表情が絶望に染まった。




