1.森の中のお嬢様ですわ!
ある春の日。
熟練の冒険者も油断すればすぐに死ぬと言われている、木々がうっそうと生い茂る、どこまでも静かな死の森にて。
太陽の日差しを遮る枝の下を、ドレス姿の令嬢がスキップをしていた。
その数歩後ろには、メイド服の侍女がトボトボと歩いている。
二人の服は、泥で汚れ、あちこちがほつれてボロボロだ。
「あー歩いて体温が上がって、あっちいですわ! 水! 飯! お腹が減りましたわ!」
「……そうですね、ローザリンデお嬢様。結婚前の淑女としてその言葉遣いはどうかと思いますが」
ローザリンデが顔を顰める。
「お嬢様、人形のようなお綺麗な顔が台無しですよ」
「マリー。人形だなんて分かっているじゃない」
ローザリンデが腰に手を当て胸を張り、顎を引いて地面を見下ろす。
「お嬢様、胸がないから、地面がよく見えそうですね」
「マリー、ぶち殺しますわよ?」
低い身長にスレンダーな体型。ローザリンデの顔はとても小さく人形のように美しいが、その胸はお世辞にも立派とはいえない。
マリーが口笛を吹きながら、話を逸らそうとする。
「そういえば、お嬢様。ここはどこなのか分かってらっしゃるのでしょうか? 私には全くわからないのですが」
「大丈夫! 私に任せなさい!」
マリーが、ほっとした顔をする。
そうして二人はしばらく歩いていく。
「お嬢様……ここ、さっきも来た気がするのですが」
「心配しなくても大丈夫よ! 私に任せなさい」
「……お嬢様。根拠を聞いても良いですか?」
ローザリンデがふっと笑う。
「大丈夫! こっち側が寒いの! だからこっちが北よ! だからこっちであってる!」
「お、お嬢様……」
マリーが涙を浮かべている。
しょうがない。主人として安心させてやろう。
「大丈夫よ。アイゼンヴァルト公爵家三女の、このローザリンデ・アイゼンヴァルト様に任せれば、全てうまくいくわ!」
ローザリンデは、親指を立ててにっこり笑い、胸を張る。
私、ここで死ぬんだわ。マリーのぶつぶつ声が聞こえる。
鼻歌を歌いながらスキップするローザリンデ。
そうして、突然二人は少し開けた場所に出た。
広場のようになっており、岩山が中心にある。
太陽の光が差し込み、その広場からは青々とした空が見える。
ローザリンデの金髪に光が反射して輝く。
「なんでしょうかね、ここ?」
「ちょうどいいわ。日向ぼっこでもしましょう」
「そんな場合ではないと思います、お嬢様……」
その時だった。
「グギャアアア」
上空から声がした。
空を見上げると、ワイバーンがローザリンデたちを見下ろしていた。
人間で言うと十人分くらいの大きさ。
赤い鱗は血のように煌めいていて、口は人間など丸々と食べらそうなほど大きい。
その鋭い爪は、人間の柔らかい皮膚など簡単に切り裂くだろう。
「ひっ!」
マリーが腰を抜かしてへたり込む。
「こんなの、公爵領にはいなかったのに……」
次の瞬間、ワイバーンが上空から勢いよく地面に降り立った。
地響きが鳴り響き、土埃がたつ。
「ああ、格好良くて、優しくて、私だけを見てくれる、そんな男性から愛されたかっただけなのにどうして」
マリーの頬を涙が流れていく。
ワイバーンが、怯えるマリーを見て楽しげに笑う。
人間の腕くらいありそうな、鋭い牙が見えた。
「マリー」
「お嬢様、今までありがとうございました。不束者でしたが、大変お世話になりました」
マリーが泣きながら、ローザリンデの方を見た。
「マリー。良かったわね」
「はい?」
両手をあげて、万歳して、ガッツポーズをローザリンデは何回もする。
「お嬢様、気が狂ってしまわれたのですか?」
「三日ぶりのご飯よ!」




