第1話 いつもの社交界
「顔が良い、無能で欲深い、女好きのやつをさ」
「うんうん」
「こういうやつを叩きのめすのが、カタルシスがあって気持ちいいもんだ」
「へぇー」
誰かが話している。
貴族同士のどうしようもない、暇つぶしの会話だろう。
ここは、いわゆる令嬢たちが集いそうな優雅な洋風庭園。
外の空気は、湿度が適度にあり、ひんやりとしている。澄んでいるようで、どんよりとした暗さも含んでいるような空が、ルクスの目の前に広がっている。
庭では、パーティが行われているようだった。その喧騒から逃れるように、屋敷の奥のベランダにある木陰で休んでいたら、あの貴族たちの
雑談が聞こえてきた。
(顔が良くて、無能で女好きねぇ)
ルクスは、一人思い当たる人物がいた。
いつも社交界の真ん中にいる、リオンのことを。
□
リオンは、世の中では、優秀で賢くて優しい人物だという評判だった。一方、知り合いの評判は悪かった。
実際に、ルクスも彼と会ったことがあるが、何故こんな酷い奴が社交界にいるのだろう、と思うほど酷い貴族だと思った。
しかし、何故かいつも女性たちに囲まれて、いつも女性たちが彼を取り合いしていた。
女性には好かれるが男性には嫌われるタイプだった。
ルクスはパーティから図書室へ戻り、いつも通り仕事をしながら、こういう考え事をしていた。
静かな図書室では、鳥のさえずりしか聞こえないので、考え事をするには、ぴったりの場所だった。
その静かな図書室の静寂破るように、一人の女性がカツカツと足音を鳴らして現れた。本を返却しにきたのだろう。
ふとルクスがいる事に気がついたようで、いきなりお喋りを始めた。
「ルクスさん、リオン様を主演にした新作のコミック、ご覧になりまして?
あら、いやだルクスさんがモテないって話じゃないですのよ。
彼が素敵で、隠れた才能があって、美しいからであって...。
コホン、とにかく貴方もリオン様主役の人気コミック、チェックした方が宜しくてよ」
一方的に、喋り出した彼女は、セイラ嬢だ。たしか、リオンとは同じ職場だったような。
「どうも」
「あらそう。ごめんあそばせぇー」
とりあえず喋って満足したのか、得意げな足音を鳴らして図書室を出ていった。
ルクスは、呆然と彼女の去った方を見ていた。
□
こういったことは、始めてではなかった。いやむしろ、ずっとリオンの影に隠れて、ルクスは役に立たないおじさん扱いをされてきたので、いやな気分になった。
(リオンの出ているコミックなんて、調べても仕方ないけど)
ルクスは、小さくため息をつく。
この図書室の静寂だけあれば、ルクスは、それだけで良かった。
令嬢たちとの華やかな社交界で、ドラマティックな恋愛なんて、ルクスは自分には合わないと感じていたからだ。
それよりも、今は積み重なった図書室の本の片付けを優先したかった。
□
本を片付けしていると、外からザワザワと音が聞こえる。パーティ以外で集会でもあったのだろうか。音がここまで聞こえてきた。
人の笑い声が遠くから聞こえる。ルクスは、自分には関係ないと思い、作業に集中したかった。
しかし、急に喉が乾いていることに気がついた。作業に没頭するあまり、水分補給をしていなかったのだ。
ルクスは、作業の手を留めてパーティへ行き、何か飲み物を探す事にした。
図書館を出て、会館の建物沿いに歩いてまっすぐ行くとすぐに、広場へ出た。
広場のパーティの参加者は少ないようだ。数名の貴族が、くつろいでいるだけだった。
青々と生い茂った緑が溢れる、整えられた広い庭にテーブルがポツリと置かれている。パーティのスタッフが、テーブルのセッティングをしている最中だった。
ふとパーティのスタッフが、ルクスに気がついて紙コップに入った飲み物を渡してくれた。
ルクスは、お礼を言ってそれを受け取ると、少しパーティ会場で休むことにした。
しばらくすると、人が少しずつ集まってきた。
そして数人の令嬢も話しながら、パーティ会場へ入ってきた。
彼女たちが、ルクスに気がついたようで、思い切り苦い顔をして遠くから聞こえるように言ってきた。
「あら、嫌だ。ルクスさんだわ」
「何でこんなところに居るのかしら」
「誰?ルクスさんを呼んだの」
「知らないわよ。私、リオン様しか呼んでないわ」
「私だって、そうよ」
ルクスは、いたたまれない気持ちになって、黙って早足でその場から退散した。
やれやれ、とルクスは肩を落とす。いつもこの調子だったので慣れたものだ。
ルクスは、はっきり言って社交界で嫌われものだった。評判が悪かったのだ。
スパイだの、地味で役立たずだの、いる意味がないだの年中、そういう扱いをされてきた。
今更、あの社交界に未練なんてない。今は早く図書館に帰りたかった。
あの孤独な空間だけが、ルクスの居場所だった。




