第36話・採取担当篠川先生
「ほう、材料探し」
先生は少し面白そうな顔をしてこっちを見た。
「はい」
オレたち四人は並んで言った。
「アイテムがなければどうにもならないと、分かったんです」
「なるほど。しかし……」
申請書を見て、先生は首をかしげる。
「ミスリルとは」
ミスリルは鉱物。だけどただの鉱物じゃない、闇を裂き、魔を防ぐ魔法銀だ。
「いささか君たちの今の実力では難しいとは思いませんでしたか?」
ハルナさんが真っ直ぐに先生の目を見据えて言う。
「最低でもミスリルの装備がなければ、魔王に対抗できる装備が整わないと判断しました」
「なるほどなるほど」
先生は二・三度頷いて、胸からペンを取り出した。
「全滅すれば採取したアイテムは全部没収。その事は覚えてますね?」
「はい」
「では」
先生は申請書にさらさらとサインして、オレたちに渡した。
「採取担当の先生に迷惑をかけないようにしてくださいね」
「はい!」
学校で作ってくれる装備の材料に使うアイテムは様々だけど、もちろん現代日本では採れないものが多い。
金とか銀とかだったら外国でも採れるけど(だからって外国まで行って採るわけにはいかないけど)、魔法に関わる鉱物や動植物などは異世界に行かないと見つからない。だから、それらの採れる世界と常時繋がっている転移空間が、結界で固く守られたこの学校に繋がっていて、現役勇者も必要なアイテムを手に入れるためにやってくる。
そして、その空間の出入りを管理しているのが採取担当の篠川猛先生だ。
引退したけど、そこらの現役勇者なんかよりはるかに強い。何故そう言い切れるかというと、この間アイテムを手に入れに来た現役勇者が先生の許可を得ず無理やり転移空間を使おうとして、放り出されて説教されていたところを、全生徒が見ていたからだ。
背の低い、気難しそうな顔をした、筋骨隆々の先生。むき出しの腕にはたくさんの傷跡があって、歴戦を感じさせる。
……まだ会ったことはないけど、ドワーフってイメージが強い。
「ふ……ん」
渋い顔をして、先生はオレたちを見上げた。
「そんなひょろい体でミスリルを手に入れようとはな……」
「許可はもらっています」
「儂は許可を出していない」
ハルナさんの言葉を一蹴して、篠川先生は書類をひらひらさせた。
「鋼でも採って来て、身の丈に合った装備にするべきだな」
「それじゃ間に合いません」
オレが口を出す。
「鋼の装備じゃ、キールには勝てない」
鼻から息を吐きだして、先生は難しい顔をしたまま。
「その実力で、本気で魔王に勝とうと思っているのか」
「思っています」
オレたち三人&一羽の視線を受けて、おっさんが出てくる。
「私たちは魔王キールと戦いました」
おっさんはしっかりと篠川先生を見た。
「たかだか一ヶ月半でか?」
「正確には一ヶ月目です」
「なかなかに命を無駄にしたがる」
「相手にもされませんでした」
「だろうよ」
「足りないものがたくさんわかりました」
おっさんは真剣な目で篠川先生を見る。
「その一つが、装備です。特に防具が必要だと、私たちは判断しました」
「何故だ?」
「身を護る術がなければ、戦いにならない。装備を揃えるにも、無事に帰れるだけの防具がなければ帰れない」
篠川先生はニッと笑った。
「なるほどな。じゃあ、儂の条件を言おうか」
先生は戦斧を取り出した。
「ミスリルに見合うだけの実力を持っているか、試してみよう」
「先生の許可は得ていますが」
「ここの転移空間の使用の最終許可は儂だ」
その小さい体で想像がつかない程、ずっしりとした戦斧を先生は軽々操って構えた。
オレはおっさんを見る。おっさんは小さく首を横に振る。「説得は無理」という意味だ。
「一対一か」
オレの言葉に、篠川先生が軽く笑った。
「儂相手に一人で勝てるわけがないだろう。全員で来い。そこの使い魔もどきの死霊使役者も参加していいぞ」
「おにいちゃん」
「頼む」
「うん」
オウルはまん丸になって、ばさりと頭からのいた。
「かかってこい」
オレは、真っ先に飛び出した。一瞬遅れて、ハルナさんが続く。
後ろでおっさんがクロスボウを構え、那由多くんが闇精霊を呼び出そうとしているのが分かる。
「うーらああああああ!」
オレは槍を繰り出した。
篠川先生は戦斧でオレの槍を受け止める。
「てえっ、てえっ、てええええっ!」
槍を連打で繰り出すけど、先生にはかすりもしない。それは分かってる。篠川先生相手に、使い始めて半月ほどしか経っていないオレの槍が効くとは思わない。
それは分かっているから、連撃を繰り返す。
「この程度で、儂に勝とうと言うのか! ふん、情けない!」
うん、この程度で勝てるとは思ってない。
だから。
前に踏み込むと見せかけて、横にずれる。オレの背後で狙っていたハルナさんが、大剣での一撃をくらわす!
それとほぼ同時に、おっさんの放ったクロスボウが先生の頭めがけて飛ぶ。
「甘い!」
先生が戦斧を振り上げてクロスボウの矢と大剣をまとめて振り払った。
その直後にオレは槍を構えて突っ込む。
おっさんの援護を受けながら、オレとハルナさんで攻撃を続ける。
これ、実は、全部フェイク。
ハルナさんとオレと、おっさんの援護と。全部。
二人の力尽くで動きを止める。
その次の瞬間。
「うおおおおおおおお?!」
黒い球体が次々先生にぶち当たった!
那由多くんとオウルの闇精霊!
闇精霊の攻撃を気付かれないよう、避けられないよう。
オレたちの全力は、一番の攻撃力を持っている那由多くんとオウルを効かせるため!
聞いたか?!
いやまだ油断は禁物だ。訓練開始一ヶ月半で本物の勇者とやり合うなんて不可能に近い。ここは那由多くんとオウルが再攻撃を仕掛けるまで時間を稼ぐ! 今のは不意打ちに近かったから当てられたけど、次があるとは思えない。できるだけ、さっき先生が受けたダメージに付け込む!
「ふっ」
クッソ、余裕の笑みか?
「どっせい!」
先生は、戦斧を地面にたたきつけた。
「!?」
「ジャンプ!」
ハルナさんの声に、思わずオレは飛び上がった。
ビシッ!
地面にひびが入った、だって?!
「篠川先生は地の魔法の第一人者でもあるわ」
「そーいうことは先に言ってくれ!」
「うお!」
「うわあ!」
「おっさん! 那由多くん!」
揺れに足を取られ転倒したおっさんと那由多くん。しかし今は戦闘中、助けには……!
「がははははは!」
篠川先生はその体躯に相応しい太い笑い声をあげていた。
「なるほど、職員室でも話題の第3科。協調力がないとの評判だったが、抜き打ちテストの結果、そして一ヶ月で魔王と戦うという度胸。悪くない、悪くないな」
「……ふへ?」
「協調性がないと言われてたのに、連携攻撃は見事だった。この儂が、入学して半年もしない卵から傷を負わされるとは初めてだ。ふむ、いいだろう」
肩で息をしているオレやハルナさん、転んで何とか立ち上がろうとしているおっさんと那由多くん、空中で威嚇しているオウルを見て、篠川先生は頷いた。
「いいだろう。採集のための次元移動を許可する」
「いいんですか、我々、貴方に勝ったわけではないのに」
「実力を見せてもらうと言った。勝てとは言っていない。そして儂は貴様らが気に入った。だから通してやる」
おっさんの言葉に、篠川先生はニヤリと笑って言った。
「欲しいのはミスリルだな? アクタラベク鉱山へ行くがいい。鉱石を採取する道具を持ってな」