淫謀の兆し
繁華街で失態をおかした後、特に大きな動ぎはなく、私は槻城学園で新学年を迎えることになった。
こうして新しい学校への登校初日の朝、私はまたしても鏡の前で自分の迂闊さを悔いていた。
───マズイ、これは、マズイなぁ。
槻城学園の女生徒の制服はセーラー服であった。それはまだいい。
問題は、このセーラー服が体にフィトするように伸縮性のある素材で出来ており、通常のものよりもタイトな仕立てとなっていたことである。
結果、私が着ると“Gカップ”の胸をより強調する様相となり、女の自分が言うのも何だが───
───かなり、エロイわね・・・
おまけにスカートの丈がディフォルトで短いため、上下で着合わせて出来上がった恰好は、制服というよりも夜のいかがわしいお店のコスチュームに近い。
こんなことなら制服が届いた時点で試着するべきだった。ぶかぶかでだらしなく見えてもいいから、より大きいサイズと返品交換して貰うべきだった。が、今更後悔したところで、時計の針は無常にも刻々と進んでいく。
───うわっ!そろそろ出て行かないと、マズッ!
流石に転入初日から遅刻などできるはずもなく、忘れ物がないことを確認し、覚悟を決めてボロアパートから出かける。
慣れていない服装のせいか、外気がまるで肌に刺さるようだ。歩くたびに無駄に揺れる胸をいつも以上についつい意識してしまう。
至って平静を装って歩いているのだが、行き交う人々(特に男性)の視線が食い付くように私を追ってくることがしばしあり、心なし羞恥の色に染まる。
なんとか堪えに堪え駅に到着した頃には、この見てくれを気にする自分が段々と馬鹿らしくなり開き直りの境地至ったのだが、次に待っていたのは通学・通勤時の満員電車であった。
人の波に飲み込まれる様に車内へ押し込まれる私の体。問答無用で他人の体と体が密着する異様な空間に知らず知らず尻込んでしまう。
───なんというか・・・凄まじいわね。
都会の朝のラッシュアワーの洗礼を受け、ほとんど見動きが取れない体勢を不快に思っていると、お尻の付近で他人の手の存在に気付く。
───うーーん。これだけ密着せざる得ない状況だと故意かどうか分からないというオチ。
異常な社会現象であるが、異常として是正されないこのパラドックスが、社会に出て真面目に働いている人達の道を踏み外させるのだろうか、などど身の上に起こっている現実から目を背けていると───
───うっ!はっ!
突如、ヒップをダイレクトに掴まれる触感に襲われる。
───あっはは・・・私、痴漢されちゃってるんですけどっ(笑)
衝撃的な出来事についつい苦笑いしてしまう。何が衝撃的かって、自分が痴漢にあったことが衝撃的なのではない、本当に痴漢をする人がいたことが衝撃的であった。
地方で生活しているときは痴漢などは縁のない話であり、まさか本当に行動に移す人がおり、自分がこんな貴重なイベントを味わえ・・・訂正、こんな災難に出くわすとは思いもよらなかったのである。
───よく朝から、こんな真似をできっ?!
「んんっ!」
にわかには信じがたい状況に、私が放心している間にも、手の御仁は容赦なく私の肉感を楽しんでいる。
流石の私でも、これ以上エスカレートすることは到底容認できるはずもなく、心を鬼にして迎撃態勢を取ったのだが、残念なことにこのタイミングで電車が降車駅に到着してしまう。電車のドアが開くやいなや、再び人の波に飲み込まれる形で駅のホームに放り出される私。
ようやく自由に動けるようになるが、これまでの悶着によって家で折角整えた身嗜みが台無しである。
───ホントに、もうっ!
しばらくは通学で電車を使うのを止めようと心に誓いながら、構内のトイレで乱れた服装を正す。全く、今までの生活とは異なり通学するだけでも一苦労だ。
駅を出て学校付近まで来れば、必然と周囲に同じ制服を着た女子生徒が多くなり、私個人の存在も幾分か目立たなくなる。それでも、ときおり男子のみならず女子からも好奇の目を向けられるのは避けられず、自然と歩く速度が速くなり、周囲の目をなるべく気にしないようにして、なんとか学校へ到着する。
転入初日のため教室へ直行することはできないので、事前に指示のあった教員フロアの生徒控室に移動する。
その室内に配置されてある椅子に腰を落ち着かせて、ようやく一息をつくことができた。
───ハァ~、登校するだけでこんなに大変だなんて。
今まで生活してきた生まれ故郷とは違い、女学生として生活することにこれほど気を遣うとは思わなかった。故郷では、周囲の人間は皆知った仲ようなものであったし、暗黙のヒエラルキーが迂闊にオスを近寄せることがなかったのだ。
しかし、この町において私の女としての価値はなかなかであるらしく、オスから全身を舐めるような目で見られることは日常茶飯事となっていた。故に、これからお世話になるクラスの前でこの身を晒すことを考えると、かなり憂鬱であった。
───ああ、ホントにもうワンサイズ大きい制服にするべきだった。
などと自省していると、初老で如何にも先生といった雰囲気を漂わせる男性が部屋に入ってくる。これからのクラスの担任としてお世話になる丸家先生であった。
「おはようございます。陽之杜さん。待たせてしまったかな。」
「おはようございます。丸家先生。私も今来たところです。」
私は即座に立ち上がり挨拶を交わす。
丸家先生とは転入手続き時に面とおしを済ませており、本日が初対面ではない。
前回会った際も上から目線ではなく丁寧な物腰であったことより、この先生は一人一人の生徒に対して真摯に向き合うことをモットーとしているように思われた。
私は、今日から始まる学園生活に関する軽いレクチャーを受け、いよいよ新たな学園生活を共にする級友達がいる舞台へと案内されることとなった。
「うちのクラスは、個性的なタイプが多いから最初は戸惑うかもしれないけど、根は皆良い子なのですぐに馴染めると思うよ。」
私が緊張していると察した先生がフォローをしてくれる。
───フォローは嬉しいのだけれども、今回の場合、問題は相手側にあるというよりはこちら側にあるのよね。
この制服のデザイナーを恨めしく思いながら、覚悟を決めクラスの門をくぐる。
「「「「「ウォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」」」」」
案の定、教室内は騒然となる。
「「「でけっーーーーーーーーーーーー!!!」」」
「「「おおきぃーーーーーーーーーーー!!!」」」
「「「スゴイネェ~」」」
「「「美人さんだねぇ~」」」
率直な感想を口に出している方々もいる。
───やはり、こうなるか・・・
結果は予測の範囲内───さあれども、実際に目の当たりにする光景に、私の精神的ダメージは徐々に蓄積されていく。
多くの男女の好奇な視線と奇声が飛び交う。
しかしそんな状況においても、私を見るのではなく、状況を俯瞰している冷静な生徒達も数名いた。
───なるほど。確かに先生が言う通り、個性的ね。
その中でも、独特な存在が男女一名ずついた。女性の方は、私に合図を送るようにウィンクしてみせ、男の方は───
私を一瞥するなり、私から視線を外した・・・まるで、何かを見透かしたかのように。
───(イラッ!)
なんだか、女としての自尊心を傷つけられたようで、軽い苛立ちを覚える私。
もしかしたら、眉間のあたりがヒクヒクしていたかもしれない。
やがで、一向に私が自己紹介を始めるような気配がないことに、丸家先生は苦笑し柏手を二度打つ。
パン!パン!
只の柏手ではない、場の払いと浄化の念が込められた拍手だ。
───神道系かな。
先生の柏手により生徒達は我を取り戻し、先程までの騒然が嘘のように教室内は静寂を取り戻す。
私は軽く咳払いし間を取る。
「本日から、皆さんと勉学を共にする陽之杜ナツカです。様々なイベントを通して皆さんと仲良くやっていければと思います。」
私が簡単に自己紹介を済ませると、LHの進行役が変わり先生からクラス委員にバトンタッチされる。先生から指定された席に私が着席すると、クラス委員クンが次の議題を話始めた。
「あーー。皆も知っての通り、グループ活動のグループ申請を行う場合は本日中に実施する必要がある。本日中に申請がなかった生徒は、生徒会側で自動的に振り分けが行われるので注意するように。」
「「「「「えっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」」」
「「「「「なんだとっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」」」
クラス内で、再びどよめきが起こる。
───グループ活動?
───グループ申請?
───何のこっちゃ?
「あーー。色々言いたいことはあると思うが、LHの時間は限られているため、これより15分間、教室内に限り自由時間とする。皆には必要に応じて話し合いを行ってもらいたい。あーー。なお、今更であるが、グループ活動はすべて生徒側の自主活動の一環であり、強要ではないことに注意されたし。」
周囲で、「どうする?」、「どうしよう?」といった言葉が飛び交っている。私が周囲に付いていけず半ばボーとしていると、前の席の女生徒が振り返る。
「綺住財閥が槻城学園を設立した狙いの一つとして、優秀な人材の早期確保があるの。だけど、学業成績が良い人が必ずしも企業に入って優秀とは限らないでしょう。勉学以外で生徒が社会に対してどれくらい貢献できるかを量るのがグループ活動ってわけ。」
何もわからない私に親切に説明してくれたのは、先ほど私が教壇に立っているときにウインクしてきた女生徒だ。
───なるほどー。住み慣れたホームグラウンドの優良企業に就職する。悪くない話ね。むしろ、地元民にとっては大きな特典。将来の選択肢は多いに越したことはない。そりゃあ仲間選びに真剣になるわなー。
「でね、陽之杜さん。もしよかったら一緒のグループにならない?」
「あ、自己紹介が遅れど、私は望月摩耶。よろしくねっ!陽之杜さん。」
これはまた願ってもない助け舟であるだが、彼女にとって、まだ素性の知れない私と同じグループになるメリットとは何だろう。普通ならば素性の知れない相手と手を組むなどありえない。とは言うものの、この露骨までの積極性から仮想敵とも考えにくい。
───うーーむ。
望月摩耶さん。彼女の外見はこのクラス内でもトップレベルだ。ファッションスタイルも今時のトレンドであり、女の私から見ても十分魅力的だ。そんな彼女が私に接近する理由───
───あー、分かったかもしれない・・・
望月さんは、このクラスの中では少し浮いて見えていた。そう、クラスの他の女生徒と比較すると大人びて見えるのだ。多分、良いことも悪いことも、他の人よりも多く経験してきたのだろう。
彼女が私に声を掛けてきた理由。それは“孤独”だ。正確には孤独だったのだ。私の見立てでは、このクラス内に望月さんとタメを張れるような女子は存在しない。望月さんの方が明らかに処世的能力が上なのだ。周囲の女生徒は望月さんのことを蔑ろにしないまでも、気を遣うことは避けれないだろう。そして望月さんもまたそのことに対して気を遣うのだ。
彼女が私にウインクして見せたのは、私に何か自分と似たものを感じたからなのかもしれない。
───私となら、普通の友達になれるかもしれない。とでも思ってくれたのかな。
「こちらこそ右も左も分からない状況なので、是非。」
普段から明るい彼女の顔が一段と明るくなる。もし私が男なら、その笑顔にいちころになるに違いない。
ちなみに、私がOKしたのは、彼女の社交能力の高さが今後の情報活動に活きると踏んだ打算であり、彼女に共感したからではない。今は打算であるが、それでも良いと考えている。形から入り互いの経験を経て真の友達になることも十分あり得ると思うのだから。
「それじゃあ。これらかお互いの親交を深めるためにも、“なっつん”って呼んでもいいかなぁ?」
───おっ、おう。
彼女の踏み込みは思い切りがよい。会って間もない相手に対して愛称で呼んで良いかと聞いてくるのだから。これが大抵の相手からであれば、不快感を覚えるところであるが、彼女対しては不思議とそういった悪感情は起こらない。むしろここまで思い切りがよいと心地良さすら感じる。これは彼女の根底にある人徳のなせる技なのかもしれない。
───“なっつん”ね。意外と悪くないかも。
「うん。構わないかな。」
「ヤッター!」
彼女は軽くガッツポーズしてみせる。実に良く愛らしい表情ができる女性だ。
「私のことは、“まやっち”って呼んでいいよ。」
───うっ。そう呼ぶのは、まだ抵抗が・・・
「アハハ、とりあえず今は、“摩耶”じゃ駄目かなぁ。」
「なっつん、つれないなぁ~。まっ、でもいいか。よろしくねっ!なっつん!」
私の回答に少々不貞腐れて見せるも及第点ではあるらしく、友好の証として手を差し伸べられる。
「こちこそよろしく。摩耶。」
互いに握手を交わし、これからの友好を賛同する。
摩耶と私。女同士であるがどこか気恥ずかしい。彼女の手は若い女性らしく柔らかい。それに対して武道をやっている私の手は固く思われたのでなかろうか。
「じゃぁ。適当な男手を確保してくるわね。」
そんな、私の些細な思惟など気にした様子もなく、摩耶は次の行動に移っていた。
てっきり、二人だけのグループと思っていたが、そうではないみたいだ。
グループ活動の具体的な内容はよく分かっていないが、女手だけでは厳しい力仕事もあるのだろう。そう考えた場合、男手はあるに越したことはない。というか、摩耶は進んで肉体労働をするようなタイプには見えない。力仕事が全て私にのしかかってくるのは、私としても避けたいところである。
───あれ?
摩耶が向かった先は、逞しいとはお世辞にも言えない、如何にも草食系といった男子三人組のところだった。
彼女のことである、気まぐれで選ぶことはない。何らかの計算があってのことであろうが、三人組の一人は、私が晒し者になっているときに、私を小馬鹿したような態度を取ったその人だ。少々気に入らないところであるが、ここは摩耶に任せることにした。
そして、当の本人の摩耶と言えばだ。
先手必勝と言わんばかりに、男子三人組に対して魅惑のスリー・コンボを決めていた。
三人組に近づく前に緩めた胸元を使って、前屈みで、胸チラ。
正面から斜に構えを切り替え、S字ポーズで、腿チラ。
最後はここぞとばかりに、相手との距離を縮めての上目遣いでおねだりポーズ。
それらを全て自然にさり気なく一連の流れでやってみせる摩耶。なんとも強者だ。三人組の男子二人は摩耶の色仕掛けの前にタジタジであり、交渉の結果は見えたも同然だ。
摩耶からは色々学べそうなことが多そうである。正直、外見上のスペックだけならば、私は摩耶に劣らないものを持っていると自負している。しかし、その期間限定の女の特権を使いこなせているかと言えば、答えはノーだ。
実際の戦闘においても、強力な武器を持っているだけでは意味はなく、その武器を使いこなせてナンボである。私は彼女から女の武器の使い方を学ぶ必要があるようだ。
私が摩耶に感心していると、私を呼ぶ声が聞こえてくる。どうやら勝負あったようだ。
摩耶に呼ばれるように、三人組の男子と対峙する私。
三人組は私を見て鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。つまり、初回のイニシアティブはこちらが取ったということだ。
「・・・『なっつん』さん?」
───はぁ~。これくらいで動揺するとは、だらしないなぁ。
私は、間抜けな顔をしている彼らを諫める意味も含め、改め自己紹介する。
「陽之杜ナツカです。」
「「「・・・・・・・・・」」」
「ん、もうっ。こちらが田口くんに、杉吉くん。そして“コレ”が、神久良くんだよ。」
反応の悪い三人組を見るに見かねた摩耶がフォローを入れて、三人組を紹介する。彼女曰く、最近ちょくちょく会話を愉しむ仲であるとのこと。
「どうも、田口です。」「初めまして、杉吉です。」「ああ、神久良だ。」
ようやく、渋々、自己紹介する気になった三人組。最初の二人は、未だ状況がよく飲み込めていないのでとりあえず自己紹介したという感じ。最後の一人はあまり歓迎していませんといった自己紹介だ。
目は口程に物を言う。神久良といった彼の目は───
私の胸を直視していた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そう、顎を人差し指と親指で挟む形で、じっくりと凝視していた。
「神久良くん。いくらなんでも、露骨過ぎるわよ・・・」
彼のあからさまな行為に、マイペースな摩耶も流石に引き気味だ。おおよそ、普段の彼からでは想像もできない行為だったのだろう。
「だがな、望月。目の前にあったら、見ないわけにもいかんだろ。」
───違う。
確かに、この神久良という男の視線は私の胸を直視する形になっているが、彼が実際に見ているのは周囲の状況だ。
彼は、自分達が私達と接触することで、周囲がどのような感情を抱いているのか観察しているのだ。自分の背後のことなので、直接確認することはできないが、クラスでもトップクラスの美女二人を独占している三人組に対してへの、他の男子達からの敵意が凄まじいといったところだろうか。
───観の目。
もし、これを無意識にやっているならが、この男は相当な曲者だ。摩耶は、どうやらこの男のことを異性として気に入っているような感があるが、初めて見たときもそうだったように、私はこの男のことを好きになれそうもない。
「望月。一旦解散としよう。このメンバーでのグループ申請は、昼休みにでもいいよな?」
決断が早い。状況観察眼も悪くない。
───まずいなぁ。
自分の感情とは反して、私の中で彼の評価が少し上がる。彼は、これ以上クラスの男子の敵意を集めることを良しとはしなかったのである。
「うん。わかった。」
摩耶も、彼の意図を汲んでか素直に即答し、一旦この場はお開きとなる。
お昼休みの時間になり、私達は、予定通り神久良のシンクライアント端末からグループ申請の手続きをおこなった。手続きは直ぐに完了し、摩耶がみんなで昼食を食べることを提案したが、案の定、三人組はその誘いを辞退した。
───槻城学園、本館・学生食堂 連絡通路
「神久良くん達、付き合い悪いよねー。」
学生食堂へ向かう通路を歩きながら、摩耶がぼやく。
彼女は、この機会に三人組と距離を少しでも縮めたい意図があったようだが、私としては三人組が取った選択の方が妥当である。いかに男女共学と言えども、ここは思春期真っ盛りの男女が集うコミュニティであり、男女の馴れ合いには多くの者が敏感だ。例え当人達に邪な気持ちがなくとも、男女の組み合わせというだけで、周囲の妄想は実態とはかけ離れて一人歩きしていく。
「そうだねー。」
とは言え、同じ女として摩耶の気持ちも分からなくなく、私は同性として同意を示す。
摩耶は一見淡々として見えるが心の奥底には熱い情熱を秘めている。その乙女が意中の男性を目の前にして周囲の目を気にするかといえば、答えはノーだ。乙女は、確実に、そして貪欲に、好機を伺って意中の殿方のハートを仕留めに行くはずだ。
───青春してるなぁー。
女学生として年相応の青春を謳歌している彼女をどこか羨ましく思う。摩耶と同じような青春を謳歌することは、私にはできそうもない。乙女としてはスレ過ぎている。
そんな私とは対照的な彼女がぼやいているのは、現状に不満があるからではない。
逆である。これからのことを考えると、胸がときめかずにはいられないのだ。ぼやいているのはそんな感情の裏返し。
「そもそも───」
彼女のぼやきは、彼女の歩みとともに快調であったが、突然に割り込みに中断を余儀なくされる。
「おう、摩耶。」
通路の向かい側から、体格の良い男子生徒が彼女に声を掛けてきたのだ。既に学食で昼食を済ませませた帰りのようだ。
「あ、錬司、オッス。」
二人の間に微妙な空気が流れる。
───ふーーん。過去、何かあった感じかな。
しかし、その際どい時間は長くは続かない。男の方が摩耶から視線をはずし、私をロックオンしてきたからだ。
あの三人組が典型的な草食系だとすれば、こちらは明らかな肉食系───。
オスとしてのセックスアッピールを常に全開にし、オスのフェロモンをばら撒きまくっている。欲する獲物がいれば全力で狩りにいき、例え他人のモノであったとしも力ずくで奪い取ることも厭わない。この男の目が堂々とそう主張している。
同性の男から見れば厄介極まりないが、女であればこういった生存競争のための強引さに惹かれる女性は少なくない。
かく言う私もこういったタイプは嫌いではない。少なくとも草食系よりは好感は持てるし、そして何よりも、その逞しさはオスとして魅力的だ。
今、かのオスは私を獲物として認識したようだ。オスの本能を剥き出しにした視線が、服が裂けたのではないかと錯覚するほどに私の体を射抜く。
───うゎーー。目で犯すってヤツね。ちょっと、ゾクソクしちゃうかもっ。
不謹慎なことを考えてしまう私であったが、摩耶は対照的に男の露骨な視線に嫌悪感を示し、この場を早々と切り上げようとする。
「私達、これから昼食だから。じゃぁねー。錬司。」
摩耶は後ろ振り返ることなく私の手を引き平然と前へ向かって歩きだす。
「おい!摩耶!」
錬司という男が呼び止める。
「───何?」
彼女はやはり振り返らない。
「後悔するなよ。」
「しないよ。絶対───」
彼女の歩みは止まらない。
「そして、お前!」
───えっ、私?
「またな。」
そう言って含み笑いをすると、錬司という男は去っていった。
「なっつん───」
「うん?」
「私が言えた義理じゃないけど、あいつには気を付けた方がいいよ。本当に私が言えた義理じゃないんだけど・・・」
───あー。やっぱり過去そういう仲だったんだ。
「忠告ありがと。摩耶に心配かけるようなことはしないから、安心して。」
この先の任務のことを考えた場合、錬司という男が情報収集のためのパートナーになることをもありえるわけで、今後、錬司という男と関わらないとは断言はできないのだが、ここは彼女の忠告に素直に従うのが礼儀というものだ。
彼女は軽く微笑むと再び私の手を引いて歩きだした。
この後、摩耶と二人で学食のランチを食べたのだが、何故かその時の味を憶えていない。
そして、昼食後のトイレで、パンツにシミができているのを確認したとき、私は錬司という男に何かのスイッチを押されことを理解した───