表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

取り返す庭

 車の中で、峰子は相変わらず軽い笑みを浮かべていた。

 しかし……信二は何度か脇に座る妻の横顔に眼をやる。

 何か、その口元がぴくぴくと動いているのも気になっていた。

 どこか、何か、妻が。

 薔薇はすべて置いてきたはずなのに、あの香りはまだ、車内にかすかに残っている。

 と、急に

「窓、開けていい?」

 こちらを向いてそう言う峰子の目は、なぜかいつになく煌めいていた。

「暑くなった?」

「ううん」 

 峰子の口調は弾んでいる。

「外の風の方が、気持ちいいでしょ?」

 その時は、そうなのかな、と信二は思っただけだった。


 自宅に帰った峰子がまずやったのは、庭の草むしりだった。

 白い手がひらめきながら、若々しい緑の草をむしり続けている。


 その手つきに、何となく覚えがあった。


「ねえ」

 峰子は、やけに明るい口調だった。

「やっぱりここに、畑を作ろうかな」

「へえ」信二はどこかうわの空で、しゃがんでいる彼女の後姿を見守る。

 峰子は歌うように続ける。

「薔薇はもう、止める」

「好きにしなよ。でもあんまり無理すんなよ」

「無理?」

「腰が痛いんだろ?」

「え?」

 ふり向いて立ち上がる峰子の動作は、明らかに軽やかだ。

「そんなことないよ。腰なんて全然。今までに比べれば」

 ああ、やっぱり。

 ようやく信二は気づく。

「だってこんなに楽になったんだもの」

 峰子の声には、いつになく張りが感じられる。

「ホント、楽になってよかった」

「ああ」

「いつまで持つか、分らないけどとりあえずは、ね」

 いつの間にか近くに来ていた峰子の、白い手が信二の手に重なる。

 それはひんやりしているようで、暖かかった。

 それにも覚えが、あった。そして、懐かしくも。

「信二、」

 彼女が満面の笑みで彼に告げた。

「しばらくまた、一緒に居られるね」

 ああそうだね、とどこか遠くで答える声がしていた。

 冷静に残っていた遠いところから、彼は自分に告げる。

 ベッドで赤い唇をみたら、たぶん俺はすぐに背を向けるだろう、と。




 了 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ