取り返す庭
車の中で、峰子は相変わらず軽い笑みを浮かべていた。
しかし……信二は何度か脇に座る妻の横顔に眼をやる。
何か、その口元がぴくぴくと動いているのも気になっていた。
どこか、何か、妻が。
薔薇はすべて置いてきたはずなのに、あの香りはまだ、車内にかすかに残っている。
と、急に
「窓、開けていい?」
こちらを向いてそう言う峰子の目は、なぜかいつになく煌めいていた。
「暑くなった?」
「ううん」
峰子の口調は弾んでいる。
「外の風の方が、気持ちいいでしょ?」
その時は、そうなのかな、と信二は思っただけだった。
自宅に帰った峰子がまずやったのは、庭の草むしりだった。
白い手がひらめきながら、若々しい緑の草をむしり続けている。
その手つきに、何となく覚えがあった。
「ねえ」
峰子は、やけに明るい口調だった。
「やっぱりここに、畑を作ろうかな」
「へえ」信二はどこかうわの空で、しゃがんでいる彼女の後姿を見守る。
峰子は歌うように続ける。
「薔薇はもう、止める」
「好きにしなよ。でもあんまり無理すんなよ」
「無理?」
「腰が痛いんだろ?」
「え?」
ふり向いて立ち上がる峰子の動作は、明らかに軽やかだ。
「そんなことないよ。腰なんて全然。今までに比べれば」
ああ、やっぱり。
ようやく信二は気づく。
「だってこんなに楽になったんだもの」
峰子の声には、いつになく張りが感じられる。
「ホント、楽になってよかった」
「ああ」
「いつまで持つか、分らないけどとりあえずは、ね」
いつの間にか近くに来ていた峰子の、白い手が信二の手に重なる。
それはひんやりしているようで、暖かかった。
それにも覚えが、あった。そして、懐かしくも。
「信二、」
彼女が満面の笑みで彼に告げた。
「しばらくまた、一緒に居られるね」
ああそうだね、とどこか遠くで答える声がしていた。
冷静に残っていた遠いところから、彼は自分に告げる。
ベッドで赤い唇をみたら、たぶん俺はすぐに背を向けるだろう、と。
了