最終段 ドキドキ感がないと面白くないからな
『師匠……あなたと仲間たちのおかげで復讐を成し遂げることができました。ありがとうございます』
復讐が終わり、俺は今師匠が眠るりんごの木の下で手を合わせている。
――お礼なんかいいわい。それより、シギルよ。復讐相手はともかく殺しすぎじゃろ。これじゃわしは殺人鬼の生みの親じゃ! ちっとは自粛せい!
「……」
風で葉っぱがざわめく中、そんな怒号が聞こえてきた気がした。師匠は弟子のレイドが殺し屋なのを快く思ってなかったから、実際に言いそうではある。
――それでも、転移術士の力を冒険者たちに知らしめることができた。さすがはわしの一番弟子じゃ。
鞭だけでなく飴も忘れない。さすがは俺の師匠だ。本物はもっとスパルタだが……。
『でも疲れたので、少しダンジョンから離れる予定です』
――そうか。うむ、それがいい。ダンジョンだけが人生の全てではない。一歩離れてみてわかることもある。
りんごの木から離れると、師匠の声はもう聞こえなくなった。
これから俺は一人、傷ついた心身を癒すべく外の世界をのんびりと見て回るつもりだ。あと一月ほどしたら俺の誕生日だから、そのときになったら戻ると仲間たちには伝えてある。
◆◆◆
「《極大転移》!」
長い旅がようやく終わり、俺はダンジョンのある王都まで帰還した。今日は俺の33歳の誕生日だ。約束の時間はもちろん午前十時。
みんな元気にしてるかなあ。すっかり俺のこと忘れちゃってたりして? 例の三角錐の建物が徐々に近付いてくる。
でも俺、なんでこんなにワクワクしてるんだろう? 凄く楽しかった旅が終わってしまったというのに……。
色んなことがあった。スキルの存在すら知らない未開の民族との交流、田舎の転職場で落第して落ち込んでいた転移術士の卵への激励、未来の冒険者を目指し修行に励む子供たちへの指導……時間が経つのも忘れるほど毎日が充実していた。
それでも、心の中に決して埋めることのできない穴がぽっかりと開いていたのも事実で、それが不思議だったんだが今になってやっと理由がわかった。ダンジョンや仲間の存在の大きさを。
当たり前だと思っていたダンジョンでの日常、仲間とのやり取り……それは最早俺にとってなくてはならないものになっていたということだ。いつの間にか俺は駆け足になっていた。
「……」
一応俺は最高到達者なので覚悟してホールに入ったが、ほとんど視線は集まらなかった。……あれ? まさかと思って巨大掲示板を見ると、天空ステージでほかのパーティーがボスを倒すシーンが映し出されていた。
……なるほど。俺がいない間に追い抜かれちゃったってわけか……。考えてみりゃ、あれからもう一月も経ってるわけだしな。ま、追い越せばいいだけだが、5人パーティーの中に青いローブの転移術士っぽい子がいたからそこまで急がなくてもいいかなと思った。
俺が最高到達者になるまでは、転移術士をあの画面で見る機会なんてなかったからな。マイナー職、不遇職、底辺職、空気職……当時は色々言われたが随分出世したもんだ……。
『百十二階層を攻略した最高到達パーティー【フィフス・エレメンツ】の勇姿をご覧になりたい方は、ホールの巨大掲示板まで是非お越しください!』
場内アナウンスが流れてくる。……てかこれ、まだ百十二階層なんだな。ってことは、ラユルたちあれからまったく攻略してないってことか。ビーチとかで遊んでばっかりだったりして……。
本当にみんな俺のために集まってくれてるのか不安になりつつ、溜まり場の女子トイレに向かう。もし誰もいなかったらと思うとぞっとする。メモリーフォンで確認しようかと思ったが止めた。ドキドキ感がないと面白くないからな。
おっと、十時を知らせる鐘の音が鳴り響いた。時間だ、急ごう……。
「――みんな、ただいま……!」
「ウニャー」
「……ミミル……」
溜まり場にいたのは黒猫のミミルだけだった。尻尾を立てて近付いてくると、俺の足に頭を擦りつけてきた。
「なんだ、お前だけか。それでも嬉しいけど寂しいなあ……」
「ウニー」
ミミルの頭を撫でたあと、一応個室を覗いてみたが誰もいなかった。はあ。みんなすっかり俺のことなんて忘れちゃったのか……。
「師匠ぉ!」
「あ……」
振り返ると、ウェディングドレス姿のラユルがいた。
「ら、ラユル……」
「えへへ……私自身がダーリンへのお誕生日プレゼントです! ……あう!」
ラユルが俺のほうに駆け寄ろうとしてきたが、途中で長いドレスの裾を巻き込んで転んでしまった。相変わらずドジだな……。
「……えへへっ……」
「おいおい……って、ラユル……」
ラユルを起き上がらせたとき、よく見るとドレスが透けているのがわかった。うわ、しかも中身は全裸だ……。
「な、なんて恰好してるんだラユル……」
「あ、見ましたねぇ。師匠ぉ、エッチですぅ……」
「くっ……」
こんなところに罠を仕込むとは。さすがはあの怪しい防具屋の常連客なだけある。俺が旅をしている間、このけしからん服を選ぶまで入り浸ってたんだろうな……。
「「「「「お誕生日おめでとー!」」」」」
そこで拍手とともにアシェリたちがニヤニヤしながら出てきた。ここまで来たらさすがに予想できたことだが、いちいち手が込んでるなあ……。
「シギルさん、なんだか前より精悍な顔つきになったねえ。ふわあ……」
アシェリが白い歯を見せながら近づいてくる。相変わらず眠そうだが。
「アシェリ、お前も前より焼けたな」
「あはは! ビーチに何度も行ったしねえ!」
アシェリはビーチのために産まれてきたような容姿だし、毎日通ってそうだ……。
「まったく。アシェリどのには付き合いきれないですよ、シギルどの……」
「ですです」
その隣でリリムとティアは呆れ顔になっていた。
「リリム、ティア、お前たちはついて行かなかったのか?」
「……わ、私は、アシェリどののように体に自信があるわけではないので……」
「リリム、その台詞は何気にお子様体系の私が傷つきますって。しかもシギル様の前なのに……。まー、おデブの二人に比べると私は痩せてますけどねえ。食べても太らない体質なんで……」
「「ティア……」」
「ひー」
「……」
……この三人も相変わらずで安心した。
「ぺったんこでも、愛嬌で勝負ですよっ。師匠ぉ、見てください! あはんっ……」
「……」
「あうっ!」
ラユルのセクシーポーズって大体お尻を向けるだけなんだよな。当然、素早く回り込んでおでこにチョップを食らわせておいた。
「ラユルちゃんはまだお子様なんだから、シギルお兄ちゃんは悩殺できないよ! せめて私くらいの歳になってからにしようね!」
「は、はーい、セリスお姉さん!」
セリスとラユルのやり取りに笑い声が上がる。
「……あ、そうだセリス、リセスお姉ちゃんは起きた?」
「んーん。まだ! でもねぇ、すぐ近くにいると思うよ。そんな気配がずっとするから……」
「……そうか」
やっぱりリセスはまだ寝てるだけなんだな。というか、今にも起きてそうな予感さえする。
「シギルさん、旅は楽しかったかしら?」
腰に手を置いた少女が笑顔で近付いてくる。アローネだ。相変わらず威圧感バリバリだな……。
「ああ、楽しかったよ。アローネたちはダンジョンの攻略やってないっぽいが、休んでたのか?」
「休んでたっていうか、ビーチとか天空の町でみんなとお散歩とか、そういうのばかりしてて……」
「……結局休んでるじゃないか」
「そ、そうね……。でもでも、メシュヘルちゃんもすっごく喜んでたし……」
……アローネ本人が一番喜んでたっぽいな。俺がいない間に無理して怪我でもされたら困るし、休んでくれてたほうがいいんだけど。
「あ、そうだ。リカルドは?」
「僕ならここにいますよ」
「うわっ」
すぐ横にいた。……い、いつの間にいたんだよ。卑怯すぎるだろ、この存在感のなさ……。
「シギル様、只今拝見した結婚式はレイド様にも報告せねばなりませんね……」
「……そ、それはちょっと……勘弁してくれないかな?」
「ご安心ください。一夫多妻制は強者の宿命ですから……」
「……」
結局言うってことかよ……。レイドの前で本格的に浮気したら、命が幾つあっても足りなそうだが……。
「あ、そうだ。グリフのやつは?」
「自分はここにいますぞー」
「うおっ……」
壁の一部が開いたと思ったら、グリフが顔だけを出してきた。よく見ると扉になってる。
「グリフ、これはなんだ?」
「業者に頼んで溜まり場を拡張してもらったのであります!」
「へえ……」
扉の向こうを見ると、なんと男子トイレと繋がっていた。
「……っていうか、意味あるのかこれ……」
「いざ用を足すのに女子トイレは気が引けるので……」
「……その気持ちはわかるが、早く行けるといってもここから見知らぬ男が入ってきたらどうすんだか……」
「うふふ。師匠ぉ、大丈夫です。ここに忍び込んできた男の人も、私が幽霊作戦で追い出しましたからぁ!」
「……」
やっぱり入ってきてたんだな……。
「僕の弟分のガーディが青い顔で飛んで逃げていきましたよ」
リカルドがぼそっと呟いて、溜まり場は笑いの坩堝と化した。おそらく偶然見つけて、なんだろうと思って入っただけなんだろうな。気の毒に……。
「――シギル兄さん、誕生日、それにご結婚おめでとう」
「……あ、ありが……えっ……」
俺に凄みのある笑みを向けてくるセリス。この独特のオーラ、懐かしい……。みんな呆然とする中、気付けばリカルドがひざまずいていた。
「レイド様、おかえりなさいませ」
「……リセス……おかえり」
「ただいま……シギル兄さん、是非私を愛人一号にしてね」
殺し屋レイドがご帰還した瞬間だった。
※本編、後日談ともに完結いたしました。
最後まで見て頂いた方、ありがとうございます。
もう少し評判が良ければ番外編等あるかもしれません。
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