百三十七段 この瞬間をどれだけ夢見たことか
「ルファス、お願い、あなただけでも逃げて……死なないでえええ!」
「バカ! 俺はどうなってもいい! いいから早く撃て、エルジェエエッ!」
……な、なんかルファスとエルジェが俺の目前で感動的なシーンを演出しておられるんだが……。これじゃまるでこっちが悪役みたいだな。この際どっちでもいいが……。
「くたばれ汚物ウウウッ!」
おおっ、これまたどでかい水の塊がエルジェから俺のほうに向かってきた。これぞまさに渾身の一撃というやつか。これじゃ逃げようとしても難しい。
「糞シギル! ざまあみろ! てめえはどっちにしろシギられる運命なんだよおぉ!」
ルファスが得意顔でがっしりと俺の体を捕えて離さない。まもなく水の塊が俺を包み込んだ。うわー、やられるー。
「エルジェ、ビレント、やったぞ! 糞シギルをシギったああぁ!」
「「やったあぁ!」」
「俺は生きてるぞー!」
「「「え!?」」」
というか、俺はまったく無傷で濡れてさえもいない。《微小転移》の連続で中央から水の塊を左右に大きく転移してやったからな。
「……ば、バカなっ……生きてやがる……糞……」
「う、嘘よ、そんなの……!」
「……ほ、本当だ……。先輩まだ生きてる……」
やつらの希望が一気に沈んでいくのがわかって、俺は体の底から溢れ出るなんともいえない幸福感に浸っていた。
「そんなに落ち込むなよ、お前ら……。遊び足りないんだからもうちょっと付き合ってくれよ」
「糞シギル……何をしやがるつもりだ……」
「お、ルファス元気いいねえ。どうやって遊ぶかはまだ決めてないんだよ。とりあえずみんなのところに行くぞ」
「うっ……?」
ルファスの髪を掴んで引き摺り、エルジェたちのすぐ近くに連れていくことにした。
「――なんだ、二人とも気絶してるのか……?」
いつの間にかうつ伏せに倒れていたビレントとエルジェに俺が近寄った途端、《フレイムバースト》の火球が発生、膨張し始めて、さらに《ホーリーブレス》の青い光が向かってきた。
これはまずい。火球をずらすにしても近くに転移すれば爆裂で被害を受けるし、聖属性の攻撃魔法は触れずとも近距離にあるだけでダメージを受ける。《微小転移》ではもう逃げようがない……。
「る、ルファス、ビレント! 今の完璧でしょ!? シギれた!?」
「「消えた……」」
「……え、ってことは跡形もなくなっちゃったの……?」
「……」
俺はやつらの後方に立っていた。《小転移》を使ったんだ。
「……お前ら、いくらなんでも俺をバカにしすぎだろ……」
「……だ、ダメだ。生きてやがる。畜生……」
「……ダメだあぁ……」
「……そんなぁ……」
あんな見え透いた芝居に引っ掛かるわけがない。あえて引っ掛かった振りはしてやったが、内心じゃかなり警戒してたしな。
《サンクチュアリ》対策で《小転移》を入れておいたのが功を奏した。やつらの死んだ振り作戦は見事に失敗に終わったってわけだ。
「お前らに元気がないからって、少しは手加減してやろうかと思ったのに……今ので気が変わるかもな。謝れよ」
「……ゆ、許して、シギルさん……」
「ん? エルジェ、俺は汚物じゃなかったのか?」
「……お、汚物はあたしのほうです……」
おーおー、急に素直になっちゃって。荒っぽい呼吸の音が重なって聞こえてくるのも面白い。こいつら痛い上に怖くてしょうがないんだろうな。反撃に出たところで俺に当てることができないのはもうわかってるだろうし、お前たちはこれからひたすら絶望を味わうしかないんだ。
「ビレント、お前も何か言うことあるだろ?」
「……ごめん。今まで本当にごめん。先輩……」
「お前、今までよく俺のこと小馬鹿にして弄ってくれたよな。あれ面白いって本当に思ってたのか?」
「……ああしないと……場の空気しらけちゃうし……」
「……しらけてるのはお前の存在そのものだろうが」
「……はい、そうです。ごめんなさい……」
なんか臭いと思ったらこいつ小便漏らしてたんだな。不愉快なやつ……。そうだ。こいつ相当なナンパ者だったっけ。それならあれが効果的か。
『《微小転移》!』
「……うぇっ!? い、今何を……」
「去勢してやったんだよ。アレは砂の中に埋めてやった」
「……そ、そんな……」
「どうせこれから死ぬんだからいいだろ」
「……い、嫌だ……嫌だぁ……」
ビレントのやつ、ガキみてえに顔しわくちゃにしてボロボロ泣いてて本当に気分がいい。胸がすかっとする。
「おいルファス、お前震えてるぞ? びびってんのか?」
「……ち、違う……糞……」
「今糞って言ったな。お前のことか?」
「……」
「お前のことかって聞いてるんだよオイッ!」
「があぁっ!?」
片方の耳を飛ばしてやった。
「もう一回聞くぞ……。糞ってのはルファス、お前のことか?」
「……そ……そうだ……お、俺のこと、だ……ひぐっ……」
ルファスのやつ、痛いのもあるんだろうが顔をしかめて滅茶苦茶悔しそうに泣いてやがる。思えばあの雨の日以来か……。実に心地いい。今までこの瞬間をどれだけ夢見たことか。最高だ。本当の意味で最高到達者になった気分だ。こいつらの惨めな姿をもっと……もっと見ていたい……。
「ど……どうせ殺す気なんだろ……。早く、やれ……いえ、早く殺してください……」
「……そ、そうよ……。早くやってよ……」
「……嫌だ、嫌だ……。僕絶対死にたくない……ひっく……えぐっ……」
……ビレントだけ意見が食い違ってるな。我儘な坊やだ。
「よし、みんな謝れ。誠意をもって謝ったら生かしてやるかもしれない」
「……わ、悪かった。俺が悪かったです……」
「ごめんなさい……酷いことして……」
「……ご、ごめん……なさい。しぇんぱい……えぐっ。ひくっ……だから……だずげで……」
うん、確かにちゃんと誠意が伝わってくる。結局みんな死にたくないんだな。どうしようかなあ……。
「助けようかなあ、殺そうかなあ、助けようかなあ、殺そうかなあ、助けようかなあ……よし、殺そう」