百三十二段 磨けば磨くほど魂の輝きは見る者を圧倒する
「……な、なんだこりゃ……」
信じられない光景だった。
ホールの巨大掲示板では、俺が全裸でボスを倒す映像が延々と流れていたのだ。なんてみっともない姿なんだ……。
「うわ、あいつだ!」
「露出狂のシギルだ!」
「変態……!」
「恥知らず!」
「最高到達者を汚しやがって」
「今すぐ死んじまえ!」
「死んで償え!」
「死ね!」
「……」
俺が歩くたびに周りの冒険者たちから笑い声や罵声が浴びせられ、行く手を阻まれる。俺は恥ずかしさのあまり顔を両手で覆っていた。頼む……俺を見ないでくれ。そこをどいてくれ……。
「おい、糞シギル」
「汚物」
「シギル先輩っ」
「シギル」
「――はっ……」
振り返るとルファス、エルジェ、ビレント、グリフの四人が俺を見下ろすように立っていた。なんかみんな俺よりずっと大きく感じる。俺より背が低いビレントやエルジェさえも。何故だ。気持ちが萎縮しているからなのか……。
「見たか? 巨大掲示板。もうお前、みんなのアイドルだな」
「無様よねぇ。英雄だったのが今やただの変態扱い。気分はどう? あ、汚物だから平気か」
「僕だったら恥ずかしくて自殺するよ。シギル先輩、よく生きてられるね」
「まったくその通りなのである。自分さえマシに思えてくる……」
「「「あはは!」」」
「……あ……あ。あ……」
盛大な笑い声が上がる中、俺は頭を抱えて座り込んだ。気が狂う。もうダメだ。もうこんなの耐えられない……。
――シギル兄さん……。
「……リセス……?」
リセスの声が聞こえて俺ははっとなった。……そうだ。俺は普段修行がどうの偉そうに言っておいて、いざ過酷な状況になったら逃げるというのか。そんなの都合がよすぎるだろう。諦めた瞬間人は終わるんだ……。
……負けるものか。むしろ堂々としたらいいんだ。やつらは俺が弱り果てていじける姿が見たいんだ。心が上げる軋み、悲鳴……それこそが心を失った者たちにとって何よりのご馳走だからだ……。
だったらくじけないように魂を磨くしかない。磨けば磨くほど魂の輝きは見る者を圧倒する。心なき者は目を瞑り、心ある者は惹きつけられる。
立ち上がってあいつらを見ようとしたときだ。ホール全体が揺れ始めた。地震……? 立ってられないくらいの揺れなのに、【ディバインクロス】のメンバーも周りの冒険者もまったく慌てる気配がない。これは一体……いつまで続くんだこの揺れは……。
「――シギルさん!」
「――はっ……」
気が付くと俺は簡易ベッドの上にいて、ラユルがすぐ側に立っていた。
……夢だったか……。しかしなんでラユルがここに? しかも目が赤い。泣いてるのか……。
「ラユル、何をしに……って、あいつらまで……」
気を遣ったのか、宿の入り口にはアシェリ、リリム、アローネの三人が遠巻きにこっちを見ていた。あれ、ティアがいないな。それにみんな深刻そうな顔をしている……。
ま、まさか……リセスに何かあったのか……? じゃあ、夢の中で感じたあの揺れは、俺のメモリーフォンの振動……?
「えぐっ……大変なんです……。ミミルちゃんがぁ……」
「……え……ミミル? ミミルがどうしたんだ!?」
◆◆◆
「――《ヒール》!」
一足先にリセスたちの元に駆け付けたティアにより、今にも失われようとしている黒猫ミミルの命をつなぐ作業が懸命に行われていたが、最早虫の息だった。
「……ニィ……」
「……《ヒール》ッ! ……はぁ、はぁ。もう……これ以上は厳しいみたいです……」
ティアがその場に座り込む。《ヒール》は術者の精神力だけでなく体力も僅かだが消費するため、全力でここまで走って来た彼女にとってはもう限界だった。
「ティア、ありがとう。もう休んで」
「はい……あとはシギル様にお任せします……」
『……お願い、シギル兄さん、早く来て……』
夜の町に向かって目を瞑り、手を合わせるリセス。
「……レイド様……」
リカルドにとって、今のレイドの姿はあまりにも衝撃的だった。真っ青になって震えながら祈っている様子を今まで一度たりとも見たことがなかったからだ。彼女の義父の亡骸を持ち帰って対面させたときですら、レイドはいつもとなんら変わらなかった。
「……シギル、か……」
リカルドの好奇心は最早シギルという男に傾きつつあった。レイドほどの人が待ち焦がれる男とはどんなものか、一刻も早くこの目で見てみたいと思ったのだ。
「――リセス!」
「……あ、し、シギル兄さん!」
「シギル様!」
「……」
リカルドの熱い視線が一人の男に注がれる。
「……あの男が……シギル……」
レイドが見せた意外な一面にも驚いていたが、リカルドはシギルという男から発せられる異様なオーラに度肝を抜かれていた。今までの誰よりも輝いて見えて、深夜であるにもかかわらず眩く感じるほどだったのである。
「これは……レイド様が惚れるはずだ……」
リカルドは確信していた。本当の意味で冒険者などこの世にはもう存在しないと思っていたが、この男は本物だと……。