百二十六段 割と簡単なトリックだった
『――いた……』
リセスは塀の上で身を伏せた。
高い煉瓦塀に囲まれた邸宅の広い庭で子供たちが追いかけっこをして遊んでいたのだが、そのうちの一人は明らかに義妹のセリスだった。
その近辺には厳つい顔をした拳闘士風の青年と、フード付きの白いローブを着た恰幅の良い中年男性がいたが、リセスは後者が只者ではないとすぐにわかった。同業者ではないが、それに近い立場にいる者であるということも。何故なら見覚えがあったからだ。
彼はならず者のパーティーとして当時有名だった【スカベンジャー】のリーダー、元戦士のグランテだった。
ダンジョン管理局が転送部屋でパーティー同士の争いをできないようにしたのも、かつて【スカベンジャー】がそこを封鎖して無差別殺人を敢行したからだった。それで283人という多くの死者を出し、最終的に上級者で構成された討伐パーティーによって掃討されたものの、リーダーの遺体のみ発見されなかったと聞いていた。
年老いたことでしわが増えて腹が出てさらに自慢の髭も剃っているが、上下ともに厚い唇、突き出た顎等の顔の特徴からリーダーのグランテで間違いないとリセスは確信していた。
『あんなのに引き渡すなんて……』
リセスは知っていた。グランテがいかに非道な男か……。
【スカベンジャー】時代の彼のあだ名はチャイルドキラーである。子供を連れ去り残虐に殺すことを趣味にしていた異常者なのだ。また非常に狡賢く、逃げ足も速い上に他人に扮することが巧みなため今まで生きて来られたのだろうと彼女は思った。近いうちに子供たちを皆殺しにするだろうとも。
誰かの子供を誘拐し、脅して金品を奪ったり言うことを聞かせたりしている一方で、最終的には殺す気満々だということがリセスにはよくわかっていたのだ。
「――あ、猫ちゃんだ!」
『あ……』
子供に指差されてリセスは一瞬しまったと思ったが、すぐに自分は猫だったと思い出す。
「ミミル!」
庭に着地すると、セリスが颯爽と駆け寄ってきて涙目で抱きかかえられた。
「会いたかったよー!」
「あ、セリスちゃんずるーい! 私も触りたーい!」
「あたちにもしゃわらせてぇー!」
「僕も!」
「俺もー!」
「今はダメ―!」
リセスは子供たちによって引っ張りだこになったが、セリスがしっかりガードしてくれていた。
「……おい、クソガキ。なんだその猫」
厳つい風貌の男が近付いてきてリセスとセリスの顔を覗き込んできた。
「ただの猫だよ!」
「……んなの見りゃわかる。まさかここで飼うつもりかって言ってんだよ。勝手なことするんじゃねえよクソガキッ!」
「うっ……」
げんこつを頭に受けてしゃがみこむセリスだったが、決してリセスを離すことはなかった。
「いったあい……」
『セリス、ごめん。すぐ助けるから……』
「うわーん、セリスちゃんがぁ!」
「えーん!」
「ひどいよー!」
「ちっくしょー!」
「……ちっ……うるせえガキどもだ……」
周りにいる子供たちから泣き声やブーイングが上がって厳つい男が顔をしかめる。
「クソガキども黙りやがれ! 全員この場でぶち殺すぞオラアッ!」
「はっはっは。ガーディ、そこらへんでやめておきなさい。猫くらいいいじゃないか……」
「へ、へい、グランテさん……」
リセスは見逃さなかった。グランテという男の温和な目に怪しい光が宿ったのを。もう時間はほとんど残されていないとこのとき悟った。
◆◆◆
「おいシギル、嘘ついてんじゃねえぞ。さっさと脱げよ」
「そうよ。あんた人間じゃないんだしずっと裸でもいいくらいでしょ?」
「ププッ……」
こいつら、俺が裸になりたくないあまりに口から出まかせを言っていると思っているらしい。
「倒す方法がわかったのは本当です。今からそれを証明します」
やつら俺がそう言った途端、思いっ切り面食らった様子で黙り込んでいる。いい気味だ。
「……シギル、てめえもし嘘だったらセリスが無事じゃ済まんぞ……」
「そ、そうよ。今のうちに嘘って白状しなさいよ汚物」
「……先輩、いい加減に素直になろうよー」
三人とも余裕があるように見せたいんだろうが動揺を隠せてないな。そこで指を咥えてじっくり見てろ……。
『――《微小転移》!』
二人の天空人が交差したタイミングでバラバラにしてやると、当然のように瞬時に再生した。
「おいシギル、やっぱりダメだったじゃねえか、アホかお前」
「汚物……! いい加減にしなさいよ!」
「先輩、見てて気恥ずかしいよ!」
「……よく見てください」
「「「は!?」」」
二人の天空人は再生したまではよかったが、パーツがバラバラでしばらく不安定に低空飛行したのち、バランスを崩して壊れてしまった。もう再生する気配はない。天空人は交わった瞬間破壊されて即再生したことでお互いの体の部品を混ぜ合わせてしまい、均衡を失って崩れてしまったということだ。よく考えてみれば割と簡単なトリックだった。
「……た、倒しやがった。マジかよ。糞が……」
「汚物のくせに……」
「……はあ」
やつらが凄く悔しそうに見ているのが何より心地いい。とはいえまたどんな嫌がらせを考えてくるかわからないし、早くリセスにセリスを救出してもらわないとな……。