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百二十三段 みんな久しぶりだな


「そろそろだな……」


 もうすぐ約束の時間の午前十時ということもあり、大の字でベンチに座るルファスが周りを見渡す。


「シギル先輩、本当に来るのかな?」


 それに呼応するように、ビレントがメモリーフォンに映った女友達のリストから周囲の光景に視線を移す。


「来るに決まってるでしょ、ビレント。変質者にとっては目に入れても痛くない幼女が人質になってるんだから……」

「そりゃそうだけど、なんで怒ってるの? エルジェ……」


 前髪を掻き分けるエルジェの声は、ビレントが言う通り明らかに怒気を孕んでいた。


「どうせあいつのことだからさ、今頃あたしたちのこと卑怯者だって恨んでそうでしょ? それが癪なのよ……。でも、あんな気持ち悪い男から離してあげたんだから、むしろあたしたちのほうが正しいって思うけどね」

「ってか、絶対俺らが正しいだろ」

「うんうん。僕もそう思う。今はまだちっちゃいからわからないかもしれないけど、いつかセリスちゃんも僕たちのほうが正しかったってわかるんじゃないかな」


 三人の会話は俄然熱を帯びてきた。それほど彼らにとってシギルという存在は色んな意味で大きく、彼を人質というカードによって好き勝手できると思うと興奮は高まるばかりだったのである。


「ねねっ、グリフとシギル先輩でさ、定期的に漫才コンビみたいなのやらせるのどう?」

「それ、面白そうだけどどっちもボケって感じね……」

「確かに……」

「ってかグリフはもう来ないぜ。お前らにも言った通り辞めるってさ」

「「え?」」


 ルファスの言葉にエルジェとビレントがショックのあまり固まってしまった。二人は退院したグリフに溜まり場に来るように何度も促したもののもう辞めると言って拒否されたため、それで彼が最も恐れているルファスに頼んだというわけだ。


「う、嘘ぉ……。ルファスでもグリフを説得できなかったの?」

「意外。ルファスの言うことならなんでも聞くって思ってたのに……」

「……仕方ねえだろ。あいつ、いくら言っても辞めるの一点張りでよ……」

「……ショックぅ……。抜けたら殺すぞって、脅さなかったの?」

「そうだよ。エルジェが言うように脅せばよかったのに。すぐ心変わりしそうじゃん」

「いや、似たようなことも言ったし胸ぐら掴んで殴る素振りしたけど、それでもダメだったんだよ」

「……へえ。じゃあ本当に辞めちゃう気なのね……」

「あーあ。グリフ弄り面白かったのに……」


 その場に溜息とともに暗雲が立ち込めるのも無理はない話だった。それだけグリフは彼らにとってストレス発散のために散々遊んできた遊具そのものだったからだ。


「あいつ、精神鑑定っての受けてから問題なしってことで解放されたみたいだけどよ、自分で頭かち割ってむしろ正常になっちまったっぽいよなあ」

「「あははっ!」」


 グリフが提供してくれた最後の飴を、彼らはしっかり味わうように舐めていた。午前十時を知らせる鐘の音が鳴り出したのはそれからまもなくのことだった。


「ま、グリフがいなくなるのは寂しいけど、代わりの玩具が来るし問題ないよ」

「そうね。でもあいつクエスさんも殺しちゃったし、それ以前に死ぬほど嫌いだしすぐ壊しちゃいそうだけど……」

「エルジェ、なんか怖いよ……」

「ふふっ……どうしてもやつのことを考えると、ね……」


 ビレントに目配せして苦笑するエルジェ。


「まあシギルを利用するだけ利用してよ、ほかのやつらが追い付けないくらい上り詰めるまでは軽く弄るくらいにしとこうぜ。折角の玩具が簡単にぶっ壊れても困るし」

「そうね。でもあたしだけは終始汚物みたいに扱ってやるから」

「あはっ。じゃあ僕がシギル先輩が精神的にシギれないようにそれとなくフォローするよ」


 まもなく到着するであろう新しい玩具に、彼らは大いに胸をときめかせていた。


「――あ、来たぜ……」

「「おっ……」」


 ルファスの言葉でエルジェとビレントが立ち上がる。その視線の先には、彼らだけでなくほかの冒険者たちの注目を一身に集める長身の男がいた。年寄りでもなく青年でもない。老いと若さの中間に位置するような男。そこから滲む危うさと鋭い視線も相俟って独特で異様な空気を発していた。


 彼こそ、ダンジョンの最高到達者として今や冒険者の間では最も知られた存在となった転移術士テレポーターのシギルである。穏やかな笑顔を浮かべておもむろに歩いてくるその姿はどこか人間離れした空気さえ漂わせていた。


「……よ、よお、シギル。久々だな?」


 ルファスはシギルのオーラを前にして面食らい、不自然な笑顔しか作れなかった。


「……久々ね、シギルさん」


 圧倒的な存在感を前に汚物と言うのを忘れてしまい、笑顔を引き攣らせるエルジェ。


「……シギル先輩、久しぶり……あっ……」


 ビレントに至っては気が付くと数歩後退してしまっていた。それだけシギルの放つ威圧感がずば抜けていたのだ。


「ああ、みんな久しぶりだな」


 白々しい笑顔と挨拶の裏で見え隠れしていたものは、シギルと彼らの間にある大きすぎる格差だった……。

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