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百二十二段 希望の光が宿ったことに変わりはない


 黒猫ミミルに《憑依》したリセスを送り出したあと、俺は軽い運動と朝食を済ませてからすぐに溜まり場の女子トイレに向かった。いつもよりずっと早い時間――午前八時――に集合することになっていたからだ。お別れを言うためだが、予定が変わったのでミミルのことも話すつもりだ。


「――おっ……」


 みんな揃ってる。アシェリは壁に凭れた状態で立ったまま居眠りしてたが、それでも俺が来たことでラユル、リリム、ティア、アローネの四人に揺さぶられて無理矢理起こされていた。


「アシェリさあん、私のダーリンが来たので早く起きてください!」

「アシェリどのおぉ、シギルどのの前だぞ、起きるのだあぁ! 今日のような重大な日に、まったくもう……!」

「本当に、ボスモンスター並ですね、アシェリの睡魔は……」

「アシェリさん、いい加減にして頂戴……」

「……むにゃ……。あと5分、あと5分でいいから寝させておくれよ……」


 それでも寝たがるアシェリにみんな呆れたように笑ってる。往復ビンタとか乳揉みとか結構色んなことされてるんだけどな。


「まあまあ、アシェリもセリスのことが心配でろくに寝られなかったんだろ。それくらいなら待ってやるよ」


 俺は荒ぶるみんなに向かって苦笑しつつ宥めてみせた。


 それにしても、なんかみんなすっかり打ち解けた感じだな。今まではアシェリ、リリム、ティアが大体三人で固まって会話してて、アローネ、ラユル、セリスがたまに参加する感じだったが、今じゃ全員で身を寄せ合って談笑してることが多い。


 さて、アシェリが起きるまで俺もみんなとたわいない会話でもするかな。話の種は、最近新しく出来た美味しいけどべらぼうに高いパン屋とか、老舗で高性能だけど際どい服ばかり売ってる防具屋とか……。ちなみにラユルはその怪しい防具屋の常連らしい。何考えてるんだか……。


「――ふわあ……」


 それから約一時間後、アシェリがようやくお目覚めになられた。みんなの冷たい眼差しに迎えられながら……。


「あははっ。シギルさん、それにみんな、おはよう!」


 それでも大して悪びれる様子もなく白い歯を輝かせるアシェリはある意味清涼剤といえるのかもしれない。なにせ今は緊急事態で雰囲気も暗くなりがちだから、彼女みたいな存在も必要になる。


「ああ。みんな、おはよう。昨日話した通りだ。今日から俺はここを離れて【ディバインクロス】に入る……」

「……うぅ……。師匠ぉ、私たちずっとここで待ってます……」

「ああ、元気でな、ラユル……」


 ラユル、お子様みたいにうるうるしちゃって。おでこにチョップでもしてやろうかとも思ったが、そんな空気じゃなかった。目をまともに見るのも憚られる。こっちも泣いてしまいそうだからだ……。


「シギルさん……あたしも、待ってるよ。いつでも! ……ふわぁ……」

「……アシェリ、今まで通りその調子でみんなをまとめてくれ」

「あいよお!」


 俺がいなくなったら、リーダーは彼女こそ相応しい。パーティーを支える者、すなわちリーダーというのは、完璧すぎるよりもどこか危なっかしくて支えたいと周囲に思わせる資質も備わっている必要があると俺は感じている。


「まったく、アシェリどのは……。シギルどの、いつまでもお待ちしております……」

「ああ、必ず帰ってくるよ、リリム」


 俺の目の前でひざまずいてるリリムはいい顔してるなあ。最初の頃はちょっと固い感じがしていたが、今じゃ融通もきくようになってきた印象だ。


「シギル様……無礼者のアシェリにはこちらでたっぷりとお仕置きしておきます」

「ああ。やつの教育係はティアに任せた……」

「ふふ。マスターから承認いただきましたよ、アシェリ……」

「ちょ、ちょっと、勘弁しておくれよ、ティア……」


 ニヤリと笑うティアに対してアシェリは露骨に青ざめていた。ティアってこう見えて結構えぐいからな。ずっと一緒にいたアシェリが一番よくわかってるんだろう。


「シギルさん、本当に私たち動かなくてもいいの……?」

「……アローネ、その気持ちは痛いほどわかる。でもこっちが動いてると相手に知られたらセリスがどうなるかわからない。今はぐっと我慢してくれ。俺も我慢するから」

「……ええ、わ、わかったわ」


 一瞬言葉を詰まらせたアローネを見て、俺も胸が締め付けられるようだった。そうだ、みんなにもあのことを話さないとな。その前に一応個室の中や溜まり場の外をじっくりと見回したが、俺たちのほかに誰かいる気配はなかった。


「……みんな、聞いてくれ。実は今、ミミルにセリスを探しにいってもらってるんだ。レイドが《憑依》してな。だから何かあるまで動かないでほしい」


 声を細めた俺の一言で、みんなの顔が少し明るくなるのがわかった。セリスがどうなっているのかすらわからない現状、まだ蝋燭の灯り程度かもしれない。それでも希望の光が宿ったことに変わりはない。


「師匠ぉ、レイドさん戻ってきたんですね! 心配したんですよぉ……」

「……え。ラユル、あれはいなくなったんじゃなくて交代しただけだって言っただろ?」

「師匠が今回は脇役になるって最初に言った以上、あのタイミングでレイドさんに交代するはずがないと思ったんです。でも、師匠が気にしてしまうかもしれないので、そのことは黙っておきましょうってみんなで言い合ってたんですよ!」

「……なんだ、バレバレだったか」


 ラユルを筆頭に、みんな一様にうなずいてる。確かに考えてみればレイドから俺に交代したあの流れは明らかに不自然だったからな。レイドに何かあったと思われてもおかしくないか。そうだと知ってても俺のためを思って言わなかったなんて、なんとも慎ましいな……。


「ラユルには参ったよ……」

「そりゃもう、私は師匠の嫁ですし、なんでも知ってますよう……」

「ラユル、その言い方は誤解されるからやめろって……」

「えへへっ……」


 案の定、みんなニヤニヤしちゃってるし……っと、午前十時の鐘の音が鳴り響きやがった。もう行かなきゃいけない。


「それじゃ、行ってくるよ。レイドがセリスを見つけるまで、みんな我慢してくれ」

「「「「「はい!」」」」」


 みんなの元気な返事を背負いながら、俺は【ディバインクロス】の連中が待ち構えているであろう溜まり場へと出発した。

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