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百二十一段 言葉が溶かされてしまったかのようだ


「……うぐっ……チキショウ……」


 ダメだ。寝られない……。何度寝ようとしてもダメだ。凄く疲れているのに。もう深夜の二時をとっく過ぎているというのに、悔しすぎて眠れないんだ。


 なんで……なんで俺が今の仲間と別れてまたルファスたちと組まなきゃならないんだ……。でも逆らったら、セリスがどうなってしまうのか……。今頃きっとどこかで泣いてるだろうな。妙なことをされてなければいいが……。


 俺は簡易ベッドの上で上体を起こし、夜景をぼんやりと眺めた。そうでもしなきゃ気が狂いそうだったから。苦しいとき、いつもこの景色に助けられていたからな。でも……今回ばかりはダメそうだ。セリスのことが心配だし、信頼できる仲間の元から離れて最も憎いやつらと組まなきゃならない。さすがに耐えられる気がしない……。


 こんなとき、リセスがいてくれたら……って、俺はまた頼ろうとしている。でも、会いたいんだ。声だけでも聞きたい……。


『……シギル兄さん……』


 ……また幻聴か。もう疲れがピークに達したのかな……。


『……ただいま……』

『……おかえり……』


 幻聴にこんな反応しちゃうなんて、俺も重症だな……。


『……シギル兄さん?』


 ……え? まさか……本当に帰ってきたというのか……?


『リセス? 幻聴じゃないのか?』

『うん。本物だよ、久々だね』

『……あ、あ……』


 しばらく台詞が出てこなかった。言いたいことは沢山あるはずなのに熱いものがこみあげてきて、言葉が溶かされてしまったかのようだ……。


『泣き虫だね、シギル兄さん……』

『……バカ。泣くに決まってるだろ、こんなの……』

『でも、嬉しい……』


 リセスの声、明らかに湿っぽいから彼女が泣くのも時間の問題だな。こっちは何度拭っても涙が溢れ出てきた。周りのやつらはみんな寝てるし見られなくてよかった……。


『そうだ、リセス、大変なんだ。セリスが……』

『知ってる。声は出したくても出せなかったけど、全部聞こえていたから……』

『……そうだったのか……』


 側にリセスがいるような気がしていたのはこのためか……。


『私にいい考えがあるから大丈夫だよ』

『……ほ、本当か? どんな?』

『まず寝たほうがいいよ。シギル兄さん、かなり疲れてるのがわかるもん。私も……もう限界みたい』

『あ、ああ、無理だけはするな』


 ここで長話をすることでまたリセスの意識がずっと戻ってこなくなったら困るからな……。






 ◆◆◆






「――はっ……」


 飛び起きると周囲は既に明るくなろうとしているところで、朝の六時を少し過ぎたところだった。まさか、今までのは全部夢……?


『おはよう、シギル兄さん』

「……り、リセス、おはよう!」


 思わず普通に叫んでしまった。結界が張られてるベッドの上でよかった。何より夢じゃなかったことが……。


『シギル兄さん、可愛い』

『か、からかうなよ……』

『ふふ……』

『あ、そうだ。今はこんなのんびりしてる場合じゃなくてな……』

『セリスのことでしょ? 私が黒猫のミミルに《憑依》して探すよ』

『……なるほど。その手があったか……』


 犬には劣るものの、猫も優れた嗅覚を持っているんだ。さらに身軽で高いところにも上がれるし、暗いところでもスムーズに歩くことができる。何より聴覚が優れているからどこかでセリスの声をキャッチするかもしれない。ミミルに《憑依》すれば誘拐されたセリスを探し当てることも可能に思えてくる。


『さすがリセスだな。頼りがいがある』

『……たまたま《憑依》ってスキルが私にあるから思いついただけだよ。シギル兄さんのほうがもう強いと思う。クエスもあっさり倒しちゃったし……』

『……ああ、一時はどうなるかと……』

『本当にごめんね。あんなときに……』

『いや、いいんだ。戻ってきてくれただけでも……』

『……優しいね。シギル兄さん大好き……』

『……て、照れるだろ』

『ふふ……』

『……じゃあクエスの話もやっぱり聞いたんだよな?』

『うん。謎が解けちゃった』

『……よかったな。本当の体がわかって……』

『そうだね……』


 有名な殺し屋レイドの正体がプリンセスだったなんてな。今でも信じられないくらいだ。


『そういえば思い出したことがあるの。お義父さんにね、お前はプリンセスの生まれ変わりだから、これからはリセスっていう名前で生きろって言われたことがあって……』

『……プリンセスだからリセスか。なるほどな……』

『ただの冗談だと思ってた。でも、もう私の体はないと思うけどね』

『どうだろ?』

『もう腐ってて燃やされてるんじゃない? それか、ミイラとか……』

『いや、案外大事に氷漬けされてるかもよ』

『……ふふっ』

『……ははっ』


 しばらく二人で笑ってしまった。久々に楽しい時間を過ごした気がするが、こうしてばかりもいられない。セリスが今どんなに心細いかを考えると、一刻も早く助け出さないと……。


『セリスを探そう』

『うん』


 俺は早速、溜まり場で眠っていた黒猫ミミルを抱えて町の外に出た。《憑依》したあと、ミミルが起きてきて足で地面にハートマークを刻んだのでリセスが制御しているとわかる。ミミルが寝ている間は大丈夫だろう。きっとリセスがミミルと一緒にセリスを救い出してくれるはずだ……。

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