百十七段 ある意味職業病ってやつだ
さあ決闘のやり直しだ。前回のルールと同じく、全員赤線の中に入って手を上げたあと30秒後に戦うことになり、左と右で分かれた。もうみんな準備は出来ていたので、相手が右の赤線内に足を踏み入れた時点で今度はこっちから手を上げてやった。相手もまもなく呼応していよいよカウントダウン開始だ。
今回は明らかに以前と違う。前回はレイドのスキル構成で戦わなければならなかったが、今回はあらゆる面において俺らしく戦えるからだ。
《イリーガルスペル》《微小転移》《集中力向上》《マインドキャスト》《リラクゼーション》という110%のスキル構成は現時点でベストといっていい。やつらの体内は既に確認してあるから《念視》も省ける。《リラクゼーション》を入れたのは拳闘士のスキル《威嚇》対策だ。あれで弾かれる際に結構精神力を削られるのがわかったからな。
五、四、三、二、一……とうとう始まった。おそらく、今度はすぐに決着がつくだろう。どっちが勝つにしても。レイド……いや、リセスよ、今度はお前が裏側から俺の戦いを最後まで見届けてくれ……。
俺は《微小転移》によって躊躇なく髭面の殺し屋クエスへと接近していく。一切の回りくどさも仕掛けもないストレートな接近。対してやつは《ステップ》を使うことなく歩き出したかと思うと、まもなく猛然とダッシュしてきた。やつの表情に笑顔がないのは、あまりにも隙だらけな動きを俺がしてるからだろう。憤怒、疑念、落胆……様々な負の感情が入り混じったような顔をしていた。そりゃがっかりもするだろう。俺は別に罠を張ってるわけでもないし、無鉄砲というか本当に死にに行くかのようなことをやってるんだからな……。
だが、これこそがやつに勝つための唯一の秘策なんだ。おそらく再戦前に俺のことは相当に研究したと思う。殺し屋というものは実に相手のことをよく観察している。だから普通にやったら負けてしまう可能性が大きい。
研究に研究を重ねた相手に何が効くかって、それは未知の領域だ。自分でも何やってるのかよくわからなくなるようなことをやればいいんだ。これは決して無などではない。安住せず未知の世界に飛び込むことの喜びなのだ。暗闇の中で《テレキネシス》を使っていた頃を思い出し、俺は目を瞑った。さあ来い、クエス。俺はもう裸同然だ。
「何を考えているううううううううぅぅぅ!」
ついに間近に迫った殺し屋クエスの怒号が耳を突く。俺はやつの動きが手に取るようによくわかった。まず死角に入る。確実に仕留められるように。ある意味職業病ってやつだ。
だが、そこには強力無比の《微小転移》が唱えられたところだ。普通に攻撃されれば俺のほうが危なかった。
「――ぬおっ……」
目を開けて振り返ると、クエスは片足だけで立っていた。俺の足元には骨つきの足が転がっている。どうやら寸前で回避して片足だけで済んだらしい。義足のほうは無事だったみたいだな。さすがは殺し屋の勘というやつか……。
「……ぬんっ……」
クエスの足の付け根から血が噴水のように溢れ出て砂浜を汚していたが、自分の指を傷口に突っ込んでから血が止まった。……《点穴》か? おそらく痛みを麻痺させる効果のあるスキルを使ったんだろう。多分俺もやられたことがあるやつだ。
「ふう。お前さん……味なことやるねえ。本当に、おいら感動したぜえぇぇ……!」
クエスは紅潮した顔でにんまりと笑うと、片足だけで移動してきた。今度は本当に予測できない動きだ。体のあらゆる箇所を使って全方位から《旋風掌》も交えつつ移動と攻撃をいとも容易く両立させてきた。その結果俺の体はあっという間に血まみれになってしまった。
足を飛ばしたようにやつに《微小転移》をやろうにも、警戒してか死角に入り込む動きを稀にしかやらなくなったので本当に捕えにくくなった。かといってこっちから入り込もうとすると予測されて《威嚇》で弾かれる始末……。
それでも俺は落ち着くことができていた。《リラクゼーション》のおかげもあるが、死角に入り込む動きが少なくなるということはそれだけ致命傷を受ける危険性も薄くなるからだ。
それに、予測できない動きをするやつは単純な動きにも無駄に警戒する。だから俺が普通に歩いて近寄ろうとするとやつは《威嚇》してきた。この繰り返しでやつのほうが体力的に限界が見えてきた。そろそろ終わりだ。
「――ごあっ……」
踏み込んだ際、やつの両手首を飛ばすことができた。目も虚ろだったし《威嚇》する元気もなかったようだ。《点穴》のおかげか、出血も大したことないが。
「ひゅううぅぅ……」
それでもやつは懲りずに義足のほうの指で仕掛けてきた。もちろん寸前で足首ごと飛ばしてやったが……。もうそこからは早かった。俺がかつてされたように、芋虫にしてやるだけでなく眼球を《微小転移》で摘出してやった。ただ、まだ聴覚や声帯は奪わないし殺しもしない。こいつには聞きたいこともあるしな……。
「おおぅ。何も見えないし動けないぜえ……。手足がねえ、目玉もねえ! ウヒャヒャッ……」
こいつ、心底楽しそうに笑ってやがる。痛みがないのもあるんだろうが本当に変わっている。
「シギルさん、おいら最高に幸せだよ。強かった、あんた最高に強かったぜ……」
「……お前もな」
「さあ、このまま玩具にしてもいいし一思いに殺してもいい。好きにしてくれ……」
「お前には聞きたいことがあるからな。それが終わってから殺す」
「おう、なんでも話すぜえ……」
殺し屋クエスの声はいつもよりずっと弾んでいた。