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百六段 俺たちは例外中の例外


 俺たちは仲間を探すべく深い森の中を歩き始めたわけだが、ここに転送されてからかなり経ったのか暗さの度合いが強まっていた。俺は《念視》があるから大丈夫なんだが、ほかのみんなはそうはいかないし、どうしようか。先頭を歩く俺の背中さえいずれは見えなくなってしまうだろうし……。


「あたしに任せて」

「……あ」


 隣にいるエルジェの杖先から炎の輪っかが出てきて周りを照らし出した。これはいいな。モンスターを集めてしまう可能性はあるが、真っ暗の中もたもたと進むよりはいい。


「《フレイムリング》っていう照明用魔法よ」

「そうなのか。エルジェ、ありがとうな」

「どういたしまして、シギルさん」


 俺が微笑むとエルジェのやつも穏やかに笑い返してきた。ちなみに俺たちは手をつないでいる。傍目からすれば仲の良いカップルかあるいは親子に見えるだろうか。いずれにせよ仲睦まじく見えるのは確かだろう。


 俺が振り返るとみんな何か言いたそうな顔を見せてきたが、何か深い事情でもあると思ったのか黙っていた。それだけになんともいえない、異様な空気がこの場を支配していた。


 少なくとも、もしかして俺たちが和睦したのかとか、そんなことは絶対に言えないはずだ。ただ何故こうなっているのかは知りたいだろう。そうだな。仲間に対してあえて黙っておく必要もないか。


「俺たちが仲良くなった、なんて言ったら信じるか?」

「決してそのようなことは信じません」

「いくらなんでもありえないわ」

『アリエネッ』


 リリム、アローネだけじゃなくてホムのメシュヘルまで否定してきた。そりゃそうだろう。俺とエルジェの敵対関係は変わらないし、むしろ悪くなったくらいだ。


「ああ、お前たちの言う通りだ。なあエルジェ」

「そうね。こんな汚物と手をつなぐこと自体、早く止めたくて死にそうよ」

「き、貴様、シギルどのに対してなんという言いようだ!」

「エルジェさん、口を慎みなさい。汚物はあなたのほうでしょ?」

「何よ。あたしは事実を言っただけよ」

『オブツ、オブツッ』


 メシュヘルがブンブンと威嚇するようにエルジェの顔の周りを飛び回る。


「ひっ……」


 その場に座り込むエルジェ。火が弱まってしまった。


「みんな、エルジェをいじめないでやってくれ。火を消されても困るしな」

「合点」

「ええ」

『オウ、ワカッタゼ』


 さすがにこの状況は多勢に無勢だ。汚物だと罵られてもエルジェに同情してしまう。もちろんほんの一瞬だけだが。そもそも喧嘩を売ってきたのはこいつだからな。


「……ごめんなさい」

「ああ、売り言葉に買い言葉だ。少しは我慢しろ」

「……そうね」


 エルジェの小さな手から震えが伝わってくる。そうまでしてつないでるのにはちゃんとわけがある。


「話が逸れたが、お互いにメモリーフォンを操作できないようにするためだ。どっちかがブチ切れてパーティーを抜けて喧嘩になったら困るだろ」

「「なるほど……」」

『ナルホドッ』


 反対の手には杖が握られてるからな。それと、もう一つ。


「爆発しないようにするためだ」

「「爆発?」」

『バクハツッ?』

「……ああ。手をつなぐことで、少なくとも険悪じゃないとお互いに錯覚できる」

「「……なるほど」」

『……ナルホドッ』


 リセスも言ってたな。仲が悪い者同士はあえて近付けたほうがいいって。もちろん俺たちは例外中の例外なわけで、爆発寸前なのをギリギリで我慢してる状況だが……。






 ◆◆◆






「……くぅ、くぅ……」

「やれやれ。仕方ねえなあ……」


 呆れ顔でラユルを背負う殺し屋クエス。彼女は魔法の使い過ぎで精神力を使い果たし、倒れてしまったのだ。


「たった数発で倒れちまうとは……」


 凄まじい魔力だったが、それをセーブできない、いわゆるノーコンの部類なのかとクエスは考えたとき、彼女が何故《無作為転移》というとんでもないスキルを覚えられたのかわかった気がした。


「――おっと……まだそんなもんじゃ死なねえって」


 ぼんやりしているうちにクエスは四匹の目玉猿に囲まれてしまったが、《ステップ》によって伸びてくる手をことごとくかわしつつほぼ同時に血祭りにあげた。モンスターの特徴はそれぞれ違ったが、もう何度か倒したことで把握していて、それが一目でわかってしまうほどの眼力がクエスにはあった。


「……残念だなあ。はあ……」


 死が見えない空虚な戦いに溜息をつくクエス。それでも返り血まみれの手を見て思い出に耽っていた。


「ガキの頃を思い出すなあ。殺されたあの子の血を見て、なんともいえない興奮に包まれたんだ……」


 殺し屋クエスの原点、それは彼が幼い頃に遡る。彼にはよく一緒に遊んでいた幼馴染の少女がいたが、髭面の変質者によって連れ去られた挙句無残にも股を引き裂かれて殺されてしまったのだ。彼の中に沸き起こったのは理不尽な犯行に対する強い怒りだけではなく、死と血に対する奇妙な興奮だった。


 その感情は彼が冒険者になり、パーティーメンバーと結婚して女の子を授かったあと思いもよらない形で蘇ることになる。自分の娘が成長し、ほかの子供と遊ぶところを目撃したときだった。あの惨劇がフラッシュバックしたのだ。その頃から、クエスは自身が変質者となり、我が子を残虐に殺したいという願望が生まれていた。


 普通ならば考えても実行には移せない異常な妄想だったが、彼は遂にやってしまった。まるで過去の自分が受けた衝撃を確かめるかのように、なぞるかのように完璧にやってみせたのだ。彼はそのときに改めてわかった。幼き頃に感じた奇妙な興奮の正体、それは自分の血が初めから穢れているということの証明だったのだと……。


「お嬢ちゃん……いい顔してるねえ……」


 クエスはラユルを見つめる自分の息が既に荒くなっているのを感じていた。


「……もう聞こえねえだろうがよ、お前さんに話したことは全部嘘なんだよ……。娘を殺した親友ってのは、おいら自身のことなんだ……。片足がねえのも娘を殺しちまった罪悪感で息が詰まりそうになって、自分で切断したからだしなあ……」


 クエスはラユルを地面に寝かせると、その柔らかい頬を優しく撫でた。


「……んっ……ダメですよぅ……」

「……お前さんを見てるとよお、幼馴染のあの子と我が娘を思い出しちまうんだよ……」


 涎を垂らしながら手を振り上げるクエスだったが、遠くに誰かが見えるのがわかって止めた。それは明らかにモンスターではなかった。


「おいおい、こんなときに邪魔するのは誰だぁ……?」

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