百四段 敵愾心が薄らぎそうで怖いのかもしれない
「アローネ、リリム、よく無事だったな……」
さすがにホムのメシュヘルだけじゃなくて誰かと一緒だとは思っていたが、まさかリリムだけとは……。
「ええ、でも私は何もしてないわ。リリムとメシュヘルが頑張ってくれたおかげよ」
「いやいや、アローネどのがいなかったら私はとっくに死んでいた……」
「……」
二人の間に一体何があったんだっていうくらい仲良くなってるな……。
「あ、それとね……」
「アローネどの、あの話は不気味なので止めておいたほうが……」
「……そうね」
「どうしたんだ?」
二人とも青い顔しちゃって。まるで幽霊か何かでも目撃したみたいだな。
「「な、なんでもなくてっ」」
「……」
気になるがまあいいや。何か怖い経験でもしたんなら思い出させるのも酷だろう。
「あ、そうだ。メモリーフォンを見せてくれ」
「「どうぞ」」
……リリムとアローネがほぼ同時に差し出してきた。一つだけでいいんだけど、まあいいか。彼女たちは【スターライト】のパーティーに入っているわけで、メンバーの位置情報を確認したかった。遠くにいるとメッセージを送っても届かないしマークも見えないので正確な場所まではわからないが、どこの階層に飛んだかはわかるようになっているんだ。
「……あれ……」
思わず声に出てしまう。アシェリやティアは俺たちと同じ百十階層にいるのはわかったが、ラユルだけ抜けていたからだ。一体なんでだろう……。リーダーのアシェリしか加入させられる権限はないし、協力し合うためにも一緒にいるやつのパーティーに入ったんだろうか。
まさか……【ディバインクロス】じゃないだろうな。エルジェに聞きたいが、今は俺のパーティーにいるから知ってるかどうかは微妙だ。
「エルジェ、お前のパーティーに俺の仲間は誰か入ってたか?」
エルジェは俺たちから少し離れた場所で座っていて、俺が呼びかけると少し遅れて鈍い視線を投げかけてきた。いかにも眠そうだ。あれがお得意の演技じゃなければ相当疲れてるっぽいな。結構頑張って戦ってたし、何より俺が近くにいたから精神的な消耗は凄まじかっただろう。ただ、疲れてると見せかけて逃走とかする可能性もあるし油断はできないが。
「……忘れた」
「そうか……」
あいつらと一緒だったとして、何か酷いことをされてなきゃいいがな……。
「……おいエルジェとやら、忘れたならさっさと思い出せ! 自分の立場がわかっているのか!?」
「リリムの言う通りよ。敵国の捕虜みたいなもんでしょ、あなた」
『ソウダ、ソウダッ』
リリム、アローネ、メシュヘルが続けて責め立てた結果、エルジェのやつが緊張した顔で立ち上がって数歩後退した。こいつ、パーティー同士同盟を組んでることは伝えたのにそれも忘れてうろたえてるっぽいな。
「何よ、やる気……!? もしあたしを酷い目に遭わせたら、あんたたちの仲間だってどうなるかわからないのよ!」
「まあまあ、みんな止めとけ。今は仲間みたいなもんなんだから……」
あんまりエルジェを精神的に追い詰めて頭でもおかしくなられたら困るからな。それじゃ復讐するにしても面白くない。
「シギルどの、奥方どのは生きておられるとは思います。ですが、万が一の可能性も……」
「どういうことだ? リリム」
「本当に万が一ですしあってはならないことだと思いますが、パーティーを抜けさせたあとで殺してしまっても、行方不明ということにだってできるわけで……」
「……」
嫌なことを言うな、リリムは……。
「やつらの下卑た表情を見るに、そういうこともやりかねない相手かと……」
「ちょっと、あたしの仲間がそんなことするわけないでしょ!」
「……」
そんなことはないと俺も思いたいが、自身の経験からエルジェの怒号には思いっ切り否定したくなる。
「申し訳ありません。シギルどの。ですが、何かあればすぐにそいつを始末できるようにしておくべきかと……」
「……何かあればと言わずにやりなさいよ、今すぐ! ほら、来なさいよ!」
「……」
とにかく油断せず、厳重に警戒するべきって言いたいんだろうな、リリムは。エルジェも含めて。
「リリム、わかってる。心配するな」
「はい」
「何してるの? びびってるの!? あたしを行方不明ってことにして殺して埋めなさいよ! ほら、早く来なさいよ!」
……エルジェ、激怒状態のスイッチが入りかけてるな。このままじゃまずい。
「静かにして頂戴。本当に殺すわよ……」
「……ひぅ……」
アローネに睨まれてエルジェが立ったままぼろぼろと涙をこぼし始めた。あの射貫くような目は俺でも気圧されるくらいだから、今の情緒不安定なエルジェにはさぞかし応えただろう……。
――すぐ仲間を探しに行こうかと思ったが、少しだけ休憩することにした。それだけみんなヘトヘトなんだ。
「……シギルさん、ありがとう」
「……」
縮こまるようにして座ったエルジェが俺にだけ聞こえるような小声で呟いた。険悪な空気が続くと困るから、アローネ、リリムには距離を取ってもらっているんだ。
「エルジェ、なんのつもりだ?」
「……だって、あいつらとの喧嘩を止めてくれたから。あたし、もう怖くて、必死で……」
両手で頭を抱え込むエルジェ。こいつ、泣いてるのか……?
「演技だと思っとくよ」
「……それでいいわよ。別に、あんたなんかに信じてもらわなくてもいいもん……」
エルジェの鼻を啜る音が耳に残る。悪女とはいえさすがに芝居じゃなさそうだな。だからって一切同情はしないが。
「……」
しかし、なんだろうな。さっきから浮かんでくる恐怖感みたいなものは……。もしかしたら、普通に喋ることでエルジェに対する敵愾心が薄らぎそうで怖いのかもしれない。もちろん、そんなことは絶対にないと思いたいが……。