5.精霊(アルカナ)
「……な」
「なんですと?」
「…………」
ピシっという鋭い音に、その場に居た総てのモノが凍りついた。
「なんだよ……この音」
「侵入者です!」
糸目が汗を流しながら答える。
「結界に反応したから、貴方と同じ……!」
「アルカナ憑きって訳か……この街に居るっつうアルカナ憑きか?」
「そんなはずは……!」
俺の問いに、爺さんは目を見開いている。
「……いや、違うな、この気配は……」
ディンがドアを睨む。
「外来だ」
「がいらい?」
「そうだ。おまえと同じ、他所から来たアルカナ憑きだ」
…………まさか。もうバレたのか……?
「行くぞ!」
俺は、後ろに突っ立っていた『奴』に声をかけて、室内を飛び出した。
廊下を走って、礼拝堂に戻る。
と。ドアの手前に、一人の男が立っていた。
後ろで一つにまとめた銀の長い髪に、白い甲冑。
……間違いなかった。
「……探しましたよ。エビル・アストワルド」
俺の姿を見ると、その男は嬉しそうに微笑んだ。
「よぉ、アスキー。完全に撒けたと思ってたんだが……案外早かったな」
「この場所が判ったのは貴方のおかげではないんです。先程この街に入った時に、膨大な風の魔力を感知しましたから」
「……あちゃ」
そういえば、そうだった。
これまでがびっくりだらけで、コイツのこと、すっかり失念していたのだ。
「貴方の力ではなかったのですが。そこに、必ず居ると思いました」
ディンの野郎……。
心の中で密かに悪態つく。
「急ぎましたよ。貴方の姿がまた国の中へと消えたものですから。この国も街も。ああなってしまうのではないか。貴方を早く、止めなければ……ってね」
「…………」
睨みつける、が、男――アスキーは涼しい笑顔で受け流した。
「……それが、僕に課せられた使命ですから」
微笑みのすぐ後ろに控えている、黒い衣。
ゆっくりと、アスキーと同化してゆく。
『エビル』
「なんだよ」
『今度は、出し惜しみすんなよ』
「わかってる」
こちらも意識を整え、集中する。
限りなく、無へ。
無へ。
無へと、近づける。
同時に、俺の中を占める奴の面積――この胸に刻まれたIVという刻印から、徐々に、体全体に。奴の気配――異質が、この身に流れ込んでゆく感じ。
膨大な力が浸透してゆく。
金色の淡い光が、体を包み込む。
俺を構成している総てのものが、造り替えられてゆく。
そして、光は弾け、俺の体は消え、そこに居たのは、『奴』だった。
強靭な肉体。
ディンよりも大きな体は、文字通り百戦錬磨。
燃えるような赤い髪に、金色の甲冑。
名を、エンペラーという。
「ふん……!」
気合い一つで練り上げた、昔から愛用しているという大剣を握り締めると、
「さて」
エンペラーは入口前の、黒い光に向き直った。
そこには、実体化を済ませたアスキー……いや、女が立っていた。
薄い黒布を幾つも重ねて作られた上品な黒のローブに隠された細い顔。細身の腕に、身の丈サイズの大鎌を抱えている。
しなやかに湾曲した刃。淡い光を放つ紋様の浮き出る不思議な柄。
醸し出す妖艶さと鋭利な巨大刃の美しさ。それらを絶妙なバランスで併せ持つ不思議な存在に、相変わらず魅了されそうになる。
決してこの世のものではないソレは、それ自体が纏っているおどろおどろしい殺気ですらどこか魅力的に感じられた。
鎌マニア、なんてのが居たら、一発でノックアウトだろう。
「おいこら、デス。いい加減諦めろ……おまえが俺様に敵うはずがないだろ?」
「いいえ、これは主の意志。私の力が足りなかろうと、全力を尽くすのみです」
感情の伴わない冷たい声を上げながら、デスが優雅に大鎌を構える。――その姿は、鎌に負けず劣らず、優美。
「私には貴方を倒す力は無い。その代わりに」
デスが大きく鎌を振り上げた。
距離は遠い。……だが、
「貴方たちに対抗できる能力がある」
迸る殺気。
(おい、くるぞ!)
「わぁってるって」
エンペラーは大剣を構えるのと、デスが鎌を振り下ろすのとはほぼ同時。
「おまえの、繋がりを絶つ能力はお見通しだっての!」
鎌から放たれた鋭い風圧を大剣で力任せに叩っ斬る。
二発目の風圧と共に接近した黒女。今度も問題なく風圧を切り払ったエンペラーは怯むことなく対峙する。
がきん!
刃と刃が重なり合って生じた鋭音。
何度か続く、体に響く音。
がぎん!!
デスはあくまでしなやかに舞い、
待ち構えるエンペラーは力任せに剣を振るう。
ぎぃん!!
「貴方こそ」
それでも、手ごたえの無さに徐々に焦りの色が見え始めたデス。
「貴方こそ、どうして本気を出さない」
きん!
「邪魔なら、すぐにでも切り伏せればいい」
「残念ながら」
がぎん!
「俺様もあんたと戦う気は毛頭ないんでね」
「相手をする気にもならないと?」
デスの声に屈辱の色はない。
冷静に互いの戦力を見極めて出た問いだからだろう。
そう、何度か対峙してはいるが、彼女はいつでも冷静沈着だ。
……いや、俺が他の能力者のアルカナを見ていないだけで、元来アルカナとは、そういうものなのかもしれない。
例えば、ここで敗れたって……殺されたって、アルカナという存在は死なない、と、前にエンペラーに聞いた事がある。
実際に傷が付くのは、肉体の持ち主である俺やアスキーなのだと。
だから戦いになっても、どんなに絶望的な状況下に居ようと、アルカナは焦る必要はないのだ。
俺が倒れても、次の適合者を探せばいいだけの話なのだから。
……エンペラーが、異常なのだ。
数年付き合ってきたが、どういう訳か奴はこの上なく人間臭い。
「いや。違う」
デスの問いを受け、エンペラーはニヒルに笑う。
「では何故?」
「女を傷つける気はないと言ってるんだ」
「…………」
ぴたりと凍りつくデス。
……そう。人間臭いというかなんというか。
コイツはこういう奴だ。
(……阿呆)
心底呆れた声を投げかければ、
「なんだとぉ! おまえ俺様になんて口聞きやがんだコラァ!」
大剣を振りながらプンプン我が身に向かって抗議し出すエンペラー。
「……からかっているのですか貴方は」
ほらみろ、デスだって怒ってるみたいじゃ……って、うわすごい。あのデスが怒ってる。
「俺様は常に本気だが?」
余裕綽々。大剣を構えなおすエンペラー。
「……そうですか。ならば前言、後悔させてあげます」
デスは再び感情を消すと、一気にエンペラーに接近してきた。
「ほぅ? そりゃあ楽しみだ!」
先程と同じようにエンペラーは大剣をデスに向けた。
が、
(って、おいこら待てエンペラー。油断するな、なんか変だ)
「む」
弧を描く、デスの鎌を受け流す。
……って、ちょっと待て。
鎌の刃が無い!
(エンペラー! 後ろだ!)
「……!」
いつのまにか。
刃は、単独で弧を描き、エンペラーの後ろに迫っていた。
デスと舞いと同じように、優雅にしなやかに。空を切る音、その気配すら消えている。
無機質な刃なのに、それがデスの力を編んで創られたものだからなのか。それとも、なんらかの力で刃をコーティングしているのだろうか。刃は狂いもなくエンペラーを狙って動く。
――その速さ。
かろうじてエンペラーが巨体を逸らすが、なおも刃は軌道を変え、エンペラーを狙う。
「く」
「……まだですよ」
貫くような、デスの声。
デスの鎌から、また刃が映える。
(まさか)
そのまさかだ。
デスがその場で鎌を振り下ろし放たれた刃が、弧を描きながらエンペラーに接近する。
「うわ。容赦ねぇな、おい」
(おまえが怒らすからだろおい)
デスと二つの刃に挟まれたエンペラー。
いや、刃はきっと無限に増える。デスが居る限りは。
(どうすんだよおい)
「さてな」
なのに、エンペラーは相変わらずのおちゃらけた調子で二枚の刃を交わしていく。
コイツ……状況を楽しんでやがる。
が。次の瞬間。
そのエンペラーの表情から、初めて笑みが消えた。
「――デス!」
叫んで跳躍し、先程のデスの動き以上のスピードで、エンペラーは彼女に接近する。
「……!」
油断していたのは、デスだった。
慌てて新しい刃の生えた鎌を構える。
だが、エンペラーは大剣でそれを……、……いや、空を切った風圧だけで、デス毎、振り払った。
「…………!」
デスの細い躰は文字通り吹っ飛ばされる。
(エンペラー!? 何を……!)
問おうと声を荒げた時、奴の行動の意味が解った。
ごおおおおおおおおおおおおお!
いきなり豪音が耳を劈く。
現れた竜巻が、エンペラーを――いや、エンペラーを避けて廻り総てを消し飛ばしたのだ。
成す術も無く消え去る、二枚の刃。
事を成し遂げたからなのか、次の瞬間、竜巻はあっけなく周りの空気に溶けていった。
「…………どういうつもりだ? ディン」
エンペラーは竜巻の来た方向を睨んだ。
そこには、手を翳したディンの姿。
「おまえを消されては私が困るのでな。不本意ながら横槍を入れさせてもらった」
「…………ちっ」
舌打ちを残して、エンペラーは俺から離れた。
体の感覚が戻る。
「……な……っ」
衝撃で元に戻ったのだろう。声の響いた方――先ほどデスが吹き飛ばされた方向を見ると、壁に背を付けたアスキーが驚愕の表情でディンを見ていた。
「右腕にXIIIの刻印……デスの適格者か。……おまえの知り合いか?」
ゆっくりと歩いてきたディンは俺の横に立つと俺を見下ろした。
「……知り合いっつうか」
『エビルは奴の敵だ』
言いよどんでいると横からエンペラーが不機嫌に助言を入れる。
「ほぅ」
エンペラーの言葉に反応している所を見ると、ディンは奴の姿が見えるだけじゃなく声も聞き取れるらしい。
『……貴方は、聖職者ですね』
デスの声がして、俺もそちらを振り返った。
僅かに顔を歪めながらもデスの手を借り、ゆっくりと起き上がったアスキー。
致命傷はないようだ。
「……その制服。ザートゥルニ大聖堂の……聖職師ですか。貴方が何故、彼の味方を?」
アスキーの表情に、先程までの優雅さはない。
「小僧の味方をした覚えは無いが。結果的にそうなる訳だな……」
腕組みしながら、答えるディン。
「私は今、エンペラーを消されては困る立場にいる」
『な……!』
デスとアスキーの声がはもる。
それはそうだろう。俺だってさっき驚いた。
「聖職者が、アルカナ憑きを保護するというのですか!?」
「まぁ、そういう事だ。よって、今後も小僧の邪魔をするのであれば、私もおまえ達の敵という事になるが……どうする。続けるのなら、場所を移すとしよう」
「…………」
しばしの沈黙。
忌々しげに俺とエンペラー、それからディンを睨んだアスキーは、デスの衣に包まれスッと闇に溶けるようにして消えた。
「……つか、あんたさ」
「なんだ」
アスキーの消えた位置から目を逸らすことなく答えるディン。
「別に、俺。あんたに付くって決めた訳じゃねぇんだけど」
いいのかよ。あんなこと言って。
「…………」
「しつこいぞ。アスキーは」
「問題ない」
「…………あんた、アスキーを甘くみてるのか?」
「いや。 だが仕方が無いだろう」
言って、ディンは俺に向き直った。
「私が言った言葉は、総て真実だからだ」
「……」
コイツは、そうだ。
思わず身じろぐ程、真っ直ぐに人を見る。
サングラスの底から、視線に射抜かれる。
やましい感情があろうものなら、きっと近寄る事すらままならないだろう。
「……どうした?」
こういうところだけは、聖職者、と言えるんだろうな……。
「……なんでもない」
「そうか。なら、今後のことだが」
「今後!?」
「ああ。さっきも言った事だが、この国にはもう一体のアルカナとその適格者がいる。
それを探すのが当面の目的という訳だが……今日はもう遅い。明日を待って行動に移る」
「…………探して、どうすんだよ? あんた、さっき言ってたよな? 俺を探す為にこの国のアルカナ憑きを探してたって」
そうだ。
探すつもりだった俺が居るんだから、この国のアルカナ憑きなんて探す必要はない。
「『始末』……するつもりか?」
「いや」
迷い無く否定するディン。
「この国のアルカナ『テンパレンス』を連行するのは、他にも理由がある」
「テンパレンス……」
それが、この国にいるアルカナの名前……か。
……他の理由? なんだそれ。
考えて込んでいると、ふいにエンペラーから呼ばれる。
『いいのかよ、あれ?』
促されるがまま視線を向けると、ディンが聖堂を出て行くのが見えた。
「……って、あんだけ存在感があって、なんで気配がないんだアイツは……っ」
舌打ちをしながら、慌ててその後を追う。
「宿を探す」
俺が追ってきたのに気づいたのか、ディンは背中でそんな事を言った。
「宿? なんだよ? おまえ聖職師のくせに、聖堂に泊まってるんじゃないのか?」
「おまえのだ」




