6.聖職師、ディン
幾つか在る宿は、どこもかしこも満室だった。
こんな田舎の国でなんで……と思ったが、そういえば明日は何かイベントがあるようだったし、その影響だろう。
誰も、付いていくなんて一言も言ってないってのに、それでもディンは俺の前を歩く。
野宿も考え始めた頃。かろうじて見つけたボロ宿の一室で一晩過ごす事になった。
ディンは手続きだけを済ますと(なんと、宿代まで先払いしていった!)ヨウィス聖堂へと帰っていった。
その背を見て、そういえば親父からの預かり物を渡していない事に気づいた。
この十年間、常に持ち続けた……俺の生きる目的だ。
親父と、約束したんだ。
明日は渡そう。
必ず。
寝返りを打つにも痛む硬いベットに横になる。
天の濃厚な闇を眺めながら今日起こった出来事を思い出す。
宿を探す長い道のりで、ディンはこんな事を言っていた――
「おまえは……そう、ひどく虚ろだな」
「……は?」
意味がわからない。
夜道。昼間とは違い、人通りの少ない大通りを二人で歩く。
ディンは口数が少ないし、俺だってあんまり……ディン程ではないにしろ、くっちゃべるのは苦手な方だ。
会話を無くして出来た長い沈黙の中、唐突に振り返ったかと思えば開口一発目にして、人を指すのに"うつろ"ときた。
なんとか言葉を噛み砕いて……素直に首を傾げる。
しかし俺の様子に、目の前の馬鹿デカい男の表情はやっぱりどこまでも無で…………いや、サングラスをしているから読み取りにくいだけなのか、とにかく、その大男はただ俺を見下ろして。
開口二発目は、こうきた。
「欠けている」
「なにが」
今度は素直に、疑問が口を割いて出た。
頭で考えるよりも先に言葉が出……いや、単に意味不明過ぎて脳が受け入れ拒否しようと吐き出したのだろう。
……まぁ、元来、『考える事』は好きではないけども。
「そのままの意味だ。おまえは虚。欠けている」
「いや、だから、何が?」
問い直せば、しかし大男、口を閉じたまま無反応。
「……」
「…………」
そのまま三分位経過。
「……あの、聞いて……」
いい加減、痺れを切らして静寂を遮ろうとした俺の言葉をしかし、遮る形で男は低音の太い声を吐いた。
「……おまえ。何かを願ったことはあるか?」
「あぁ?」
また、妙な質問をする。
「……そりゃ、あるけど。……つか、願った事なんてないっつー人間なんているのか? この世に」
「いないだろうな」
「じゃあなんなんだよ? 意味わかんねーっての……」
「確かに、こちらの質問を理解していないようだ。私が問うたのは、『おまえ自身の願い』の事だ」
「おれじしん?」
鸚鵡返しに眉を顰めれば、ディンは再び口を閉ざす。
閉ざしたまま俺に背を向け、歩みを進めた。
その背を追いつつ根気よく次の言葉を待ってみると、そう決め込んだ四分後にディンは再び口を開いた。
「おまえ自身の望みだ」
「……望み?」
「言ってみろ。おまえは今、何がしたい。得たい物はあるか?」
そう言って、背を向けたまま大男は立ち止まった。
「………………」
溜息を一つ。
……オトウサン。やっぱりこいつ。意味がわかりません。
……まぁ、暇だし。付き合ってやることにした。
「……望み、ねぇ…………」
考えてみる。
俺の望みといえば、たった一つ。親父の頼まれ事を無事成し遂げる事だ。
願いも、同じ。……っていうか、望みも願いも同じじゃないのか?
「俺は……」
口を開きかけた瞬間、
「………………っ」
世界が、凍った……ような気がした。
………………違う。
そんな訳がない。
世界が凍るなんて。凍るはずがない。
「……」
ない、のに。コレはなんなんだろう。
足も腕も指の一本さえも、動かせない。
体が――俺が、動かない。
辺り一面に広がる底なし沼に、身が竦んで……。
「落ち着け」
低く太い声が頭に響く。
「凍っているのが解るおまえは、動けるはずだ」
「……」
(そんな事言ったって)
そう、反論しようと口を動かした。が、声は出ない。
否、口なんて、動いていない。
「…………」
……ひょっとしなくても、またこいつが何かしたのか……?
いつの間にか振り返って俺を見下ろしていたディン。しばらくそのまま俺の様子を眺めていたが。
「――宿を探す」
何事もなかったようにそう告げると、再び夜道を歩き出した。
「は?」
あ、声が出る。
その背を追って、俺も歩き始める。
いつもなら口を挟むであろうエンペラーは、気づけばそこに居ないかのように沈黙していた――
「エンペラー」
闇の中。部屋の奥に声を投げる。
『……なんだよ? まだ寝てなかったのか?』
呼べば答える。
それが、十年以上前からの日常だ。
暗くて姿こそ見ることは出来ないが、恐らくエンペラーは出入り口に近い壁にもたれて胡坐をかいている事だろう。
「……どう思う?」
『なにが』
「ディンだよ」
『……』
俺と違って、エンペラーはやけに口数が多い。
そのエンペラーが沈黙したもんだから、驚いた。
「……なんだよ?」
思わず、痛む体を半分だけ起こしてそちらを見る。
相変わらず、真っ暗な室内。それでもなんとか奴のシルエットを確認できた。
『……いや、めずらしいなと思ってさ』
「なにが?」
『おまえが俺様の意見、求めてくんのが』
「……」
『いつもだったら、相談なしに自分でなんでも決めちまうだろ? おまえ』
「………」
『…………ま、いいけどよ』
エンペラーは両手を後頭部に持っていって天井を仰ぐ。
『俺様は……正直に言えば、よく解らん』
「んぁ?」
『ディンだ。言ってる事は、全部真実なんだろうが』
「…………」
『全部は語っていない、そんな感じだ』
「何か、隠してるっつうのか?」
『そう感じたから俺様に訊いたんだろ? おまえも』
「…………」
『まぁ、隠すも何も、奴はまだ目的とやらの詳細を何も語っちゃいねぇからな……』
「『殲滅』……か」
ディンが口にした、大聖堂の目的。
普通に考えれば、大聖堂が殲滅したがっているモノといえば、俺らアルカナ憑きの存在だ。
災厄を齎す『悪魔』。
まだガキの俺だって、今よりもっとガキだった、十年前に――
……他にも各地で起こっている、小さいものから大きなものまでアルカナに関する事件の話は尽きない。
だが、オチは必ず決まっていた。
聖職者がアルカナ憑きを殲滅し、脅威は去った、と。
……正確には、聖職者に殲滅されたのは適格者のみなのだが。
聖職者が聖堂で修行を積むのは、尽きぬ災厄から世界――人々を護る為。
だから、聖職者が災厄を齎している張本人である適格者を倒すのは当然であり、自然な流れだ。
異常なのはディンだ。
アルカナの適格者である俺を殺さずに、保護した。
しかも、同行を求めている。
聖職者の、さらに上の地位にあるディンが適格者を保護する理由とは一体。
……適格者以外の、何かがいるのだろうか。
聖職者――聖堂にとって都合の悪い、適格者以上の災厄を齎す何かが。
それとも、そうとみせかけてやはり適格者全員の始末……?
『確かにきな臭いわな。聖職師が俺様等を見逃し、挙句付いて来い、なんざ。何企んでやがんのかわかったもんじゃねぇ。……が、相手が親父さんの親友だっつうから。断りきれないってか』
「…………」
いきなり図星をつかれた。
そう。相手は聖職師だ。
加えてあの風貌。
信用する余地はない。
通常ならその場で断っていたあの申し出に、しかし俺はまだ返事をしていない。
『ま、それだけじゃないのも確かだがな』
「?」
『……判ってないようだから、それについては俺様も何も言わない。しかし、だ。奴がテンパレンスに用があるっつってたのが、ちょっと気になる』
「ディンが言ってた、この国の適格者に憑いてるアルカナか。……知り合いなのか?」
『そりゃ知ってはいるさ。俺様達アルカナは、同じ穴の狢だからな』
「アルカナ……人間に憑く精霊、か……」
『好きで憑いてる訳じゃねぇ』
言葉にひっかかったのか、ムッとした口調で切り返してくるエンペラー。
『憑かないとこの世では存在保てないからな……。おまえが俺様と入れ替わる時、俺様の内に入る感覚、解るだろ?』
「ああ」
この身にエンペラーが入り……入り混じる感じ。
そして、完全に入れ替わる。
最初は完全に意識が飛んでいた。
エンペラーが主として出る時、俺の意識は彼方に追いやられる。
体が無くなって……まるで、幽霊にでもなってしまったかのような……いや、幽霊の方がまだ己の存在を感じられるんじゃないだろうか。
自分というものが、どこにいるのか全く感じられなくなるのだ。
エンペラーに切り替わってる時は常に己を保つのに必死だ。
保てなくなる時、それは……。
『俺様は、こうしてる今が常にそうだ。ま、おまえに補助してもらってるから、まだマシな状態なんだろうがな』
エンペラー曰く、エンペラーが存在しているのは、俺の内部にエンペラーの核を残しているからだという。
核っていうのが、刻印らしいのだが。
ちなみに俺には、首の下……鎖骨の間辺りにIVという形の刻印がある。
これがエンペラーの核であり、聖職者以外からすれば、アルカナ憑きを見分ける事の出来る唯一の証だ。
まぁ、即ち、
『俺様達アルカナは、本体のみではこの世に存在できない』
だから、拠り所となる人間を選定する。
……いや、人間には憑かないアルカナも居るらしいのだが。
アルカナは、一度拠り所を決めると、入り込んで離れる事が出来なくなる。
選定者が死ぬまで。
選定者が死ぬ時、その瞬間アルカナは人から解放され、再び新たな選定者に乗り移る……んだとか。
その間、一瞬。
しかも、拠り所の選定は無意識下に行われている、なんて言うもんだから選ばれてしまった人間はたまらない。
俺の時も『気づいたらおまえの中に居た』という。
物心ついた時からエンペラーは俺と一緒に居たから、なんの疑問も抱かなかったのだが……ある時、エンペラーが自ら語り出したのだ。
十年前。
例の事件が起こった後の事だ。
俺はその時、初めてエンペラーを、『アルカナ』と認識した。
……解ってる。エンペラーに非はない。
それに関してはもう、俺の中では結論づいているし、蒸し返そうとも思わない。そんな事は無意味だって、解っているから。
それどころか、気の毒にさえ思う。
ちゃんと肉体を持って存在していれば、エンペラーやデス――彼らアルカナは人間なんてはるかに凌駕する力を持っている。それこそ、聖堂――聖職者が崇めている神『聖霊』に等しい存在ではないだろうか。
そんな彼らが、人間に憑かなければ存在できないというのは、なんか……不憫だ。
『まぁ、とにかくだ。テンパレンスも、俺様と同じ人に憑くタイプのアルカナで。けど、アイツは戦闘に適したアルカナじゃないって事』
「戦闘タイプじゃない? ……デスみたいなものか?」
デスはかなり細身の女性だ。
姿だけならとことんか弱そうなのに、あんなナリして大鎌振り回すものだから、最初に目にした時にはかなり驚いた。
おまけに、自称百戦錬磨(いや、かなり説得力はあるが)のエンペラーと互角……それ以上のスピードと、頭のキレでこちらを追い詰め、いくら力で押されていようが全く引けをとらない。
どちらかといえば頭脳戦向けと言う方がしっくりくる。
言えば、しかしエンペラーは首を振り、
『んーにゃ。デスのがまだ戦闘向きだ』
きっぱりと言い放つ。
「……つまり、テンパレンスは本当に、戦闘できる感じじゃないんだ?」
『正確には、戦闘向けの能力を持ち合わせていないんだよ。アイツは』
「知ってるのか。テンパレンスの能力を」
『……まぁな。奴の能力は、感知と、制御だから』
「…………って、どんな」
飛び込んできた単語に首を捻る俺をエンペラーは乾いた笑いで迎え撃つ。
『ま。簡単に言えば、アイツは適格者やアルカナを感知する事が出来る』
「それは俺らだって……」
『俺様等の感知力を十とすれば、アイツの感知力は、千だ』
「~せ……!?」
『そう。桁違いって事。多分アイツは全てのアルカナの位置を正確に把握している。距離がどんだけあろうとな』
「……すごいな……そんなのがいるんだ」
アスキーのデスの能力も立派にすごいが、それはそれですごい。
『だからさ。多分俺様らの位置もバレてるし』
「…………」
『ディンの行動だって見通しているかもしれない』
「聖職者の位置もわかるのか?」
『力を備えている奴ならな』
なるほど。それならディンの位置はバレバレだろう。なにしろアルカナを除いた適格者以上の力を持つ聖職師だ。
「なら、テンパレンスは姿を隠すかもしれない。俺達にとって聖職者と接触する事は百害あって一利なし、だろ? 近づいて来るのが解るんなら身を隠す位訳ないだろう」
『ならいいんだが』
「……なんだよ? 歯切れ悪いな?」
訝しげに問えば、
『俺様は、おまえが襲われてから初めて、ディンの存在に気づいたんだ』
「……」
……エンペラーでもわからなかったのか。
そういえば、エンペラーはあの時聖堂近くで待機していた。何かあった時、いつでも俺の所へ駆けつけることが出来るようにという理由で。
……あの、奴の到着は遅すぎたんだ。
エンペラーは虚空に向けていた視線を俺の顔に戻した。
『ディンの目的「殲滅」って言うのがどんな事にしろ、奴が今やろうとしているのは確実に、アルカナ収集だぜ?』




