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19.エンペラーの心

 同じ宿で迎える、二日目の朝。恐らくこの宿も今日で最後だろう。天井をボーっと見上げながら、なんとなく思った。しっかし。

 リュックをちらりと見た。チャンスは幾らだってあったのに。俺は未だに当初の目的が果たせずにいる。

 溜息をついて目を閉じる。

 きっと遅くても明日にはどこかの聖堂へ旅立たなくてはならないだろう。

 旅立ちはリキュール待ちだ。

 今頃、リキュールは王様に報告しているのかもしれない。

 そこで脳裏に浮かんだ、王様のあの後姿。

 ……少し気になった。

 そもそも彼女はお姫様だ。

 この国を出て戦いの場へ出る事を王は……国民はよしとするのだろうか。

 それに、ディンの目的はエンペラーを強くする事なのだから、彼女がついていく必要はないのでは……。


『エビル。起きてるか』


 エンペラーの声が無遠慮に響いて思考を止めた。


「……まぁ、さすがに。もう十一時だしな」


 仰向けに寝転がったまま、そちらを見ずに口を開く。


『体はどうだ』

「昨日よりはいいよ」


 しかし、珍しい。いつも寝てばっかで起こしても起きないような奴がもう起きてる? 一人で? そんなばかな。

 ……ひょっとして。奴は寝ていないのでは……、


『そうか』


 何か用があるから声をかけたのだろうに、奴はそれっきり口を噤んでしまった。


「…………」


 ……いよいよおかしい。俺は固いベッドから上半身を起こして様子を見遣る。

 エンペラーはいつものように入口近くの壁に凭れて突っ立っていた。腕を組んで、視線を落として――


『なんだよ?』


 こちらに気づくと、なんだか不機嫌そうな視線を寄こした。


「こっちのセリフだ。おまえ、何か言いたい事でもあんの?」

『は?』

「なんだか気持ち悪いぞ。今日のおまえ」

『俺様が? どこが?』


 心底不思議そうに眉を顰めるエンペラー。どこがっつったら……そりゃおまえ。


「……全部?」

『あのな』

「冗談。おまえが全身キンピカで目に痛いのはもう慣れた」

『キンピカって……。別に好き好んで武装してるわけじゃあ……』

「嘘付け好きなくせに」

『……そりゃ、嫌いじゃねーけど』


 だろうな。こいつの性格上、気にいらないものを元々備わっていたものだからってそのまま身に付け続ける、だなんて、ありえない。


「まぁ、キンピカは置いといてさ。本当にどうしたんだよ? おまえのその面、何か考え事してたんだろ?」

『…………まぁ』

「長い付き合いだしわかるって、そんくらい。大体エンペラーは隠し事できない性質なんだからさ。で? 何考えてたんだよ?」

『別に。つまんねーことだよ』

「どうせ暇だし。俺にもつき合わせて」

『………………』


 深々と溜息をついた後、観念したようにエンペラーは俺に向き直った。

 大股で近づいて、俺の寝ているベッドに腰を下ろす。背中を向けたまま、そのうちポツリと呟いた。


『昨日の夜。姫さんが言った言葉、覚えてるか』

「リキュールが?」

『おまえの意志がないっていう、アレ』

「あぁ……」


 ――予定も無ければ断る理由もなしって、やる事ないから付き合ってやるーって言ってるみたい。エビルの意志がないっていうか。そもそもエビル、選んでない――


 あれか。


「それが?」

『ちゃんと決めた方がいいと思う。俺様も』

「…………は?」

『うん、だな。やっぱちゃんとおまえが決めろや。行くか行かんか。ディンとか姫さんとか関係なしに』

「…………ひょっとしなくても、行きたくないのか? エンペラー」

『俺様は正直、どっちでもいい。別に行こうが、行くまいが。行かなくたってディンと戦うだけだからよ。フール退治なら今までどおり個人でやれる』


 目から鱗だった。

 呆けた表情のまま口を開く。


「……そっか。言われてみれば、別に行く必要も無いわけか。ディンに殺られて死ぬかもしんねーけど」

『あぁ、そうなんだよ』

「だよな。なんか俺、あの古時計にすっかりのせられてた」

『だろうが』

「あの言い方、俺とエンペラーがやらなきゃならないって半ば強制だったから」

『いや。それは多分本当の事だろ』

「……ん?」

『どんなに捻くれてようが、古時計の奴は嘘は言わん。ワールドが言ってたっつってたし。今動ける連中で、フール自身を討つのに一番適してんのは俺様なんだろう』

「…………おまえが何言いたいのかわかんないんだけど。要するに、俺達は行った方がいい訳?」

『俺様はどーでもいいって考えてるわけ』

「行った方がいいってんなら、行った方がいいんじゃ?」

『だからさ、そういうの一旦抜きにしてだ。俺様はおまえに決めて欲しいんだよ』

「? だから、今決めてんじゃ……」

『いいや。姫さんの言うとおり、これまでのおまえはただ周りに流されてただけだ。てめぇの意志で決めた事が一つたりともねぇ。一昨日の夜の事覚えてるか? あの時ディンの言葉におまえは固まった。理由わかるか?』

「ディンの言葉……? なんだっけか?」

『覚えてないんならそれでもいいけどさ。だからこそ、おまえに決めて欲しい、と思う。その方がいいと思う』

「決めてほしいって…………決めてんだけど。いままでだって俺が決めて色々動いてきたじゃ……」

『やる事なくなったんなら、次に何をしようか、幾らでもおまえと一緒に悩んでやるさ、俺様だってな。俺様が憑いたのはおまえだ。口やかましい周りの声じゃなく、おまえに従うさ』


 ……遮られた。

 エンペラーまで訳わかんねー事を言う。


「……エンペラー。俺は……」


 言いかけたところで部屋の扉がバターンと破壊されんばかりに豪快に開かれた。

 アスキー達がまた来たか!? エンペラーと二人、思わず身構える。


「エビル!」


 しかし飛び込んできたのは甲高い声。

 リキュールが真っ青な顔をして立っていた。


「…………なんだ。リキュールか………………どうした? そんなに慌てて」

『慌てすぎだ姫さん、テンパレンスも連れていないじゃないか』

「……そういえば」


 言われてみればあの清浄な気配が感じられない。リキュールはしばらく両膝に手をついて肩で息をしていたが、手を貸そうとベッドを出た時、顔を上げて懇願するように俺達を見つめた。


「…………エビル……っ お父様が……!」

「王様が?」

「お父様が……いなくなっちゃった!」

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