表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/30

20.過去との対面

「王様が?」

「今朝、使用人さんがお部屋へ朝食を運んだ時には、既に蛻の殻だったって……今城の人達総出で城中を探してるんだけど、どこにも姿が……!」

「………王様、具合悪いっつってたよな。俺が昨日見た時も、……花火の時は毅然と振舞ってたけど、城の中じゃなんだかフラフラしてた」

「みんなの話じゃ相当悪いみたい。昨日帰った時にも寝込んでしまったとかでお顔を見ていないの」

『寝込んで……そりゃ、一人娘が旅立つかも宣言した後だもんなぁ』

「エンペラーは黙ってろ。しかし……あんな体で、一体どこに」

「こんなこと街のみんなには言えなくて、城にテンパレンスを置いて一人で探し回ったのだけど……見つからなくて」


 リキュールに水を飲ませた後、一緒に宿を出た。

 三人で手分けして街中を探し回ったが……やはり見当たらない。

 テンパレンスにも城に残って気配を探ってもらっているそうだが、街はともかく、近辺の森にも気配を感じ取れないという。


『黙ってろって言われたけど、思いついたからちょい進言。ひょっとしたら王さん、聖堂に行ったんじゃねーか?』


 門の前で合流した所で、エンペラーが片手を挙げた。


「聖堂? なんで?」

『娘のこと訊きに。もしくはディン……聖職師から守ろうとした、とか』

「……ありえるかも。あの後だしな。あの地下の部屋に入り込んでたりしたら、幾らテンパレンスでも見通せないかもしれない」

「地下で倒れてたりしたら……大変!」

『行くぞ、聖堂へ!』


 なんて、意気込み勇んだ数秒後。

 俺達は最悪の場面に遭遇してしまった。

 さっきまでいなかったのに。噴水広場の中央――噴水の縁に足を組んで座り込んでいる青年が一人いる。


「…………なんであんなところにアスキーが…………」

『なんでかデスは居ないようだがなぁ……。後で戦ってやるからちょい待ってくれ、なんて言葉、あの頭の固い野郎が聞くわけねーしなぁ……』


 建物の影に隠れてエンペラーと二人、頭を抱える。


『どうすっべエビル』

「どうすっべって言われても……おまえが俺達抱えて空飛んでいくとか」

『飛べるか! ……む。さてはおまえ、俺様を鳥頭だと言いたいのか!? 俺様は三歩歩いてもテンパレンスのおっかない顔は決して忘れたりしないぞ!?』

「言ってない、言ってないから……っつうか死にたいのかおまえは」

『死にたくない故に忘れん!』

「どうしたの? エビル、エンペラー……?」

「どうしたって……リキュ、あのさ……」

『姫さん。悪いけど…………このまま俺様達が城に向かうと大騒動を引き起こしかねないハタ迷惑ぼっちゃんが一人そこに居るわけ。なんとかして追い払わないと、俺様達ここから動けないんだわ』

「なにそれ。エンペラー、冗談言ってないで早く……!」

『冗談だといいんだけどなぁ……』

「本当、本当なんだってリキュール! ほら、あそこに座ってるあの男……」

「男……?」


 癇癪を起こして暴れ出そうとしたリキュールは、しかし素直に俺の指先を視線で追う。と、その先を視界に入れて、びしっと固まってしまった。


「リキュール? ……もしもし? どうし……」


 アスキーの姿をじーっと見つめた後、彼女はフラフラとそちらへ歩いていく。


「…………どうしたんだリキュールの奴……危ないっつってんのに」


 一緒に出て行く訳にもいかないので、俺達は建物の影に隠れたままだ。

 リキュールはフラフラとアスキーに近寄った。アスキーがそちらに気づく。


『……なぁ。エビル。俺様、すっかり忘れてたんだけどさ』

「何」

『姫さんって、昨日遭遇したのはデスだけだっただろ。アスキーとは初対面じゃ……』

「あ」


 失念していた。

 彼女はアスキーの危険性を知らない。

 それに昨日遭遇したデスは、テンパレンスを"敵"と認知したんじゃなかったか。


「止めなきゃ……!」


 飛び出そうとした俺の前にエンペラーが立ちはだかった。


「エンペラー?」

『まぁ。大丈夫だろ。奴も王だし、ここは街中だ。それに、あいつが狙ってるのは俺様達だけだろう? 昨日敵対したデスの奴も今はいないようだし』

「…………そうだった」

『万一デスが戻ってきて、戦いになるようだったら…………止めるぞ。いつでも出れる様、万全の体勢でいろ』

「ああ……」


 俺達はこのまま二人の会話に耳を澄ます事にした。


「…………貴女は」

「もしか……して、アスキー?」

「はい。覚えていてくれて光栄です。リキュール姫」


 紳士的な笑みを浮かべたアスキー。立ち上がって優しく窺えば、軽くお辞儀する。

 慌てたリキュールは、深々と頭を下げた。

 思っていたのとは百八十度違う展開に、俺とエンペラーの目が点になる。


「……? 知り合い、なのか? あの二人」

『言われてみれば。違う国とは言え、王と王女だからなぁ……』

「納得。顔くらい合わせたことあるのかも」


 こちらの心配をよそに、二人は和やかな雰囲気で会話を続ける。

 ……しかし。

 なんというか。あの一角だけ異様に煌びやかだなぁ……。

 噴水のほとりに佇む美男美少女に街行く人が次々に振り返った。が、既に絵画と化しているその光景に、声をかけようとする猛者はいなかった。


「お元気そうでなによりです。……ここにおられるという事はもう、全快なされたのですか?」

「ぜんか……? あ、は、はい! おかげさまで……!」

「そうですか。それはよかった」


 しどろもどろのリキュールの様子を穏やかに見つめるアスキー。


「…………」


 なんだろう。なんとなく。……変な空気だ。

 なんとなく、おもしろくない。


「……あのさ。エンペラー」

『なに?』

「あの様子じゃ大丈夫みたいだし、俺達聖堂に先行しないか? 積もる話もあんだろ」

『はぁ?』


 俺の提案に素っとん狂な声をあげるエンペラー。気づいたリキュールがびくんと肩を鳴らした。


「あ、ごめんなさい、アスキー! わたし今、人を待たせていて……!」

「へぇ。……お友達ですか?」

「はい。実はちょっとした事情があって……」


 二、三言、口にした後、リキュールはこちらへ走ってきた。

 アスキーがこちらを向いたから、俺達は壁にビタンと張り付いて身を隠す。


「ごめん、エビル、エンペラー。知り合いに会っちゃって……」

「…………あぁ、俺達も驚いてたとこ」

『一体どこで知り合ったんだよ?』

「彼を知ってるの? 二人とも」

『いや、知ってるもなにも……』


 嬉しそうに問い返すリキュールにしろどもどろで答えるエンペラー。俺達の苦い顔にも気づかないのか、彼女はそのまま嬉々として説明する。


「アスキーとは十年前に数日間だけあの塔で一緒に過ごした事があってね……」

『塔? ……って、十年前……だって?』


 なんともなしに聞いていた、エンペラーの表情が一変する。

 明らかに妙な態度を見せた俺を不思議に思い、問おうとリキュールが開口した時、


「おや……こんなところにいたのですね。エビル・アストワルド」


 アスキーの声が、やけに間近で聞こえた。

 ギクっとしてそちらを向く。

 いつのまにか、アスキーがリキュールの後ろに立っていた。

 友好的な紳士の表情は、もはや顔面に張り付いているだけの仮面だった。


「…………アスキー? どうかしました?」


 問われてリキュールに向き直るも、未だ浮かべる笑みは強張ったままで。


「姫。この方々は……」

「あ、すみません。紹介します。彼はエビルと言って、さっき言ってたわたしの……」


 リキュールの言葉を聞きながら、ゆっくりと視線を俺へと移す。


「………………エビル・アストワルドが……貴女の?」


 衝撃を受けたような表情になったアスキー。不愉快の色を露にして俺達に向き直った。


「…………なんだよ」

「……ラクリモサ、という街を知っていますか?」


 ガツンと、後頭部を殴りつけられたような衝撃。

 あ。問うんだ。

 よりにもよって、リキュールの前で。

 ……いや、前だからこそ、そういうことを言うのか。


「どうしました? 貴方の事だからもう忘れてしまったのかもしれませんが」

「エビル?」


 リキュールは俺の顔色を見、不思議そうな声を出す。


「僕は、マルティス大陸、カルブンクルス国の王。アスキー・ボー・カルブンクルス。ラクリモサとは僕の治めていた街の一つでした」

「……アスキー? どうしたの?」

「申し訳ありません姫。ですが、この者こそ。僕が追う輩なのです」


 突如、アスキーの背後に発生した黒い霧がマントのように彼の全身を包む。


『……なんだぁ?』

「…………! アスキー……!?」

「無礼をお許しください、姫……! ……どうしても衝動を抑えきれない。この十年間、僕は彼を仕留めるために各地を探し回っていたのですから…………っ」


 野郎が纏う、この……禍々しいオーラは。

 デスの……!


「………! おまえ…、まさか……」

『離れろエビル、姫さん! 奴は殺る気だ!』


 エンペラーの声が聞こえた。だが……!


「アスキー……貴方まさか…………」


 戸惑いの表情を浮かべてリキュールが声を上げた時だった。


「今日こそ仕留める! 『悪魔の子』――エビル・アストワルド!」


 黒い霧が四散する。


「リキュール!」


 若き王の叫びと、俺がリキュールを突き飛ばすのはほぼ同時だった。

 王の胎内で一気に膨張し、旋風となって辺り一面を吹き飛ばすオーラ。

 衝撃を正面から、交差させた両手で受け流す。


『大丈夫か姫さん』

「……ええ、でも……!」


 地に転がったリキュールが慌てて体勢を起こすと、若き王の後ろには、黒い黒い、虚ろな死神の影があった。


「……まさか、そんな……アスキーがデスの……?」

『デスはいなかった訳じゃない。気配を殺して、奴の周りにいやがった……! テンパレンスなら気づけたんだろうが……』


 リキュールの声のした方から、エンペラーの舌打ちが聞こえる。

 俺は、アスキーと向かい合っていた。


「……こんな昼間っから街中でおっぱじめる気かよ……王のくせに分別ねぇなぁこのアヴェンジャーが……!」


 俺の問いに、若き王は歪んだ笑みを下ろす。


「よくもぬけぬけと……誰のせいだと思っている……?」

「…………」

「そうだ。おまえが僕の国を死に追いやった直後……僕にも降りてきたのだ。……悪魔と呼ばれる存在が。

 ……この力は、おまえに復讐するために神から授かったものだと僕は解している」

「待ってください……!」


 リキュールが俺の前に飛び出してきた。


「どうしてですか……? 優しい貴方が……一体なぜ復讐など……!」

「知らないのですか? リキュール姫。おめおめと生き延びているそこの男は、十年前、我が国を滅ぼした張本人なのです」

「……え」

「たった一人で、たくさんの命を奪い、一瞬で大陸を半壊させてしまった」

「………………」


 ゆっくりと振り返る。

 リキュールの瞳が俺を見る。

 ……知られた。

 知られた。知られてしまった。


「…………っ」


 彼女の視線を感じながら、視点は地を見据えたままピクリとも動かない。

 彼女を見れない。


「エビル・アストワルドとは、元王都カルブンクルスの何万という国民の命をたった一瞬で奪った、『悪魔の子』と謳われるⅣアルカナ「エンペラー」の適格者です」


 手足が震えていることに気づいた。


「…………エビル……」


 彼女の声にビクリと全身が震える。

 真実を言われている。過去を知られているだけなのに、何故こんなにも恐い?

 いや……俺は、もしかしたら。

 リキュールの目が、恐いのか?


「……弁解もできないか。真実ですものね?」


 アスキーは勝ち誇ったように悠然と語った。


「まったく。よくも生きられたものだ……あんなにも沢山の命を奪っておきながら……日常を消し去っておきながら……!」


 燻った感情と呪い。負の感情全てを俺にぶつけてくる。

 ……そうなのだ。奴にとって俺という存在は、敵。闇そのものだ。

 そして、俺にとっては、奴は…………。


「……………………いつか」


 下を見ながら口を開く。


「誰かが、俺を殺しに来るとは思ってたんだ」

「……そうですか。まぁ、楽な死に方を選ばなかったのは、懸命です。しかし、それならば何故貴方はこれまで僕から逃げ回ってきたのですか? 覚悟をしていたというのであれば僕に打たれてもよかったでしょう」


 そうなんだよな。

 俺は、ただ……エンペラーの影に隠れて、逃げ回っていただけなんだ。

 アスキーに説明してこなかった。

 過去そのものから逃げていた。

 別にたくさんの命を消し去っておいて、これ以上生きたいとか。たわけたことを思ってたわけじゃない。

 死にたくなかったわけじゃない。

 ――ただ、怖かったんだ。

 俺が生きていることを、過去は決して許さない。

 それを、直視する事が。


「…………エビル」


 リキュールの声がする。

 過去が怖かった。

 正面きって過去と向き合えなかった。

 生きていること――罪と張り合う事が、どうしようもなく、恐かった。

 …………………………………………けど。


「エビル」


 ……このままでは、彼女と進めない。

 今後彼女が同行するというのであれば。きっと。

 いまのままの……過去から隠れるような俺は、まっすぐな彼女の隣を歩いちゃいけないんだ。


「…………」


 そこで初めて、俺は若き王の瞳を直視する。


「……今じゃないからだ」

「…………なに?」

「やるべき事があるんだ。まだ……おまえに殺される事は出来ない」

「……………貴様」


 自分に対する憎悪と嫌悪。アスキーが発する様々な負の感情を総て心に受け止めて、それでも。

 "過去"に向かって。意思をはっきりと口にした。


「今、おまえに殺される訳には……いかない」

「貴様ぁああああああああああああああああああああぁああああ!!!!!!」


 先ほどよりもさらに膨大なオーラが弾けとび、デスの姿が出現する。

 デスは一瞬で上空へ移動、持っていた鎌を俺目掛けて振り下ろす。

 決して、人間に見切れるスピードではない。が、予め横に飛ぶ事でなんとか難を逃れた。地に着くともう一度横へ跳躍する。既に一瞬居た所に鎌が振り下ろされていた。それを目で確認したその時には、死神は跳んだ俺を追いかけてきていた。

 被っていたフードが僅かに浮き、目前に死神の瞳が迫る。それは、深い深い無であり……死、そのものであった。

 吸い込まれそうになる、その直前――


『よくぞ言った、エビル!』


 俺の前に降りたエンペラーが、大剣で鎌を受け止めていた。


「エンペラー……?」

『過去と張り合うつもりなら、おまえ一人でなんか立たせやしない。俺様はおまえの一部だからな。おまえがきちっとメンチ切れるよう全力で盾になるさ』

「…………ああ……!」


 デスが後方へ跳躍する。

 先ほどの着地から地に転がったまま、近くに居たリキュールの姿を確認する。先ほど、デスの姿が現れた時に飛び散った衝撃波で意識を失ったのか、倒れたままピクリとも動かない。


「リキュール!?」


 助け起こすと彼女の体温を感じた。上下する胸。……どこにも外傷はないようだ。ホッとする。


『……しっかし厄介だな……こんな街中で』


 エンペラーがボソリと呟いた。


「厄介……どういう事だ?」


 リキュールを抱えたまま身構えつつ問うと、


『奴と戦うのなら実体化した方がいいんだが……こんな所で実体化なんてしてみろ。街がしっちゃかめっちゃかになるのは目に見えてる』


 喋りながらも、エンペラーは大剣を器用に廻し、迫る鎌を受け流すと、次の大きな一振りで死神を後方へ吹き飛ばす。

 勢いに身を任せて、主人アスキーの後方へ下がった死神。


「確かに。おまえらが実体化してたんなら、既に噴水なんか木っ端微塵なんだろうな……」

『しかし奴に各個撃破されてみろ。どっちが攻撃されても、俺様達の繋がりが絶たれちまう』

「まぁ……このままいけば俺は足手まとい確定だよな」

『別にこのままでも、倒す事なら一瞬で可能なんだが……』

「………それは……」

『おまえも納得しないだろ?』

「……エンペラー」

『恐らくは、ディンもな……』

「……? なんでアイツの名前が出るんだよ?」

『……ディンとは今日も後で落ち合う事になってたよな』

「ああ……? んっと……三時に宿屋に来るはずだ」

『三時は遅いな。頭に血の昇ったぼっちゃん野郎が俺様達の話を聞くとは思えない。姫さんも意識ないみたいだし、テンパレンスは気配を追って飛んでくるだろ。……ここは一旦ひくとするか』

「ひくって……宿屋へか?」

『聖堂に向かう。エビル。実体化するが、そのまま姫さん抱えとけ』

「……わかった!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ