【第22話:愛野太郎】
男が急に止まった勢いで、サングラスが飛んで素顔が露わになる。
思ったよりも幼い顔つきだった。俺と同じ高校生か……?
「な、何すんだよ。放せよ」
顔を見られたからなのか、気が弱そうで、おどおどした感じだ。
深く考えずに無我夢中で追いかけて来たけど、狂暴な奴じゃなくてよかった。
「消せよ」
俺は男の片手を握ったままシンプルに言った。
「誰を?」
「アホか、人を消してどうする」
殺し屋かよ。
「SNSに投稿した写真を、だ」
「やだやだやだ」
「消せよ」
「やだ。可愛い女の子たちをいつでも見れるようにしておきたいんだよ」
「盗撮だろ」
「違う。お店の写真を撮ったらたまたま従業員が写り込んでただけだ」
「それでもダメなんだよ。この投稿がきっかけで、彼女達がストーカーに狙われたりしたらどうする? それにさっき肖像権の話もしただろ。不法行為だ」
「…………」
今度はだんまりかよ。
くそっ、らちが明かない。どうしたらいいんだよ。
無理やりスマホを取り上げても仕方ないし……
その時、突然背後から声がした。
「秋月。そいつが犯人なのね」
振り向くとクール美女が立っていた。
「あ……美しい……」
男がつぶやいた。メイド服姿の神ヶ崎は、確かにめちゃくちゃ美しい。
「なんで来たんだよ」
「心配しないで。お客さまの応対は鈴々と雅に頼んできたから」
仕事熱心かよ。
「心配なのは、そこじゃない」
「じゃあ、なぜそんなことを言うの?」
「もしもコイツが狂暴なヤツだったらどうすんだよ。女の子に襲い掛かってくるかもしれないだろ」
「もしも狂暴なヤツだったら、秋月一人でいる方が危険でしょ」
「は? 何言ってんだよ。神ヶ崎が襲われる危険があるより、その方がいいだろ」
「何言ってんのよ。私たちのために危険を顧みずに飛び出した秋月を放っておけないでしょ」
「神ヶ崎に危険が及ぶ方がよくない。放っておいてくれていいんだよ!」
「バカみたいに何も考えずに走り出すバカな男を放っておけないわよ」
「誰がバカだよ?」
「秋月よ」
バカバカ言いやがって。くっそ、ムカつく。
お互いにヒートアップしてしまって、いつもクールな口調の神ヶ崎も、いつになく激しい口調になっている。
「あのう……お二人さん」
俺に片手を握られたまま、男は遠慮がちに話に割って入ってきた。
「なんだよ?」「なによ?」
「一見いがみあってるように見えて、もしかしてお互いに相手を気遣っていたりしない?」
「「は?」」
神ヶ崎を気遣うなんて、そんなつもりはなかったけど。
「それはまあどうでもいいけど、消します」
ロン毛男が突然そんなことを言ったものだから、一瞬なんの話かわからなかった。
「え? 何を?」
「投稿消すよ。あまりに可愛い女の子達だったんで、思わず写真を撮ってしまったんだよ。それと少しでも宣伝になってお店が流行って欲しいと思って投稿したんです。それがダメなことだって気づかなかったとは言え、勝手に写真を撮ってアップしちゃって申し訳なかった。ごめんなさい」
表情や口調を見る限り、本気で言っているように見える。
いきなり超絶素直人間に変わっちゃったよ。どうしたんだ?
何か魂胆でもあるのか?
「消すふりするつもりじゃないだろうな?」
「そんなことはしないですよ。ほら」
男はポケットからスマホを取り出し、器用に片手でSNSのアカウントを開いた。そして俺達に画面を見えるようにしながら、投稿削除のボタンを押す。
「これで消したよ。疑うなら自分のスマホで見てみてよ」
神ヶ崎がスマホでSNSを開く。
「確かに消えてるわ」
「だけどまた投稿できる」
「保存した写真も全部消すから」
男は写真フォルダを開いて見せ、何枚かあったトップ3美女の写真をすべて選択して削除した。
「残念だけど全部消したよ。これでいいでしょ?」
さっきまで逃げていたヤツが急に素直になったのがあまりに怪しい。
本当に全部消したんだろうか?
「ああっ、店長。まだ疑ってるね?」
「まあな。疑ってる」
「仕方ないなぁ。じゃあこうしよう。ボクの身分を明らかにするよ」
男はスマホをポケットにしまい、代わりに財布を取り出した。
そしてカード入れから学生証カードを取り出した。
「はい」
受け取ったカードを見ると、顔写真は間違いなくこの男だった。
愛野 太郎。桃川高校2年。
近くにある公立高校だ。俺と同学年か。
「これで信用してくれたかな?」
「あ、ああ。そうだな」
「それにもう二度と勝手に写真を撮りません。誓います」
「わかった」
「じゃあ、許してくれますか?」
こいつが写真を消したとしても、既にネット上に晒された写真が残っている可能性もある。
だから彼女たちの危険がなくなったわけじゃない。
ただ、元投稿が削除されたことで、これ以上の拡散を抑える効果はあるはずだ。
投稿も写真も全消しした今、これ以上この男に求めることは思い浮かばない。
それにこの男も、元はと言えばお店の宣伝になると思ったってことだし、悪気はなかったようだ。
だったら許してもいいと俺は思うが……
「なあ神ヶ崎はどう思う?」
「ん……身分も明かしたし、とりあえずは許していいんじゃないかしら」
「ありがとう~! あなたは見た目も性格も女神さまのような人だ」
いや、この人は見た目は女神だけど性格はきついよ?
いやそんなことより、この男調子良すぎないか?
愛野太郎。本当に信用していいんだろうか?
「まあ神ヶ崎がそういうならいいよ」
「ありがとう、店長! あなたは最高の男だっ! 師匠と呼ばせれていただきます」
「呼ばなくていい。それに褒めても、これ以上なにもしないぞ」
「別に何かしてもらおうなんて思っていない。本気で思ってるから言ったまでだよ」
なんと調子のいいやつだ。呆れるしかない。
そう思ってチラッと神ヶ崎を見たら、苦笑いしてた。
「わかったよ。じゃあ帰ってよし」
「ありがとうございます師匠!」
「だから呼ばんでいいって」
俺が腕を放すと、男はぺこぺこと何度も頭を下げながら立ち去って行った。
変なヤツだったが、ちょっと憎めない気もした。
「それじゃあ俺達も店に戻ろう」
「そうね」
二人並んで店に向かって歩き出した。
「秋月、ありがとう」
「ん? なにが?」
「私たちのために身体を張ってくれたこと」
「いや別に……」
えらく素直に礼を言われて、照れもあってどう返したらいいのかわからない。
「見直したわ」
「見直したってことは、今までろくでもないヤツだって思われてた?」
「は? そんなこと言ってないでしょ」
「言ってるようなものじゃないのか?」
「……」
突然神ヶ崎涼香は黙って、横を歩く俺をじっと見た。
「確かに、そうかもね……ふふふ」
笑われた。どういうことだよ。
でもなんだか楽しそうな神ヶ崎を見たら、怒る気になれなかった。
*
「お帰りっ! どうだった?」
店に戻ると浜風さんと京乃さんが心配そうな顔で待っていた。
外でのできごとを神ヶ崎が二人に説明してくれた。
事情を知った二人の美女は、驚いた目で俺を見た。
「そうですか。ありがとうございました秋月さん」
「そっかぁ、秋月っちのヒーローみたいな姿を見れなかったのは残念無念じゃ」
「なに言ってんだよ浜風さん。俺がヒーローなわけないだろ」
「えええっ? あたし達を助けるために悪の男に立ち向かうなんて、まさにヒーローじゃん! ね、凉香ちゃん」
悪の男に立ち向かうって……
なにを言ってるんだかこの子は。
「ん……まあちょっとはヒーローっぽかったかもしれないわね」
おいおい、俺がヒーローっぽいなんて、神ヶ崎がホントに思ってるのかよ?
「涼香ちゃんがそういうなら間違いないよ秋月っち」
「ごめん、私の勘違いだわ。やっぱり秋月がヒーローなわけないわね」
どっちなんだよ。
まあでも、今まで俺に冷たく当たってばかりのクール美女が、こんな軽口を言うなんて意外だった。
なんとなく、少しだけ、神ヶ崎に親しみを感じた。