【第21話:怪しい男がやって来た】
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「はぁ~っ、ようやくひと段落ついたねぇ!」
「そうですね。死ぬかと思いました」
「ホントね」
「みんなご苦労様」
ピークは去った。ちらほら何組か、コーヒーを楽しむ客はいるが、空席も多い。
まだまだ慣れていない面々だから、ミスも多かった。
注文の取り間違いや、料理を持っていくテーブルを間違えたり、お釣りの金額を間違えたり。
今まで見たことのない来客数だったけど、なんとかこの修羅場を乗り切った。
だけど忙しすぎて、SNSの投稿者を探す余裕はなかった。
もしかしたら「ヤツ」が来店していたかもしれないと思うと悔しい。
「どーしたの秋月っち、難しい顔して」
「あ、いや……」
心配をかけないように、浜風さんと京乃さんには黙って投稿者探しをしようと神ヶ崎と決めたから、何も言えない。
その時、一人の男性客が入店してきた。
ロングヘアにサングラスの若い男。
ヨレヨレのストライプシャツ。
きょろきょろと店内を見回してから席に着いた。
そう言えばあの人、昨日も来ていたような気がする。
昨日は特に気にしていなかった。だけど改めて『犯人捜し』の目線で見たらいかにも怪しい。
「じゃああたし行くね」
「ちょっと待って。俺が行くよ」
「あれっ? てんちょー自ら先発? 珍しいね。どしたの?」
「ん……まあいいじゃないか」
咄嗟にいい言い訳が浮かばなかった。
だけどあの男が例の撮影者であるかもしれないし、そうじゃなくてもストーカー気質のヤツかもしれない。
俺だって正直言って怖い。だけど浜風さんに行かせるわけにはいかない。
もしも危険なヤツだったら大変なことになる。
「いらっしゃいませ」
お冷のグラスをテーブルに置きながら、男の様子を窺う。
そわそわと落ち着かない感じだ。やはり怪しい。
「何になさいますか?」
メニューを見ることもなく上の空。
サングラスのせいで目線はよくわからないけど、明らかに女子三人が立っている方に気を取られている。
「あの……お客様?」
「え? あ、ああはい」
怪しすぎる。
「もしかして昨日、彼女たちの写真をSNSに投稿しました?」
ストレートに訊いてみた。
だけどそう簡単には口を割らないだろう。
とぼけられたら粘り強く訊いてやる。
「え? う、うん。したよ! 見てもらえました?」
──マジか? あっさり口を割ったな。
最悪『いかにも怪しい思わせぶりなキャラだけど、実はまったく関係のない人だった』というオチもあり得ると覚悟していたのに、一発ビンゴとはびっくり仰天だ。
「これですよね?」
スマホを出して、件の投稿写真を表示して男に見せた。
「ああ、そうそう。これこれ! ボクが撮ったんだ。よく撮れてるでしょ? カフェに舞い降りた可愛い天使たち!」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。この人、まったく悪気はないようだ。
これならちゃんと頼めば、すぐに投稿を削除してくれそうだ。
「すみません。その写真なんですけど、削除してもらえますか?」
「……は?」
男は突然低い声を出した。明らかに不機嫌になった。
ヤバい。怖い。心臓がドクンドクンと脈打つ。
「やだよ。渾身の一枚なのに。こんな可愛い写真、末代までの宝物にするんだから」
「それじゃ困るんですよ」
「あ、わかった。お金を払えってことか」
「違います。お金の問題じゃない。とにかくその投稿を消してください」
「やだよ。なんぴとたりとも、ボクの推し活を止めることはできないのである」
なに言ってんだコイツ。のらりくらりと自分勝手なことばかり言いやがって。
普段はめったに怒らないない俺だけど、腹が立った。
「消せよ!」
相手が怒ったらどうしようとか、そんなことを思う間もなく強い言葉が出た。自分でも驚いた。
「これはボクのスマホに入ってるデータだ。どうしようとボクの自由だ。強制される筋合いはない。アンタはいったいなんの権利があってそんなことを言うんだ?」
男は顔を真っ赤にして立ち上がった。
相当怒っているようだけど、こちらも引くわけにはいかない。
写真を消させないと、トップ3美女の危険が晒されたままになる。何が何でも動画の投稿削除はさせたい。
「肖像権の侵害だ。許可なく他人の写真や動画を撮ったり公開するのは、肖像権の侵害と言って不法行為なんだよ。だからこちらには、それを消すように求める権利がある」
よしっ、滞りなく主張できた!
もしも写真削除をごねられた時に備えて、昨夜ネットで調べた甲斐があった。
「くっ……」
男が突然身を翻して、出入り口に向かって走り出した。
ヤバい。逃げられる!
「待てっ!」
男が店の扉を開けて、外に飛び出した。
他のお客さんが何ごとかと驚いた顔でこちらを見ている。
「あっ、すみません」
大きな声を出したことをお客様に謝りつつ、出入り口に向かう。
走りながらちらりと美女たちに目を向けた。
浜風さんと京乃さんは、何が起きたのかと目を丸くしている。
事情を察したっぽい神ヶ崎と目が合った。
俺が『男を追いかけるぞと』目で神ヶ崎に訴えたら伝わったようだ。彼女がこくりとうなずく。
俺が学校でも評判のクール美女とアイコンタクトを交わす日がやって来るなんて、想像すらできなかった。
世の中何が起きるかわからないものである。
俺は店から表に出た。素早く左右を見る。
左側の少し先に、走る男の背中が見えた。
ヤバい、逃げられる。
とにかく追いかけなきゃ。
もしかしたら逃げられてしまうかも。
そんな心配をしたのだが……
「捕まえた!」
「捕まっちまったぁ~」
杞憂だった。100メートルも走らない間に、男に追いついて、後ろから手首を捕まえた。男は観念したのか足の動きを止めた。ゼーゼーと肩で息をしている。
走るの遅いなコイツ。運動不足かよ。




