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【第20話:キッチンの応援】

 ランチタイムは、食べ物と飲み物と、そして人によってはスイーツも。

 一人のお客様が複数の注文をしてくれるから、キッチンは戦場だ。


 そしてウチの場合、その戦場で戦う戦士はほぼ親父一人。

 特に調理とコーヒーは親父しかできない。


 しかも今日はいつもの3倍くらいお客さんが来ている。

 親父の調理が全然間に合わない。


「誰か料理を手伝ってくれる人はいないか? ランチセットは仕込みもやってあるし、俺がやる。できたらパスタとかピラフとか、ポイントは教えるから軽食をやってほしい」


 キッチンから汗だくの親父が、助けを乞う目を向けた。

 だけど残念ながら俺は料理はまったくできない。


 くそっ、こんなことなら、俺も料理を練習しておくんだった。

 だけど今そんな後悔をしたところで、それで料理が出来上がるわけでもない。


 いや……今日は女子が3人いるんだ。この中の誰か一人でも、料理が得意な人はいないか?

 そう思ってトップ3美女を見回した。


 ──神ヶ崎と目が合った。


 そうだ。今まで彼女が一番そつなく仕事をこなしていた。

 まともに料理ができるとしたら器用な神ヶ崎だ。


 でもこのクール美女は俺に当たりが強いし、素直に言うことを聞いてくれるだろうか。


「なに?」


 しまった。つい神ヶ崎をじっと見てしまっていた。


「いや、えっと……」


 美人に冷たく睨まれたら言い返せない。


 いや待てよ。そんなことを言ってる場合か。

 料理の提供が遅れてお客様をイライラさせてしまってる。


 代わりに料理ができない俺には、できる人にお願いするしかないんだ。

 勇気を出せ、秋月あきづき 雄飛ゆうひ


「あのさ神ヶ崎。キッチンの親父を……」

「いやよ」


 言い終わる前にソッコー拒否られた。

 早すぎやしませんか?


「キッチンの親父を手伝って……」

「無理」


 拒否られアゲイン。

 なんでだよ。そんなに協力するのが嫌なのか?


「えっと……頼むよ神ヶ崎」

「なぜわたしに頼むの?」


 確かに浜風さんと京乃さんもいるのに、なぜ自分だけに頼むのか不審に思うのは当然だ。

 でも『神ヶ崎が一番まともに料理ができそうだから』なんて言うと、他の二人が気を悪くしそうだから、はっきりとは言えない。


「なぜなんだろう?」

「質問に質問で返さないで」

「いや、そういうわけじゃなくて、とにかく神ヶ崎に頼みたいって思ったんだ」

「え……? それってもしかして、秋月は私が作った料理を食べてみたいってこと?」

「いや、そんなことはひと言も言ってない」

「あっそう」


 しまったぁぁぁぁ! ぷいと横を向いてしまった。

 今のは嘘でも『そうだよ』って言うべきところだったのか?

 ただでさえ普段でも機嫌が悪そうな神ヶ崎なのに、最悪に悪くなってしまった気がする。


 ああっ、万事休すか。

 スタッフに指示通りに動いてもらえないなんて、店長失格だ。


「あの……秋月さん」

「え?」


 頭を抱えた俺を心配そうにのぞき込む京乃さん。


「よかったらわたしがキッチン手伝いましょうか?」


 ──女神降臨。


 そんな言葉が頭に浮かんだ。

 そして実際目の前で微笑んでいるのは清楚な黒髪美少女。まさにリアル女神。


「みやちゃん大丈夫?」


 浜風さんも心配してる。


「ねえ雅。私が断わったせいで雅が身代わりになるのは申し訳ないわ」

「いえ。こう見えても私、料理は好きでよくやってますから」


 不器用そうに見えるけど、大丈夫なのかな。


「ホントに?」

「はい。お任せください」


 この自信に安心した。

 マジで女神に見えた。京乃さん最高。


「ありがとう!」


 背後から親父の声が響いた。


「じゃあ早速キッチンに入って」

「はい」

「ありがとうね京乃さん」


 俺も礼を言った。


「いえ。秋月さんにそんなに喜んでもらえるなら嬉しいです」

「え? 俺に?」

「あ、いえ……えっとえっと……お父様……ま、マスターのことです。マスターのことですからっ」

「ああっ、そうか。そうだよね! 今の話の流れからするとそうだよね。うっわ、勘違い、はっず!」

「ああいえいえ、そんなことないですよ。私は秋月さん……ゆ、ゆ、ゆうひっさんにも喜んでもらえて嬉しいので」

「あ、ありがとう」

「どどど、どういたしましてっ」


 めちゃくちゃ噛んだ清楚な美少女は、顔を真っ赤にしてキッチンに入って行った。


 それにしても京乃さんってホントいい人だな。

 俺を傷つけないように、必死になってフォローしてる。

 そこまで気を遣わなくていいのにな。


 京乃さんがキッチンに入ってから、料理の提供が明らかに早くなった。

 親父が簡単に指示をするだけで、きちんと理解して手早く調理の手伝いをしている。


 すごく手早い。こりゃあ接客よりもキッチンの方にだいぶん適性があるんじゃないか。

 表情も生き生きしてる。



 やがてランチの提供がひと段落して少し落ち着いた。


「京乃さんすごいな」

「いえ、それほどでもないです」

「いやいや、下手したら親父の料理よりも旨そうだ」

「うっせぇ!」


 親父に怒鳴られた。

 だけど親父も「京乃さんはホントにすごいよ」と絶賛してる。


「一度京乃さんが作った料理を食べてみたいなぁ」


 深い意味はなかったが、思わずつぶやいていた。

 店長としてはやはり美味しそうな料理は気になる。

 本当に美味しければ、京乃さんにキッチンメインに入ってもらうって手もある。


「そ……そうでしゅか」


 あれ? 京乃さんがめちゃくちゃ真っ赤になって、顔を両手で押さえてる。


「だ、大丈夫? 俺、なんか失礼なこと言ったかな? ご、ごめん」

「そ、そんなことありません。だ、大丈夫でしゅ」


 なぜこんな空気になってしまったのかよくわからない。

 だけどまあ。激動のランチタイムを無事に乗り切ることができてよかった。

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いくら他のヒロインと比べて有能かつ正論も言えるとはいえ主人公が店長をしてるのを遊びだと決めつけたり 「(所詮インスタントコーヒーなんだろうから)コーヒーくらい父親まかせにしないで自分で入れたら?」と主…
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